第128話 ベルオムの過去
決闘で傷付いたベルオムは、はるか昔の記憶を夢で見ていた。
それは、今に至るまでのベルオムの歩みそのものだった。
エルミタージュ大陸の西側に存在するエスプリ大陸。ベルオムはその大陸の中に存在する比較的大きな国エルフェ国の王子だった。
自然の豊かな場所に住むエルフたちにとって、魔法は身近であり、また自分たちの力の象徴だった。
エルフの王子たるベルオムも魔法の素晴らしさを実感し、エルフの王子である事を誇りに思っていた。
そのエルフたちの国に衝撃が走ったのは、500以上昔のある日のことだった。
東側に存在するエルミタージュ大陸を統一したエルミタージュ王国が、魔法の力を行使できる魔道具というものを開発したのである。
魔法に関しては自分たちこそ思考の存在と思っていたエルフたちに、それは大きな衝撃が走ったのはいうまでもない事だった。
それから、真偽の確認のためにエルミタージュ王大陸へと王国の特使が派遣され、王国の実情を調査することとなった。そして、彼らが戻ってきた際の報告により、エルフェ国では国を二分する大きな論争が巻き起こることとなった。
魔法の力はエルフこそが至高とする反魔道具派と容認する許容派に、ものの見事に真っ二つとなってしまったのだ。
さすがに国の中で同士討ちになる危機を迎えそうになり、それに対して動くことになったのが、当時はエルフの国の王子だったベルオム、本名ユジュプ・エルフェである。
双方の代表や有力者たちと熱心に話し合いを行い、双方の落としどころを探り続けた。
その結果、エルミタージュ王国を滅ぼして、王国が持っている魔道具とその技術を簒奪するという結論に行きついたのだった。
エルフというものは他人を簡単には信用しない警戒心の強い種族ではあるものの、決して血も涙もないような種族というわけではなかった。
そんなエルフだというのに、このような過激な結論に行きついたのは、それだけエルフにとって魔法というものは信仰の対象であり、自身たちの誇りであったからなのだろう。
ベルオムも悩み抜いた上に選んだ選択肢だろう。
こつこつとエルミタージュ王国を潰すための準備を進めていたベルオムの元に、ある一通の手紙が届く。
それは、エルミタージュ王国の王女ステラリア・エルミタージュの11歳の誕生日にパーティーを開くというものだった。ベルオムも外国の参列者の一人として招待を受けたのである。
この知らせを受けた時、エルフェ国の重鎮たちは好機だと騒めきたったものである。もちろん、ベルオムもそう考えていた。
そして、周辺国とも協議を進めて入念に準備をするベルオム。いざ誕生日パーティーを前にして、準備万端でエルミタージュ王国へと出発するのだった。
「お疲れ様でございます、ユジュプ殿下」
エルミタージュ王国へ渡る船の上で、ベルオムは夜風に当たりに甲板に出ていた。そこへ、同行人が声を掛けてきた。
「なあ」
呼び掛けに応えるように反応するベルオム。その短い一言に声を掛けてきた男はちょっとびっくりしたようである。
「なんでございましょうか、ユジュプ殿下」
「ここまで来て言うのもなんですが、私はエルミタージュ王国を滅ぼす事はあまりよしとしていないんですよね」
「ほう、それはどういうことでしょうか」
ベルオムの言葉に表情を曇らせる男である。
「魔道具のことで魔法至上主義たる同胞の言い分もよく分かる。だが、それで国を、大陸規模の大国を滅ぼすのはどうかなとまだ迷っているのですよ」
ベルオムは正直な気持ちを吐露していた。
そのベルオムに対して、男は言葉を返す。
「お気持ちは察しますが、エルフェ国をまとめ上げるためでございます。あのままでは国だけではなくエスプリ大陸全土を巻き込む戦乱にもなりかねません。ここは堪えて下さい」
「……分かりました」
ベルオムは返事をすると、そのまま寝室へと向かっていった。
一人になった男は、安心したようにため息を吐くと、後を追うように船室へと入っていった。
こうして、エルミタージュ大陸に到着した後、エルフェ国の企みは実行に移される。
ステラリア・エルミタージュの11歳の誕生日は炎に包まれ、エルミタージュ大陸を統一した大国は一夜にして灰となったのだ。
燃え尽きた城を前に、ベルオムは呆然とたたずんでいた。
「実にあっけないものですね……。こんな簡単に終わってしまうとは……」
「お疲れ様です、殿下。さあ、国に報告に戻りましょう」
男にこういわれたベルオムだが、その場からまったく動こうとしなかった。
「私は戻りません。このままこちらに住みつきます」
「殿下、何を仰っているのですか。悪の王国を滅ぼした英雄として、国に戻るのです」
男が叫んでいるが、ベルオムは首を横に振っていた。
「自分のした事の結果を見たいのですよ。……私は相打ちになったとでも言って報告しておいて下さい」
「殿下!」
男が止めるのも聞かず、ベルオムはエルミタージュ大陸の中へと姿を消した。
自分が選んだ選択肢の答えを求めるかのように。




