第132話 安息の日々
コリーヌ帝国の城まで戻ったステラたち。
トレイズ遺跡に行った時にいろいろあり過ぎたせいで、ステラは数日間部屋で呆けていた。
リューンは騎士団の訓練に参加して必死に汗を流している。
ちなみにベルオムはというと、城の中で軟禁が続いていた。勝手に抜け出した事がかなり重く見られたらしく、部屋の窓には鉄格子と、入口には常に兵士が立つという、さながら監獄に居るような扱いである。
魔道具で存在をごまかし手間で勝手に城を抜け出したのだから、これは仕方のない処置だろう。
もっとも、ベルオムも深く反省しているようなので、いずれ解かれる事にはなると思われる。
「ステラリアよ、ちょっといいか?」
「何でしょうか、皇帝陛下」
部屋で呆然としているステラを心配してか、アンペラトリスがステラの部屋を訪れる。
さすがに皇帝であるアンペラトリスを出迎えるとあって、ちゃんとした姿で現れるステラ。その姿に、アンペラトリスも思わず数回頷いていた。
「ちょっとな、帝国内の事でステラリアにも相談しておこうと思ってな。構わないかい?」
「はい、もちろんでございます、皇帝陛下」
ステラはきちんとしたカーテシーで答える。こういう姿はさすがは王女といったところだ。
メスティに命令を出して紅茶を持ってこさせるアンペラトリス。
テーブルを囲んで二人は隣あって座っている。
「いろいろな事が決定したのでな、今日は伝えに来たのだ」
「といいますと?」
アンペラトリスの切り出しに、ステラが覗き込むような表情で反応している。
そのステラの表情を見たアンペラトリスは、咳払いをひとつする。そして、改めてステラ顔をじっと見つめた。
「以前連れていった魔道具の工場だが、いよいよ稼働することになった。それから、その影響で狂った遠くに逃げてしまったブラックウルフだが、周辺諸国に協力を申し出て討伐しておいた。これでひとまずは安心だろう」
「そうですか。そじゃ、プレヌ辺りまでやってきてたブラックウルフも討伐されたんですね」
「そういうことだな。ずいぶんを迷惑をかけたようだしな、謝罪もして素材は提供させてもらったよ」
アンペラトリスは椅子に深く腰掛け直す。さすがは一国の主らしく、できる限りの円満解決を導き出したようである。
そこへ紅茶とお菓子を持ったメスティが戻ってきた。
「本当に陛下は行動が早いですし、豪胆ですよね」
「そのくらいでなければ一国の主などやっておれんよ」
メスティの言葉に、紅茶を飲みながら笑って話すアンペラトリスである。
そのあまりにも堂々とした態度に、ステラはほーっと見惚れてしまう。そのカリスマ性と懐の深さは、今のステラリアにはまったくないものだ。そのためにかなり惹かれてしまうのである。
「それでだが、エルミタージュ王国を復興するというのなら、あのトレイズ遺跡の場所に城を建てようと考えている」
「それは……本気ですか?」
アンペラトリスの提案に身を乗り出して驚くステラ。メスティは驚いて一歩下がり、アンペラトリスは静かにこくりと頷いた。
「今の私はステラリアの親代わりだしな。娘のためであるなら、そのくらいはわけはないぞ」
「皇帝陛下……」
思わず感動してしまうステラ。
その後しばらく、アンペラトリスとステラはいろいろと話をして過ごしたのだった。
ステラと話を終えたアンペラトリスは、ベルオムが軟禁されている部屋へとやってきた。
部屋の中に入ってきたアンペラトリスを見て、ベルオムは思わず後退ってしまう。
「な、なにをしに来たのです。私はもう何もしない。魔道具だけいじる事ができればそれでいいのだ」
かなり怖がっているようだ。
「さすがにその態度はショックというものだぞ。何も悪い話をしに来たわけじゃない」
これ以上後ろに下がれない状態で、ベルオムが本気で怖がってくれるものだから、アンペラトリスは笑いながらも苦言を呈している。
「そういえば、お前さんは王子だったといっていたな」
「ああ、そうですけれど、それがどうかしたのですか」
アンペラトリスの唐突な質問に、ベルオムが不機嫌な表情をしている。
それでも、アンペラトリスの表情は崩れない。予想通りの反応だからだ。
「いやな、私も長い間独り身なのだ。となると、そろそろ帝国の跡継ぎも欲しくなるというもの」
アンペラトリスの話を、ベルオムは黙って聞いている。
「ただ、私は強い相手でなければ気に入らぬ。……あとは分かるな?」
じっとベルオムを睨むアンペラトリス。
あまりにもじっと見てくるのだから、ベルオムは表情を引きつらせている。
「なんだ、それは私に伴侶になれと迫っているのか?」
「もし、そうだといったら?」
にやりと更なる笑みを見せるアンペラトリス。これでもベルオムは屈しない。
「どのみち帝国の政は私かアジャダで行うから、形だけの伴侶だ。それに、伴侶になれば魔道具は研究し放題ぞ?」
「し、信じられるか」
「心配するな。ステラリアの先祖であるグラン殿からも私は信頼を得ておる。なにせ、この私もエルミタージュの末裔なのだからな」
衝撃的な事実に、ベルオムの口が大きく開く。そのショックを受けた顔に満足したのか、アンペラトリスはくるりと振り向いて部屋を出ていこうとする。
「では、よい返事を待っているぞ」
呆然とするベルオムを残して、部屋の扉が静かに閉じられたのだった。




