第14話 英雄は礼節をわきまえる
ロイナンシュッテでのケルシュマン一座のヒーローショー。初日初回は大盛況だった。
この街でも、会場を、そして子どもたちを巻き込んでの芝居なんて、前代未聞だったからだ。
ロイナンシュッテ中央にある広場は、物見遊山の観客で埋め尽くされ、舞台に上げられた子どもたちの反応もよく、さらにグッズや軽食も完売御礼。デニガンとネーベラは増産のために地獄を見ている。
午前と午後の2回公演だったのだが、分割して取っておいたとは言え、売るものは、あっという間に完売。デニガンは客に下げたくもない頭を下げ続け、その脇で明日の増産を約束する座長を密かに睨んでいた。
宿の食事がある分、皆の毎回の食事を作らずに済んでいるネーベラは、販売物の増産に少々余裕があるようだ。
俺とマクセルとメルとカーラはヒカリムシ集めを頑張った。尋常でない量を集めることに成功したが、尋常じゃない量が存在しているのが怖い。なんなのこの虫。多分、4人で10キロくらい集めたぞ。
で、その大量の虫をデニガンとアロンに渡し、俺は部屋に戻った。
今日の2回公演で気になった部分を直さなきゃいけない。練習と本番はやはり違う。本番になると、客の反応に合わせていかないといけない部分が出てくる。アドリブで乗り切れればいいが、全員がそんなアドリブ力を持っているわけではない。劇団なのに。
それはともかく、ある程度の反応を見越しての変更は必要だ。
俺がブツブツと呟きながら台本に直しを入れている様子を、カーラは大人しくベッドに座って見ていた。
大人しいと逆に気になるわけで。
「カーラ、妙に大人しいな」
「え?うん。今日のお客さんの反応を思い出してたの」
おや?カーラらしからぬ役者らしい意見。
「で、どう感じた?」
俺は台本から目を離さずに、カーラに尋ねた。
「2回目のときに、あたしが攫った女の子。舞台に上げるまでは、ホントに怖がっててさ。うわぁ、まずかったかなと思ったんだけど、ユウが名前聞いたり、体操させたりしてるうちに、どんどん楽しそうになってさ、終わって、元の場所に連れて行ってあげるとき、あたしに手を振ってくれたの。うん、前の街では、そこまでの反応はもらえなかったから、なんか嬉しいっていうか、あたしも楽しいっていうか、そんな感じ」
「そうか。それがこの仕事の醍醐味の一つだ。本気で怖がってもらって、本気で楽しんでもらう。芝居っていう嘘の中で、客が感じる感情は本物じゃなきゃいけない」
「まーた、理屈っぽいことを」
「うるさい。お前は先に寝てろ」
「えー、マッサージしてあげるから、ユウもして」
なんだかマッサージじゃ済まないような雰囲気がある。
「よし、俺がスペシャルマッサージしてやる」
「え?え?スペシャルなの?」
と期待に満ちた目で見てくる。
「あぁ、俺のいた世界で、タイ古式マッサージ、という」
「たいこしき?」
「うつ伏せになって力を抜け」
「え?いきなり後ろから?」
完全におかしな誤解をしている。
「変に逆らうなよ。されるがままに受けろ」
「あんまり、乱暴には⋯⋯ぎにゃっ!」
まずは
吊り天井スタイルでストレッチ。
「ユ、ユウ、これ、ちょっと」
「がんがん行くぜ」
「ぎにゃぁ」
思いっきり、あちこち伸ばして縮めてやる。
ドS魂を刺激されて楽しくやらせていただいた。
「もう、むり、ユウ、ばか」
と、カーラは気を失うように眠りに落ちた。
さて、台本直しの続きに戻ろう。
翌朝。目を覚ましたカーラがベッドでぴょんぴょん飛び跳ねている。
その振動で目が覚めたわけだが、あまり嬉しい起こされ方ではない。
