第32話 師匠出現
不可解な状況に、思わずステラは首を捻る。位置としてはフォレの近くに居るのに、その様子が見えないという状況だ。
(間違いなく魔法が発動していますね。一体誰が?)
「ステラさん?」
急に立ち止まって肩肘を張るステラに、リューンは驚いている。
しばらくすると、急にステラが顔を森の中へと向けた。
「こっちですか……。リューン、ついて来て下さい」
リューンの返事を待つ事なく、ステラは森の中へと分け入っていく。その後を、リューンは慌てた様子で追いかけていく。
ステラは黙々と森の中を進んでいくが、そこに魔物が出現する。
「邪魔です」
ステラがそうひと言言い放つと、魔物はあっさりと崩れ去る。まったく何が起きたが分からないが、魔物は倒されたようだった。
しかし、それでもステラは立ち止まらない。どんどんと森の奥へと進んでいく。リューンはそれについていくのが精一杯だった。
あれからどのくらい経っただろうか。
進んできた森の中には、ぽつんと1軒の小屋が建っていた。
「はあ、はあ……。どうやら、あの魔法はあの小屋から発動されているようですね」
「す、ステラさん……。足が、速いです……」
ステラは少々の呼吸の乱れがあるものの、平然と立っている。一方、リューンの方はもう限界っぽい感じだ。とはいえ、よくステラについて来られたものだろう。
ステラは少しリューンを気遣うと、小屋の方へとゆっくりと近付いていく。すると、ぴたりとその動きが止まる。
「どうしたんですか、ステラさん」
少し回復したリューンが、ステラの動きに首を傾げている。
「なんて事なのかしら。ここに来るまで気付かないなんて、相変わらず魔力の偽装が上手ですね、師匠は」
呟くように喋るステラ。
すると、目の前の小屋の扉がゆっくりと開く。
当然のようにステラは身構えるが、姿を見せた人物に警戒をすぐに解いてしまった。
「懐かしい魔力を感じたから、つい誘い込んでしまったよ。久しぶりだね、ステラ」
「はい、お久しぶりでございます、師匠」
姿を見せた人物が話し掛けてくると、ステラは仮面を外しながら挨拶をしていた。後ろではリューンが何が起きているのか分からずに棒立ちになっている。
「相変わらず精進しているようだね。うん、感心感心」
師匠と呼ばれた人物は、笑いながらこくりこくりと頷いている。
「あの、ステラさん。その方は一体……?」
おそるおそる質問をするリューン。すると、ステラは笑顔で振り向いていた。
「こちらは私の魔法や双剣の師匠のベルオムという方です。こう見えて、私よりも長生きな方なんですよ」
「まぁ長命なのは認めるよ。それで、君はステラの弟子なのかな?」
リューンに質問をするベルオム。
薄めの緑色の長髪に深い緑の瞳を持ち、横向きに伸びて尖った耳。ファンタジーでよく見るエルフと呼ばれる種族の特徴を兼ね備えている男性である。
柔らかな物腰のようだが、その圧力にリューンは思わず固まってしまっている。
「師匠、あまりリューンを脅さないで下さい。それにしても、まさかこんな所に住んでおられるなんて思いませんでしたね」
「ここは森が多くて落ち着くからね。今はフォレで宮廷魔術師として働いているよ。……あまり出向きもしないけれどね、平和すぎるから」
ステラの質問に答えながら、ベルオムはくすくすと笑っている。
「久しぶりに会ったんだ。ちょっと話をしていかないかな? そっちの少年もどうだい?」
「……そうですね。リューンも問題はないですね?」
ベルオムとステラの両方から尋ねられて、リューンは無言でこくりと頷く。
そんなこんなで、ステラとリューンはベルオムの小屋へと入っていく。
小屋の中はとても宮廷魔術の住む場所とは思えないくらい質素だった。それでも、最低限の設備は揃っていた。
「それで、二人はどうしてこんなところに居るのかな」
エルフの好むお茶を淹れたベルオムは、ステラたちに質問している。
「コリーヌ帝国に調査のために向かおうと思っているんです」
「ほう、それはなぜだい?」
「実は、ボワ王国とプレヌ王国の国境付近でブラックウルフが出現しましてね。コリーヌ帝国近隣は、元の生息地と思われるためです」
「なるほど、それは確かに気になる情報だね」
そんな事を言いつつも、あまり気にした様子もなくお茶をすするベルオム。さすがは長寿のエルフといったところだ。
「最近はボワ王国からリヴィエール王国への渡航が制限されていてね。この経路では問題がありそうだね……」
ベルオムは少し考え込んでいる。そして、膝をポンと打つとステラたちに提案する。
「よし、安全に通り抜けられるように私も同行しようか。ここまでは抜けられてきたとはいっても、ステラの見た目は子どもだ。子ども同士の旅となると、下手をするとここから先の国境を抜けられない可能性があるからね」
ベルオムはなんだか嬉しそうに喋っている。
それとは対照的に、ステラは真剣に考えていた。
ここまではこっそり国境を越えてきたような状態だったし、さすがにリューンを連れてそんな危険な真似はできないだろう。だったら、師匠であるベルオムの提案に乗るのは、十分ありな選択肢だった。
「分かりました。よろしくお願いします」
「うん、決まりだね。それじゃ、準備をするからちょっと待っててほしい」
ベルオムは立ち上がって扉から出て行ったのだった。




