第113話 本気のステラ(手加減)
翌日、訓練に励むリューンの元にステラがやって来た。
ドレスを身にまとったステラは、見るからにお嬢様という感じである。その姿には騎士も兵士も思わず見とれてしまうほどだった。
「みなさん、日々の鍛錬、お疲れ様です」
にっこりと微笑むステラ。騎士たちはびしっと姿勢を正して反応している。その動きがほとんど揃っているあたり、騎士団としてきっちり統制がとれていることがよく分かる。
「我々は帝国の盾であり剣であります。如何なる有事にも魔物にも勇敢に戦うものであります」
揃いも揃って口にする騎士たち。ここまでとなると、帝国の民たちにとって、現状不満は少ないということなのだろう。
ステラが思い描く理想の国家、それに近しいものなのかもしれない。
「本当に素晴らしいですね。これからも皇帝陛下と帝国のために頑張って下さい」
「はっ、精進致します!」
ステラは言葉をかけると、きょろきょろとリューンを探す。
「あっ」
リューンを見つけたステラは、一目散に駆けよっていく。
「リューンくん、頑張っていますか?」
「す、ステラさん?!」
いきなり現れたステラにものすごく驚くリューン。
なにせ、集中して丸太に向かって剣を振っていたのだ。いきなり現れたら驚くというものである。
じっとリューンを見つめたステラは、何を思ったか近くの兵士に木剣を持ってくるように頼む。
持ってこられた木剣は1本ではあったものの、ステラは気にしないようだった。片手剣でも戦えないことはないからだ。
ただ、持ち方が今までのステラでは見た事のない順手だ。その様子を見て、リューンは思わず息を飲んでしまった。
「さて、リューンくん。久しぶりに私と剣を交えましょうか」
「ええっ、その格好でですか?!」
ステラの突然の申し入れに、リューンは目を白黒とさせている。
ステラの本来のスタイルは双剣を逆手で持つものだ。順手で片手剣というのも意外なものだが、ドレスを着たままというのがさらに違和感を醸し出していた。
今までリューンが見たステラの服装は、ほぼほぼミニスカートだったからだ。
「本当にいいんですかい、お嬢ちゃん」
木剣を持ってきた兵士が疑問に思って声を掛けている。
「構いませんよ。リューンくんに対するハンデです」
ステラは堂々と答えていた。
戦う気満々のステラに対して、リューンは周りをきょろきょろと見回している。
しかし、ステラを守ると決意した以上、ステラよりは強くなくてはいけない。ステラの今の服装で躊躇はしたものの、リューンは眉間に寄せて曲がっていた眉を真っすぐにする。
「分かりました。よろしくお願いします」
しっかりとはきはきとした口調で返事をしていた。その答えに、ステラはにこりと微笑み返していた。
この二人の対戦は過去にはあったものの、これだけ人の目に触れるのは地味に初めてだったはずだ。そのせいか、リューンには少々緊張が見られるようである。
「ふふっ、皇帝陛下とも剣を交えておいて、いざ私との勝負では緊張ですか」
おかしそうに笑うステラだったが、それも一瞬で終わる。
「舐めてもらっては困りますね。第一、リューンくんの血筋を考えるとそのような事では困ります。本気できて下さい」
今までに見たこともないようなステラの冷たい表情だった。
ステラから思わぬ表情を向けられ、背筋が凍り付くリューン。思わず剣を握る手だけではなく膝も震える。ステラを怖いと思ったのは、ブラックウルフとの戦い以来だった。あの時のステラは仮面をつけていたので分からなかったが、おそらくこういう表情をしていたのだろう。
(怖い……。ステラさんがこんな表情を向けてくるなんて……)
そのリューンの様子を見て、ステラは非情な作戦に出る。
「誰か、合図を下さい」
そう、無理やり試合を始めてしまうことだった。いきなり斬りかかるような事はしないだけマシだが、せめてリューンに覚悟を決めさせるためにこの手に打って出たのである。
「し、しかし……」
「合図をして下さい」
渋る兵士に、ステラは強く迫る。
「分かりました……。は、始め!」
リューンの態勢が整っていないというのに、ステラとの戦いが始まってしまう。
リューンは慌てているものの、ステラはまったく迷いなく突っ込んでいく。ドレス姿だというのに、そのスピードは普段通りだった。
ステラが目の前まで迫り、剣が振り下ろされる。リューンも覚悟を決めたらしく、その剣をしっかりと受け止めていた。
「そうこなくてはいけません。さあ、あなたの覚悟を私に見せて下さい!」
振り下ろした剣に力を込めて、ステラがリューンに強く迫る。
一方のリューンは、思わぬステラの力強さについ片膝をついてしまった。
(つ、強い……。となると、今までは手加減をしていたということ?!)
過去に受けたどの一撃よりも重い攻撃に、リューンは困惑をしている。たった一撃だけだというのに、今までのリューンのイメージをぶっ壊すには十分だった。
こんな状態でまともに戦えるのか。ステラとの打ち合いは、まだ始まったばかりである。