「ユウ、ユウ、ほら、嘘みたいに身体が軽いの!夜に責められたせい?これ、すごい」
「言い方がおかしい。マッサージしてやっただけだろ」
「でもでも、気を失うまで責められたら、楽になるなんて初めての体験」
「だから」
「メルに自慢してくる」
「おい、やめ⋯」
くそ、逃がした。そして広まるであろう俺の悪評。もういいや。
2日目のショー、午前の部。昨日の興行が評判になり、客足は途切れず、リピーターもいるようだ。だが、アロンの動きが悪かった。デニガンの手伝いであまり寝ていないのだろう。
怪我の元でもあるし、午後からはアロンの出番を減らし、俺とカーラの手数を増やして調整した。
午後の部までの間の昼休憩。俺はメルに呼び出された。カーラのせいに違いない。
「ユウ、カーラにしたこと、わたしにもして」
「おまえ、何いってんだ?」
「カーラがめちゃくちゃ気持ちよくなったっていってたから」
「⋯そういうのは、自分で処理してください。申し訳ありませんが」
俺の返しに、しばらく?マーク浮かべていたが、自分の言ったことに気づいて、顔を真っ赤にしてやがる。
「そういうのじゃなくて!マッサージ!」
「会話の際は目的を具体的にしないといけないよ」
「うるさい、偉そうに!で、わたしにもするの?しないの?」
「だから⋯まぁいいや。メルは司会だけなんだから、対して疲れないだろうが」
「ずるくない?」
「なんでだよ。俺はバードゥにマッサージ奴隷として生かされてんのか?」
「また、そういう不敬な物言いを⋯いいから、しなさい」
「おまえと同室のネーベラに迷惑だろ?それに、おまえにするなら、ネーベラにもしないわけいかないだろうし、でも流石に体格差が」
「うるさいわね。わたしがそっちの部屋に行くわよ」
「寝落ちしても運ばねえぞ」
「どうせ、1つベッド空いてるんでしょ」
よくご存知で。ってどうせカーラが余計な自慢話をしてるんだろうが。
「お好きにどうぞ。カーラが何言うか知らんが」
めんどくせぇ。
夕食のときに、おもむろに座長が話し始めた。
「明日の夜、ベルガンド様の屋敷の庭で興行をやってもらう」
様付けってことは例の興行主の貴族なんだろう。
「どこでもやってやるけど、客はどれくらい来るんだ?」
「近隣の貴族たちも呼ぶとのことだ。おそらく50名くらいだろう。で、ユウ、やってやる、じゃないんだよ。やらせていただくんだ」
「現場じゃ大人しくするさ。ここでくらい陰口叩かせろ」
「おれはおまえが叩く陰口しか聞いたこと無いがな」
「監督責任だな」
「やかましい!他の連中もわかったか」
皆が口々に返事をする中、ネーベラが挙手をして話し始めた
「座長、わたくしの役目は?貴族様に普段売ってるお菓子を出すわけにもいかないでしょう?」
「それなら、わしの土産物も売りつけるわけにもいかないし、ネーベラと留守番してるわ」
デニガン、どんだけ仕事したくないんだよ。
「ふたりとも雑用はあるし、一座として、全員挨拶は必要だ。来い」
「わかりましたわ」
「くそ」
見た目は問題児、中身は問題爺だよな、デニガン。
「ユウ、貴族の子どもたちの雰囲気なんかは、この前、散々相手をしていたザムドとルリハが詳しい。⋯ふたりとも、後で説明してやれ」
「了解だ座長」
「はぁーーーーい」
心做しかルリハの返事に元気がない。多分、貴族様のガキが嫌いなんだろう。なんとなくわかる。
食堂で貴族様取扱説明講座を受講後、部屋に戻ろうとすると、メルがカーラと揉めながら着いてきた。
ホントに来たよ、この女⋯
