第12話 想い、繋がるとき
俺はカーラを抱きしめた。柔らかい。
「え?いいの?服着なくて」
「今だけは我慢しないからな」
「ふぇ?」
俺はカーラをベッドに押し倒し、組み敷いた。
「優しくは出来ないぞ」
カーラを俺をじっと見つめ、優しく微笑み、うなづいた。
「…いいよ」
こちらの世界に来て、溜まりに溜まったものを、俺はカーラにぶつけた。
そんな俺を、カーラは全部受け止めてくれた。
部屋のドアがノックされ
「おーい!食事の時間だから下の食堂にさっさと服着て降りて来いよ!」
とマクセルが声だけかけて去っていったようだ。
うん、なんてことを宿屋中に聞こえるような大声で言いやがるんだ、あいつは。
「ほら、カーラ、飯だってよ。さっさと服着ていこうぜ」
間違った事を言っていないんだよな。
腹が立つなぁ、マクセル。
「ユウ、凄すぎ。腰が抜けて動けないから、服着せて、抱っこして連れてって」
それこそ、宿屋中の笑いものだ。
「断る」
俺はさっさと服を着た。
「終わって冷たくするのは最低だよ!」
「やかましい!早くしないと、マクセルに歌にされるぞ」
「うぅ、それはやだから行く」
役に立つなぁ、マクセル。
食堂に行くと、全員先に来ており、しかも拍手で迎えられた。
や・め・て・く・れ
メルと、なんだかアロンは、こちらを無言で睨んでくる。
カーラはアロンの頭を無言で殴り、メルに
「お先に」
などと、とんでもない挨拶をしやがっている。
「よし、全員揃ったな。そんじゃ、酒を持て。ロイナンシュッテでの興行成功を祈願して乾杯!」
「「「「「「「乾杯!」」」」」」」
うん、これ以上のイジリがないなら、それは平和でいいんだが…
「のぉ、ユウ」
「なんだ、デニガン」
デニガンから話しかけてくるなんて珍しい。
「わしらは旅芸人、行く先々で、お相手がいるのも普通のこと。ただ、一座の中での色恋沙汰は、万が一別れた時に最悪の雰囲気と影響を一座に与える。それだけは心に留めとけよ」
見た目は美少年でも中身はジジイ。さすがのアドバイス、だが。
「俺は以前いた事務所…まぁ一座だな。そこでも色恋沙汰はしょっちゅうだった。若いのが年上の女を先輩から奪ったり、もう大変だった。ま、そんなだから、よくわかってるよ。心配すんな」
「人はな、わかっててもやるから、人なんじゃよ」
「ご高説、耳に痛いよ」
「ふん、わしゃ知らんぞ」
と話に区切りがついたと思ったら、デニガンを押しのけてメルが隣に来た。
ちなみに俺を挟んで反対側には、当然のようにカーラがいる。
「さて、ユウ。ついにやらかしてくれたわね」
「ユウはやらかしてないよ。あたしとやっただけ」
「恥ずかしげもなく、ユウ、あんたは…」
「今言ったのカーラだろ!」
「んふふ、今夜一晩、あたしのユウを貸してあげようか?…あ、やっぱり貸さなーい」
なんなの?ここは地獄なの?
「わたしは別にユウとどうこうなりたいわけじゃないのよ!ただ一座の中の風紀として」
「そういうの見張るように座長からでも言われたわけ?言われてないのにやってるなら、やーらしー。メルのスケベ」
「わかった、一度あんたとは決着をつけないといけないと思ってたのよ。ほら、ユウ」
「俺?俺?」
マクセルもデニガンもネーベラさえ、こっちを見もしねえ。アロンはカーラにのされたのか、ピクリとも動かない。
「バードゥ様の力を思い知らせてあげる」
邪神パワー?そして標的は俺?理不尽過ぎない?
