第26話 ゆっくり休もう
ステラの話を聞いたリューン。あまりの凄惨さに言葉がなかった。
「私は必死に走りました。走って城を逃げ出して、そのまま森に身を潜めました。そこからは本当に大変でしたよ。お城で王女として育ってきましたら、生きる術なんてものは持っていませんでしたからね」
あまりにつらい思い出なのか、ステラはそう話したところで黙り込んでしまった。
その時、扉を叩く音が聞こえてきた。
今はステラの魔法で中から外へは音が漏れないものの、外から中へは普通に音が聞こえるのである。
ステラは魔法を解いて仮面を着け直し、そのノックに応じる。
「はい、どちら様でしょうか」
「あ、ご在室でございましたか。夕食をお持ち致しました」
宿の従業員のようだった。さすがは最高級の部屋らしく、宿の食事を部屋まで持ってきてくれるようだ。
「お疲れ様です。今開けますね」
ステラが扉を開けると、トレイに食事を乗せた従業員が入ってきた。さすがに宿の最上階なので、ワゴンは使えないのである。
「ここまで大変でしたでしょうに。本当にお疲れ様です」
ステラはそう言いながら、食事をテーブルに並べた従業員たちに労いのチップを渡していた。チップを受け取った従業員はぱあっと表情を明るくする。
「それでは、また後程食器を下げに参りますので、ゆっくりご堪能下さい」
頭を下げて軽やかに部屋を出ていった。
くるりと振り返って、改めてテーブルに並べられた食事を見る。いつも食べているのに比べればかなり豪華な食事だった。
さすがの豪華さに、リューンはさっきから失っている言葉を取り戻せそうになかった。
「さて、リューン。せっかく運んできていただきましたので、冷めないうちに食べてしまいましょう」
「あっ、はい」
ステラに声を掛けられて、ようやく我に返るリューン。その子どもっぽい仕草に、つい笑顔になってしまうステラだった。
「ステラさん、仮面は外すんですか?」
「従業員がいつ来るとも分かりませんし、普段通り、口周りだけを開けるようにしておきましょうか」
ステラは仮面の口辺りに手を当てる。すると、仮面のその部分だけが消え去って、ステラの唇が露わになった。
その口を見て、リューンは思わずドキッとしてしまう。ついさっきまでも見ていた、ステラの素顔がすんなりと浮かんでしまうからである。さすがは元王女というだけあって、ステラの顔はとても整っていてきれいなのだ。年頃の少年としては仕方のない反応だろう。
「リューン、さっさと食べてしまいましょう。私の過去話はまだ終わっていませんからね」
「は、はい。では、いただきます」
ステラが声を掛けると、リューンも食事を始める。そして、料理を口に入れると、そこで動きを止めてしまった。
「お、おいしい。こんな料理食べた事ないよ」
「そうですね。普通の方々だと、食べる事はありませんね。……私にとっては、懐かしい味ですよ。あの頃の料理がこうやって食べられるなんて思ってみませんでした。エルミタージュの食文化は、絶えていないのですね」
ステラの声がちょっと涙声になっていた。
そのくらいには、これまでのステラは苦労してきたのだろう。ようやく出会えたあの頃の味なのだ。ステラは噛みしめるように食事を済ませていた。
ちょうど食事を終わらせた頃、見計らっていたかのように従業員たちがやって来て食器を下げていっていた。その動きは実にてきぱきとしており、部屋の中はあっという間に食事前の状態に戻ってしまっていた。
従業員たちが部屋を出て行ったのを確認すると、ステラは再び部屋に魔法を施していた。
「これで部屋には誰も入ってこれませんし、音が外に漏れる事はありません。では、お話の続きをしましょうか」
リューンもこくりと頷いていたが、重い話が続くのではないかと警戒している。
しかし、ステラはリューンの表情に気が付いたようだった。
「実はですね。今日倒しましたブラックウルフなんですが、もう何度も倒しているんですよ」
「ほえ?」
予想外な話が出てきたのか、リューンは呆気に取られている。
実は、リューンの心情を察知したステラが話題を変えたのである。そこから後の話は、今のリューンにはさすがに重すぎると判断したのだ。
「いやぁ、リューンがあまりにもグレイウルフを怖がっているので、つい昔を思い出してしまいましてね。私が不死の体になっていると気が付いた原因の一つでもあるんですよ、ブラックウルフって」
笑いながら話しているが、まったく笑えない話である。でも、ステラにとってはかなり昔の話なので、こうやって笑えているのかもしれない。
「あの頃がつい頭に蘇ってしまいましてね、それで体が震えてしまったんです。我ながら情けなかったですね。そのせいでリューンまで危険な目に遭わせてしまいましたから。本当に申し訳ありませんでした」
ステラは腕を組みながら、反省している表情で謝っていた。
それにしても、いろいろとあって大変な一日がようやく終わった。
お風呂で汗と汚れを落とした後、二人は別々のベッドに入ってすぐに眠りについたのだった。
さすがは高級宿の最高級の部屋。ふかふかのベッドの寝心地はとてもよく、翌朝起きた頃にはすっかり疲れは吹き飛んでしまっていたのだった。