「ユウ、もうメルの骨をへし折って黙らせてよ。マッサージ中の事故ってことで」
「なに怖いこと言ってんだ、カーラ」
「だって」
もう、とにかくやらなきゃ収まりがつかない状態だ。
「メル。そっちのベッドにうつ伏せで寝ろ」
「ま、マッサージ、よね?」
めんどくさいので、黙って、メルを吊り天井。
「ぐはぁ」
メルの方が悲鳴が下品だな。なんて考えつつ、途切れることなくマッサージ続行。
「あたし、こんな目に合わされてたんだ。ほんとユウってば責めるの好きだよね」
「おまえはどうしても、これをプレイにしたいのか」
「なに⋯楽しげに⋯ぐは⋯いちゃつい⋯がは⋯てんのよ」
メルにリアクション芸を教えるのもありかもしれない。
「ほら、ユウってばニヤついてんじゃん」
「ばかやろう、これは新しいショーのネタを思いついただけだ」
「い⋯いま⋯思い⋯つかなく⋯ても⋯ばはぁ」
「ユウ、メルって面白いね?」
「だろ?」
そしてメルを気絶した。
カーラが同室はダメだと言いはるので、仕方なく、ガーベラのいる部屋に死体の如きメルを運ぶ羽目になった。
翌朝、身体が楽になったと喜色満面で言ってくるメルを適当に受け流しつつの朝食。
「だから、感謝してるんだから、真面目に聞きなさいよ」
「だから、食事してるんだから、大人しく食べろよメル」
うん、ショーでもこういうノリでアドリブ入れてやろう。
夜にもショーをしなくちゃいけないのに、今日も午前午後ときっちりやらせやがったぞ、クソ座長。
なので、午後のショー終了後、出演者には念入りにストレッチをやらせた。
お貴族様の前で失敗&負傷は洒落にならない。
カーラがマッサージをねだってきたが、あれは俺も疲れるので、今回は無しだ。
大人しくカーラも納得してくれた。
あとは全員風呂に入って、汗臭ハラスメントをお貴族様にしないようにし、出発。
迎えの馬車というか、劇団のものより立派なドラゴンが牽く龍車に乗って行く。こりゃ楽でいい。
揺れもほとんど無い。デニガンが感心しきりだったので、多分バネを使ったサスペンションが付いてるんじゃないかと、うろ覚えの知識で説明。
結果、異常に食いついてくる状況に。うっとぉしいので、後で下でも覗いとけと言ったら、ホントにやりそうっぽい。
叱られるのは本人と座長だろうから、気にしない。
30分程度⋯この世界は時計が日時計しか無いので、もはや自分の感覚が合っているかどうかもわからないが、まぁ、そんなもんだろうと。
その程度の時間で目的地。小高い丘の上にあるベルガンド様とやらのお屋敷に到着。
とりあえず、大人しくしてれば問題ないんだろう。ただ、カーラたちを差別するような振る舞いをしやがったら、こちらが、どう振る舞うかわからんけど。
当のカーラは耳がピョコピョコ動いてるんで、緊張か警戒してるんだろう。隣でメルが堂々としてるもんだから、余計に悪目立ちしてる。
アロンはなんだか震えてるし、デニガンは座長に腕を掴まれてる⋯早速龍車の下を覗こうとしたんだろうか。
マクセルは千鳥足気味で、会う人達に「よっ」とか挨拶してる。呑んで来やがったな、あいつ。
先日、来ているザムド、ルリハ、レイガは落ち着いてる。なんか立ち振舞も慣れた感じだ。
なんか、ネーベラはこの屋敷のメイドや職人と思しき連中に挨拶⋯されている。なんなの、あの人。劇団の食事係でいい人なの?
で、当の俺は屋敷の使用人に混じって、ショーの小道具運びをしているわけで。
必要な仕事ではあるが、なんか腹が立つので、アロンをとっ捕まえて手伝わせた。無駄に震えてるなら働きゃいいんだ。




