第25話 王国が滅びた日
エルミタージュ王国。
かつてはこのエルミタージュ大陸全土を支配した巨大な王国だった。
「私は、そのエルミタージュ王国の当時の国王エクラと王妃ブリヤーヌの娘として生まれました。それはとても過保護なくらいに、ものすごく大切にですよ」
椅子に礼儀正しく座った状態で、ステラは昔話を始めていた。
「情勢が変わったのは、私が11歳の誕生日を迎えた日でしたかね。その日は大陸内だけではなく、外からも多くの来客がやって来ていました」
ステラは焦点の定まらないような虚ろな瞳で、窓の外を眺めている。失われた昔を思い出すようにして……。
―――
当時のエルミタージュ王城は、多くの来賓でにぎわっていた。
王女であるステラリアが11歳の誕生日を迎え、その婚約者が発表される場とあって、興味を引かれた国内の有力貴族たちが集っていたのだ。特に年の近い令息が居る貴族たちは、自分の子が選ばれるだろうと息巻いていたくらいだった。
その誕生日を祝うパーティーの席に王女ステラリアが姿を見せる。今の深い青色の姿とは違い、プラチナブロンドに金色の瞳という実にきらびやかな色をしていた。
もともと高い魔力を有しているがために魔力が漏れ出てこのような色になるらしいのだが、ステラリアは特にその魔力が高くて光り輝いているのである。
人々が集まり、ようやくパーティーが始まろうとした時だった。
「敵襲! 敵襲ーっ!」
衛兵の声が聞こえてくる。
次の瞬間、会場の扉が開いて、血相を変えた兵士が飛び込んできた。
「みなさん、お逃げ下さい。敵が攻め込んできました!」
「なんだと?! どこの誰だ」
「分かりません。ですが、ものすごい数の兵士がこちらに向かってきております。このままでは……、ぐはっ!」
報告に来た兵士が突如として斬りつけられる。それと同時に会場に悲鳴が響き渡る。
「まったく、思ったよりこの国の兵士は有能なようだな。魔物をけしかけて出払わせたというのに、こうも早く反応されてしまうとはな……」
「エトランジェ国王! 一体何をされているのですか」
エクラが声を荒げている。それもそうだろう。海外から招かれた来賓の一人であるエトランジェ王国の国王が、報告にやって来た兵士を斬り捨てたのだから。
「何を……だと? 知れた事よ。今日限りでエルミタージュは滅ぶのだ。何も知らずに私どもを招待してくれた事を、ありがたく思うよ」
「まったく何を考えているのですか。娘の誕生日になんて事を……」
「こんな日だからこそ、奇襲を掛けたのだよ。さあ、私からの誕生日プレゼントを受け取るがよいぞ!」
次の瞬間、城のあちこちから火の手が上がる。それと同時に、武装した兵士たちが会場へとなだれ込んで、来賓である貴族たちを無残にも斬り捨てていった。魔法が使えるとはいっても、これだけ混乱していてはまともに使う事もできず、あっさりと貴族たちは息絶えていった。
ステラリアたちはあっという間にパーティー会場内の玉座へと押し込められてしまった。
死屍累々の広がる会場内。エルミタージュ王国の人間で生きているのは、国王、王妃、ステラリアの三人だけになってしまった。じりじりと迫りくる兵士たち。そして、城に放たれた火の手は、いよいよパーティー会場に迫ってきていた。
「いよいよお前たちだけだな。いい加減に観念してもらおう」
「断る。お前たち侵略者などに決して屈しない」
エクラは玉座に触れて仕掛けを作動させる。すると、その場から忽然とステラリアたちの姿が消えたのだった。
「何? くそっ、転移装置か。探せ、探して見つけ次第殺せ」
エトランジェ国王は兵士たちに命じると、自分は玉座を調べ始めた。
「逃がさん、全員殺して必ず滅ぼしてやる。この大陸は私のものだ!」
エトランジェ国王が玉座を調べている間、ステラリアは迷路のような場所を進んでいっている。
「ここならひとまず安心だろう」
エクラが小部屋に入って呼吸を整えている。ステラリアも王妃も呼吸が荒い。ここまで必死に逃げてきたのがよく分かる。
「とはいえども、この状況をひっくり返すのは難しいだろう」
エクラは覚悟を決めたようにブリヤーヌへと視線を向ける。無言で頷き合うと、二人はステラリアに向けて魔法を使い始めた。
「ステラリア、お前は対外的にあまり顔を知られていない。だから、せめてお前だけでも外へ逃げて生き延びるのだ」
「あの様子だと、ここもじきに見つかるでしょう。だから、せめてあなただけでも逃げ延びてちょうだい」
「そんな! お父様、お母様も一緒じゃなきゃ、私はいやっ!」
駄々をこねるステラリア。しかし、その気持ちは国王夫妻だって同じだ。大事な娘と別れるのはつらいのだ。それでも、エルミタージュ王国の未来を考えて、自分たちは犠牲になる覚悟を決めたのである。
ドーンという音とともに、隠し通路にも火の手が回り始めている。
「時間がない。ブリヤーヌ、魔法を完了させるぞ」
「はい、陛下」
おとなしくじっとするステラリアに、二人は魔法を施し終わる。
「これでよし。これは私たちの祝福だ。何があってもお前を守ってくれる。それと、これもお前に渡しておこう。誕生日プレゼントだと思って受け取ってくれ」
そう言って差し出してきたのは、王族の紋章が入った勲章と双剣だった。エルミタージュ王家の正当な継承者が持つものだという。
「もうそろそろここも崩れ去る。お前は城から脱出して、王国の生き残りを探すんだ。そして、必ず王国を再建してくれ」
「お父様、お母様」
ステラリアが近付こうとした瞬間、天井から炎に包まれた梁が降ってくる。部屋の入口はステラリアの側にあるため、両親は完全に閉じ込められてしまった。
「お願いね、私たちの愛しい子よ」
「お父様……、お母様……」
ステラリアは泣きながらその様子を見守る事しかできなかった。
そして、ステラリアの見守る中、二人に向けて炎の柱が倒れたのだった。




