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出会い

ー王都北部 大森林内シルバの森ー


新緑の木々の隙間から明るい木漏れ日が差し込む森、シルバ。

「ある〜ひ、森の中〜、くまさんに〜」

その森の中で、大きな籠を抱え珍妙な歌を歌いながら森の小道を行く一人の少女がいた。彼女が軽快なステップを踏むたび、薄い橙色の髪がそれに合わせてふわりふわりと揺れている。


目的である森の中の小川にたどり着いた少女は、足元に大きな籠を置いて再び歌い出した。

「どんぶらこ、どんぶらこっこ〜」

籠の中から衣類やシーツを取り出して川の水につけ、自家製の石鹸と洗濯板を使ってそれらをじゃぶじゃぶと洗い始める。

澄んだ小川のせせらぎと、優しい匂い。

洗濯は大変だけど、少女はこの時間が嫌いではなかった。

「今日は天気もいいし、絶好の洗濯日和ね!」

そういって上機嫌で洗濯に精をだしていると、ふと、小川の上流からゆっくりと何かが流れてきたのに気づく。

「ん?…なにこれ、布?」

銀色の糸で変わった文様が縫い込まれた、細い紐のような包帯のような紫色の布。

だが手触りはしっかりしており、上質なものに思えた。


(何処かから飛んできたのかしら)