結局、食事を摂る間もなく、俺とカーラはメルとともに宿屋の裏庭にいた。
「ねえ、ユウ」
口火を切ったのはメルだった。
「カーラのこと、後悔はしてないのね?」
「ん?それは、もちろんだ」
「もし、もしもよ。ユウが元の世界に帰れるとなったとき、カーラを連れていくことはできない。それでも?」
「何を、言っているんだ?」
カーラは無言で俺の腕を強くつかんで、俺を見上げていた。
「どうなの?わたしはユウの覚悟を聞いているんだけど」
「おまえ…漂流者は帰れないって…カーラも、そう言ったよな」
「そう。帰れるのなら、カーラの相手はしなかったってことね?」
カーラは俺の腕を掴んだまま、俯いてしまった。
「メル、てめぇ、言っていいことと悪いこと…」
「で、どうなの?あたしが質問してるんだから、答えて」
俯いたままのカーラが静かに泣き始めた。
「性欲の発散なら、街で娼婦を買って済ませればいいの。ユウ。答えて」
何を言えば、何を答えればいいんだ?
「ユウ、いいんだよ、今だけでも。あたし、それでも」
あぁ、カーラにこんなこと言わせちゃダメなんだ。俺は…くそっ!自分がめんどくせえ!
俺はぎゅっとカーラを抱きしめた。
「え?」
カーラが驚きの声を漏らす。
「いいか、メル。カーラも聞け。俺はこっちの世界にヒーローショーを広める。そして大成功を収めたのち、何とかして元の世界に戻る!」
カーラが俺の腕の中でびくっと震えた。
「カーラは連れていく。今度はカーラが漂流者になる番だが、諦めろ」
カーラは俺の胸に顔をうずめたまま、無言で何度もうなづいた。
「この場限りの言い逃れだったら、ユウ。あなたはバードゥ様に命を奪われる事になる。覚悟はいい?」
「覚悟も何も、カーラは、もう俺の女で、俺の一番弟子だ。逃がすかよ」
「ふーん、そう。ならいいわ。あなたはわたしが意地でも元の世界に返す。カーラ付きでね。バードゥ様なら、きっと」
そう。漂流者はバードゥ教の教会に転移されてくる。ヒントは…答えは当然、邪神バードゥが持っているに決まっている。
「じゃ、食事に戻るわね」
とメルは踵を返すとさっさと立ち去ってしまった。
なんなんだよ。俺に告白させたかったのか、あいつは。
すると、涙でぐしゃぐしゃな顔になったカーラが俺を見上げてこう言った。
「ユウ、排卵しちゃうくらい好き」
ムードもへったくれもねぇ!
しかし…避妊とか考えないとな。なんか便利道具でもありそうだがな。娼婦がいるんだし。
カーラが落ち着くのを待ってから、改めて食堂へ。
ホントせわしない。落ち着いて飯を食いたい。
デニガンとメルのお小言で、打ち切りのようで、それ以降は何も突っ込まれたりネタにされることもなく、普通に食事ができた。
あんまりしつこく引っ張っても、雰囲気悪くなるだけだからな。その辺は皆判ってるようだ。
「あ、そうだ、ユウ」
とマクセル。
「ん?」
「座長からの伝言。明日中に新演目を固めておけ。売り物も含めてな。とさ」
「へいへい、頑張りますよ。今夜は徹夜かな」
カーラが信じられないというような視線を向けてくるが、仕事も手伝えよ一番弟子。
締め間際に目覚めたアロンは、慌てて食事を詰め込み、また死にかけていたが、それはどうでもいいことだ。と、脳裏に浮かぶ「義弟」という言葉を振り払いながら思った。
部屋に戻ると、カーラが服を脱ぎだしたので、頭を引っ叩いて制止し、俺は燭台の灯るテーブルに向かい、台本執筆に入る。
基本パターンは前回同様、英雄が魔物からお姫様を奪還する流れで問題はないはずだ。もう少し、個々の動きを派手目にして、よりキャッチーな感じにしたいとは思う。
