第108話 浮かぶ疑念
あれからというもの半年ほどの月日が流れた。
ステラもすっかりコリーヌ帝国での生活に慣れ、今日も書庫で本を読み漁っている。
ディス遺跡近くに建設が進んでいた魔道具の向上もいよいよ完成が近づき、アンペラトリスたちは忙しそうにしている。
魔道具の仕組み自体は、コリーヌ帝国の技師たちだけでもある程度進んでいた。
そこにステラが解読してくれた内容が加わる事で、飛躍的に開発が進んだのである。
そもそもは武力による支配を目論んでいたアンペラトリスだが、ステラと出会っていろいろと方針が変わってきている。
ディス遺跡付近の設備も、そもそもは魔道兵器の予定だったが、それは大幅に変更となった。
それというのも、ステラの両親と祖先のグランから聞いた話による影響も大きかった。
エルミタージュ王国は攻撃を仕掛けられども、自身から侵略した事は一度もないというのだ。そのことで、魔道具の開発も攻撃よりも防御に重点を置いたものとなっていた。
それというのも、エルミタージュ王国が最終的に外部から侵略によって滅んだという事実があるからだ。
かつては大陸を統一していたエルミタージュ王国も簡単に滅びてしまった。ならば、自分の国は同じ轍は踏むまいというアンペラトリスの鋼の意思である。
今日もアンペラトリスとステラは、自分たちのやる事をこなしながら、騎士たちの育成に力を入れていた。
「そういえば皇帝陛下」
「なにかな、ステラリアよ」
ステラは今日もアンペラトリスと一緒に食事をしている。
すっかり王女らしいドレスが定着しており、髪型も普段のツインテールとは違って編み込みなどの手の込んだ部分が見える。
ステラの侍女を務めるメスティが、ついつい力を入れてしまっているようだ。ステラとして遠慮したのだが、ずいぶんとごてごてに飾り付けられてしまったようである。
「師匠は自由にはしていないのですね」
「ああ、ベルオムとかいったな。確かにあのエルフは自由にさせていない。というか、あいつ自身が部屋から出てこないというのもあるがな」
「ええ……」
どうやらベルオムは魔道具の研究で部屋に閉じこもってしまっているらしい。
だが、そのベルオムに対してはアンペラトリス自身が気を許していないようだ。そのため、最初の頃以降は一切一緒に食事をしていないのである。
リューンも一緒に食事をしていないが、リューンの方は騎士たちと一緒に食事をしている。なので、ずっとベルオムとは顔を合わせていない状態が続いているのだ。
「ボワ王国でもそうでしたが、師匠って一人でいることが多すぎます」
「まあそういう気の持ち主なのだろう。だが、それ以上に私はあいつがいまいち信用できない」
アンペラトリスが露骨に嫌悪感を示している。半年間の付き合いがあるとはいえ、ここまでの感情を見せることは実に初めてだった。
「あのエルフは、ステラリアの誕生日の直前にこの大陸に渡ってきたのであろう?」
「ええ、そうらしいですね。本人による証言ではありますが」
アンペラトリスの問い掛けに、ステラは正直に答えていた。とはいえ、これはベルオムが自分で語った話だ。どこまで信じられるかは分からない。
それが証拠に、アンペラトリスの表情は険しすぎる。
「エルミタージュの王城は焼き払われた。滅亡した時の状況はそれでいいのだよな?」
「はい、その通りです。私は燃え盛る城から脱出しましたし、トレイズ遺跡と呼ばれるあの状態の通りです」
「そうか……」
ステラの答えに、アンペラトリスはものすごく考え込んでいるようだ。
「一体、何をそこまで悩まれるのですか?」
気になるステラは、ついつい聞いてしまう。すると、アンペラトリスはあまり言いたくはないような表情をしていた。こんな表情は見た覚えがない。
「いや、パッと見ただけでかなり頑健な城だということがはっきりと分かるのだ。だからこそ、あの燃えて崩れ落ちた惨状に違和感を感じるのだ」
どうやらアンペラトリスは、トレイズ遺跡の状態に納得がいっていないようである。本当にただ火を放たれて崩れ落ちたのか、その疑問が半年の間ずっと付きまとっているのである。
「だからこそ、あのベルオムという男に不信感を抱く。エルミタージュ大陸にやって来た時期、不可解な城の崩壊……。もしかしたらと疑ってしまうのだ」
そのアンペラトリスの推理を聞いて、ステラもベルオムとの過去をいろいろと振り返り始める。
だが、どうにも古すぎていろいろと記憶が欠落しているようだ。はっきりと覚えているのが、自分にとっての双剣と魔法の師匠ということくらいなのである。
「悪かったな、ステラリアよ。だが、ベルオムの事はあまり信用しない方がいい」
「皇帝陛下がそこまで仰る根拠は、一体何なのでしょうか」
「勘だ」
「勘?!」
アンペラトリスの根拠を聞いたステラは、思わず立ち上がって叫んでしまう。だが、すぐさま冷静さを取り戻して、恥ずかしそうにしながら座り直す。
「そうだ。だが、私が皇帝としてここまでやってこれているのも、その勘があってこそだ。意外と侮れないものだ」
「むむむ……、分かりました。お父様もお母様も、グラン様も皇帝陛下の事を信用していらっしゃるようですし、私も従いましょう」
「すまぬな、ステラリアよ」
納得のいかないところはあるものの、渋々アンペラトリスの意見に従うことにしたステラである。