それを拾い上げた少女は上流の方に目を向ける。

すると遠くの方に何かが転がっているのを発見した。

目を細めて見てみるも、草むらの中に埋もれていてわからない。

少女は不思議に思って近づいていくと、徐々にそのシルエットが明らかになる。

縦に長くて、四肢があって、頭部がついていて……

「まさか、人?!」

人が倒れていることにも、いるはずのない存在にも驚く少女だったが、そこへと急いで駆け寄った。


その人物はボロボロの茶色い外套を羽織り、力なく手を投げ出してうつ伏せに倒れていた。

フードの下から色の抜けたような白髪が覗いていたから老人かと思ったが、少年のようだ。歳は自分と同じくらいに思えた。

「ねえ、あなた大丈夫?!」

返事はない。

少女は急いで脈と呼吸を確認しようとして驚いた。

外套から覗く両腕は包帯でぐるぐる巻にされ、片方の腕には上から先程の紫の布が巻かれている。

近くによってわかったが、息はあるようだ。

しかし意識を失っているらしい。体中が傷だらけで包帯からは血が滲んでいた。

「ひどい怪我……早く師匠に知らせないと!」

居ても立ってもいられず、少女は再び駆け出した。


*******


目が覚めると、そこは知らない場所だった。

太い木製の梁のある天井には、麻紐で繋がれた様々な草花が吊り下がっている。

「う…」

少年は痛む体に鞭打って、上体を起こした。

自然な風合いの木組みの柱と白い土壁、木張りの床。

壁沿いにキッチンがあり、火にかけられた鍋がコトコトと音を立てていた。部屋の中央にはテーブルが置かれている。

部屋の隅には薬瓶がぎっしりと詰まった木製の棚や本棚があり、本棚にも入り切らなかったであろう本が、その隣に積み重ねられて置かれていた。


どうやらここは何処かの家の中で、自分はベッドに寝かされていたようだ。

少年はすぐに、両腕の包帯がなくなっていることに気づくと、

急いで辺りを確認して、サイドテーブルの上に置かれていたそれを掴むとベッドから飛び降りた。

「あら、目が覚めたのね」

声のした方向に向き直り、身構える。

そして腰に手を当てるも帯びていた剣がなくなっていることに気づく。


「元気になったのはいいことだけれど、まだ寝てなくちゃだめよ」

玄関らしきドアから水の入ったバケツを持って入ってきた茶髪で糸目の女性が、少年に向かって声をかけた。

「オレの剣を何処にやった!」

少年の方に近寄ってきた女性に、少年は鋭い声をあげ、じりじりと壁を背にして下がる。

女性は少年が寝ていたベッドの近くによると、サイドテーブル上にあるたらいの水を入れ替えた。


「きちんと保管してあるから安心なさいな。それより、あなたのその腕…」

指摘された少年は、はっとした表情で腕を隠し、急いで包帯と布を巻きつける。

「オレはここから出ていく。剣とマントを返してもらおう。オレのことは忘れろ、いいな」

一方的にそう伝え、凄む少年に女性は首をかしげる。

「うーん。まるで警戒心の強い野良猫みたいね」


二人が一定の距離を保って対峙していた時、再び勢いよく玄関の扉が開いた。

「あぁ〜!!起きてる!」

オレンジ色の髪の少女は少年が起き上がっているのをみるなり、

バタバタと足音も荒くこちらへと近寄って来て、嬉しそうな声を上げた。

「あなた、高熱とけがで3日も寝込んでたのよ!私が見つけなきゃどうなってたことやら…あら、あなたの瞳、ルビーみたいな色してたのね。きれいね!」


一方的にマシンガントークを繰り広げ、無遠慮に距離をつめてくる少女に、少年は気圧されてたじろいでいる。

「リゼ。嬉しいのはわかるけど、彼も病み上がりなんだし、そっとしておいてあげなさい」

少女を諌めながら、女性は言った。

「もうすぐ晩御飯になるわ。あなたも食べられそうなメニューだから、食べていってね……あらあら」

女性は少年にそう声を掛けると足早にキッチンへと向かい、先程から蒸気を上げている鍋の様子を見に行った。


「うるさい、オレはすぐに行かなきゃならないんだ!

そんな悠長なこと言ってられるか!今すぐ出てく。剣を返せ!」

「でも、もう夜よ?それにまだ傷も治ってないのに」

「それでも行かなきゃならないんだ」

「行くって、どこに?」


余裕のない口調で出てく、の一点張りを繰り返す少年と少女の会話は、女性の言葉によって遮られた。

「さ、できたわよ〜。リゼ、食事の準備をして頂戴」

女性が鍋を持ちながら少女に声をかけ、そのまま鍋を鍋敷きの敷かれたテーブルにドンと置いた。

「はーい」

少女は返事をしながらテーブルにカトラリーを並べ、食事をとりわける。二人は食事の支度が終わると席について、手を合わせて何やら祈っている。


またも無視される形となった少年は苛立ちながら少女の座る椅子に手をかけた。

「剣を返せ、俺は出ていく」

「わからない人ねぇ。とにかく、食事が冷めちゃうわ。食べながら話しましょ」

祈り終わった少女は温かいパンをちぎって食べながら言った。

「そう。よく食べよく眠ること。これが傷を治すのに一番大切」

「ちっ」

どうもこの二人にはペースを乱される。

情報を引き出すには、従うしかなさそうだ。そう考えた少年は舌打ちしながらも大人しく席についた。

少年が食事に口をつけないのを見た少女は、彼の腕の傷が傷んで食べられないのかと思ったのか、ひな鳥に給餌をするがごとく少年の口元にパンを持っていった。


「はい、あーん」

「あのな!……自分で食べられる」

少年は少女をうざったそうに払いのけると、温かいポトフとパンを口に運んだ。


「それで、あなたは何処へ向かうつもりなの?」

二人のやり取りを微笑ましそうに見ていた女性は、少年に尋ねた。

「お前らには関係ないだろ。傷の手当をしてくれたことには感謝するが…これ以上オレに関わるな」

「……なにか訳有りのようね。話したくないのなら事情は話さなくてもいいわ。その代わり、今晩はちゃんとご飯を食べて休むこと。いい?これが出来ない限り剣は返せない。」

「……わかった」

よほどお腹が空いていたのだろう。少年がもくもくとご飯を食べ始めたのを見て、女性は微笑んだ。


「食事の後、用意しておくから待ってなさいな。……そうそう。そういえば、3日前、賊徒の手によって王都が陥落したそうね。その影響でこの近くの港町は一時閉鎖されてるんだとか。……これからグランバルト国はどうなっていってしまうのかしら」

「……」

食事を摂る少年の手が、ピタリと止まった。


「それと、王都では『白髪赤目で体に入れ墨のある少年』を探しているんだとか。

懸賞金付きの手配書までだして……あら、ここ。生死は問わないって書いてあるわ」

「それってまさか…」

女性は、羊皮紙のようなものを取り出して、リゼと呼ばれた少女と少年に見せた。

手配書には戦争犯罪の重罪人やら、危険人物と書いてある。


「報奨金は100万ディア…100万ディア!?」

これは1家4人が3ヶ月間遊んで暮らせる程度の大金である。


二人の視線が少年に注がれる。

居た堪れなくなった少年は、勢いよく立ち上がるとキッチンの方に向かい、包丁を掴んで二人に向けた。


「お前ら!大人しくしろ」

「あらあら。脅すつもりじゃなかったのに……せっかちねえ、話は最後まで聞くものよ」

「ししょう〜、師匠の言い方も紛らわしいと思います」

リゼが師匠を呼ぶ女性に声をかけた。女性は感情の読めない笑みを浮かべながら言う。


「でも、これであなたがこの手配書の少年だということがはっきりしたわね。」


少年は口を開こうとして、急なめまいに襲われた。体が思うように動かない。

立っていられない様子の少年はガクリと膝をついた。


「う…お前ら、オレに何を盛りやがった」

「言ったでしょう?大人しくしてなさい、って」

女性が椅子から立ち上がり再び微笑んで、ゆっくりと近づいてくる……


少年の意識はそこでブラック・アウトした。

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