ザムドもレイガもルリハも、元々の身体能力は高い。勝手がわかってきただろうから、もう少し派手な立ち回りも行けるだろう。
「カーラ、食ったばかりで悪いが、ちょっと動いてほしいんだが」
「上で?下で?」
どうしようかな。これ以上引っ叩くのも嫌だし。
「真面目に手伝う気がないなら、部屋、メルと代わらせるぞ」
「あたしは何をすればいいの?」
まったく、もう。
「俺が剣をまっすぐ振り下して、その後、横に薙ぐ。それを見栄え良い動きで避けろ」
「わかった。外でやってもいい?」
「あぁ、行こうか」
宿の中庭に出た。
「いいよ、ユウ。本気の動きで来て」
滅多にないカーラの真面目モード。常にこうあれとは言わんが…
俺はアクション用の剣を正眼に構えた。
「てやっ!」
俺は一歩踏み込んでカーラを斬るべく剣を振り下ろした。
カーラはそれを一歩だけ下がって避けた。
「はっ!」
今度は剣を横に薙いだ。カーラーは剣が到達する前に飛び上がり、そのままバク宙して降り立った。
「どう?かっこよくない?ねぇねぇ」
俺の剣を見切りまくってやがるんだが…
「す、すごいな、おまえは」
「でしょ?さらに惚れた?」
剣の見切りって惚れる要素にあるのか?惚れなおしたけど。
「アロンも同じ事出来そうか?」
「え?うん、厳しく躾ければ、すぐ出来ると思うよ。あたしが出来るのは、あいつだって出来る」
「じゃあ、今すぐ、厳しく躾けてもらっていいか?」
「いいけど、ユウは?」
「カーラが凄いのがわかったんだ。脚本手直し頑張らなきゃな」
カーラは素早く俺に駆け寄って、唇にキスしてきた。
「おい」
「へへ、ユウが頑張るなら、あたしも頑張る。アロンも頑張らせる」
「頼む」
「うん!」
カーラは走って、アロンを拉致しに行った。
さて、俺は部屋に戻って構成練るか。売り物のことは明日でいいや。めんどくせえ。
翌朝、食堂に行くと、アロンが垂れ耳をさらに垂れさせて突っ伏していた。
まぁ、昨晩躾けられたダメージが残ってんだろう。カーラもそんなに遅くならずに部屋に戻ってきたから、技術は習得しているはずだ。
カーラ自身も部屋に戻るなり、すぐ寝てしまったんで、よほどの集中特訓だったと見える。
そんな状況の中、俺はほぼ徹夜。
おかげで脚本の直しは終わった。
寝たおかげで元気なカーラと徹夜でフラフラの俺を見て、マクセルが何か言いたげだったが、あらぬ誤解以外の何物でもないと思われるので、目で制しておいた。
食事が始まり少し経った頃、座長、ザムド、レイガ、ルリハが揃って登場だ。
「先に始めさせていただいてますわ」
というネーベラの呼びかけに座長は片手をあげて応えた。
4人とも、明らかに二日酔いだ。ボスとスターはつらいね。
「おい、ユウ。進捗は?」
といつもにもまして不機嫌な感じで座長が俺に言う。
「台本は出来た。売り物は、とりあえず前と同じで様子を見させてくれ」
「わかった。デニガン、ネーベラ、準備の方は大丈夫か?」
「ええ、今日一日いただければ、大丈夫ですわ」
「アロンが手伝ってくれたからの。こっちの準備は終わっとる」
「わかった。ザムド、レイガ、ルリハは毒消し飲んで、ユウの指示に従え。メル、カーラ、アロンもしっかりな。マクセルも音楽、頼むぞ」
二日酔いのスターたちは、持っていた瓶の中身を飲み干した。毒消しのポーションとかってやつだろうか。それにしても座長が座長らしく指示を出すなんて、俺は初めて見た気がする。
まあ、そんだけここでの興行は重要なんだろう。
座長も毒消しを飲み、速攻復活したのか、朝食をがつがつ食べ始めた。
俺は、さっさと朝食を終え、
「先に中庭で準備運動しつつ待ってるから、準備のできたやつから来てくれ」
と指示を出し、食堂から出た。
さてと、頑張りますか。




