第117話 再び、ディス遺跡地下へ
数日後、時間を作ったアンペラトリスはステラの部屋にやって来た。
「ステラリア、今日は時間を貰っても構わぬか?」
「何でしょうか、皇帝陛下」
急に部屋にやってきたアンペラトリスに、ステラは淡々と冷静に対処している。本当に家族のようなやり取りである。
立ち話もなんだからと、椅子に座っているステラの隣に来て椅子に腰掛けるアンペラトリス。その表情はいつになくにこにことしていた。
「すまないが、グラン殿と話がしたい。例の地下室に連れていってくれないか」
笑顔のまま話すアンペラトリスに、ステラは思わず警戒をしてしまう。
最近のやり取りですっかり心を許した感じはあるものの、そもそも拉致同然にコリーヌ帝国まで連れてこられたのだ。心の奥底ではまだまだ完全に許していないのである。
「帝国の仕事はどうなさるおつもりなんですか」
そう強い口調で問い掛けるステラ。だが、アンペラトリスの表情が崩れることはなかった。
「アジャダが居ればどうにかなる。そもそも、私は結構あちこちに出向くタイプの人間だからな。私が不在でも帝国のあれこれが回るようには常に手配しておるぞ」
何を言っている、当然だろう。
そういった感じのアンペラトリスの言い分である。
こうもはっきり言われてしまえば、ステラから言い返せる事など何一つなかった。
「はあ、仕方ありませんね。分かりました、飛べばいいんですよね、飛べば」
盛大にため息をつきながら、ステラは転移装置を取り出す。
ところが、ふと思い出してアンペラトリスに確認を取る。
「えっと、私たちが急にいなくなって大丈夫なのですかね」
「それならば問題ない。アジャダとメスティが把握していればそれで十分だ」
「あ、そうですか……」
しれっと返ってくるアンペラトリスの答えに、もうステラは言葉を失うしかなかった。
もうどうにでもなれと、アンペラトリスと手をつないだ状態で転移装置を起動させると、ステラとアンペラトリスの姿はその場からかき消えたのだった。
そうやってやって来たディス遺跡の地下室。相変わらず周囲の壁などは異質な感じを受ける。
ステラとアンペラトリスが部屋の中心部まで歩いていくと、ブオンという音がしてグランが姿を見せた。
『どうしたんじゃ、ステラリア、アンペラトリス』
二人の姿を見つけるなり、グランは声を掛けてきた。
「すまない。本日は私が無理を言ってステラリアに連れて来てもらったのだ」
『ほうほう。ということは、おぬしがわしに用があるということじゃな?』
「その通りでございます」
グランが確認するように尋ねると、アンペラトリスはおとなしく小さく頭を下げて肯定していた。
『まあ、話さずともよいぞ。わしは大体のことは把握しておるからな』
ひげを触りながら笑っているグランである。
『一つはそうじゃな……。おぬしがここに正当な手順で踏み込めるかということじゃろう?』
「なんと!?」
ぴたりと言い当てられて驚くアンペラトリス。
『ほっほっほっ、わしは何でもお見通しじゃぞ』
得意げに笑うグランは、さらに話を続ける。
『結論から言うと入れる。エルミタージュの正当な血を引いておるのじゃ、何も問題はない。地上でトカゲを探すといい。そやつらがここに導いてくれるぞ』
「あのトカゲですか……」
グランの話を聞いて、舌でべろりとされた記憶がよみがえるステラである。あの気味の悪さといったら、鳥肌ものである。
『ほっほっほっ、あれは不運じゃったな、ステラリアよ』
「笑い事じゃありませんよ!」
さすがにグランの態度に本気で怒るステラだった。そのくらいに嫌な記憶としてはっきりと刻み込まれているのだ。
『で、もうひとつじゃな』
怒るステラに構わず、話を切り替えるグラン。その態度にすっかりご立腹のステラは、頬を膨らませて腕を組んでいた。
『残念じゃが、ヌフ遺跡の隠し部屋には行かせられんな。あそこにもいろいろと魔道具が眠っておるが、奴を踏み入れさせたのは失敗じゃった』
「奴?」
グランの言葉に引っ掛かるアンペラトリス。
だが、この言葉により強く反応したのはステラの方だった。
「ちょっと待って下さい。その奴っていうのは、もしかして師匠の事ですか?」
『うむ、その通りじゃよ』
ステラの質問に即答のグランである。
どうやら、ベルオムはグランにとっては厄介な相手のようだった。
『ステラリアよ、奴がこの大陸に来たのがいつかは覚えておるか?』
「私は知りませんが、師匠からは私の誕生日パーティーの頃だったと伺っております」
『そうか……』
グランの質問に素直に答えるステラ。その答えを聞いて、グランは何かを納得したようだった。
『そやつが最初にその話をしたのはいつだ?』
「会って間もない頃ですね。私の身の上を聞いた上でそんな話を……」
グランとの会話の中で、ステラは何かに気が付いたようだ。
「あれ? そういえば師匠って、いつ私の誕生日パーティーの事を知ったのでしょうか」
『あのパーティーの詳細について知っておるのは、招かれた国の連中だけだぞ。外部の人物が知っているなど、まったくもってあり得ぬ事じゃ』
「それでは、師匠はまさか……」
アンペラトリスの用件を片付けに来たはずが、話は思わぬ方向に転がっていく。
一体、グランやステラはどんな答えに行きついたというのだろうか。
その場に何とも言えない不穏な空気が漂い始めた。




