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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔物図鑑:セーブポイント 危険度B++

「ここでセーブしておくといいですよ」


 僧侶はそう言って結晶体を指さした。

 セーブ? セーブとはなんだ。


「何か問題があったとき、ここからやり直すことができるんです」


 やり直す……?

 何を言っているのかわからない。


 僧侶の瞳は怪しく輝き、魔法使いはうんうんとうなずく。

 これがあると楽だよねーなどと意味不明なことを言っている。


 見開いた魔法使いの目はどす黒く濁っていた。


 問題があった時というのは何だ。


「あー、それはね死んだ時のことです」


 死んだ時? 死者の蘇生……?


「まぁ、そう捉える人もいるかな。時間が巻き戻ると言った方が正しいけど」


 さぁ、君もセーブセーブ!


 言われるがままにセーブということをしてみる。

 変な音が鳴って結晶体が輝いたが、だからなんだというのだろう。


 何か特殊な信仰の一種なのかもしれない。

 彼女たちの気分を害さないよう、形だけでもならっておく。




 俺たちはセーブ?とかいうのを済ますと、高難度ダンジョン「魍魎の巣窟」に向かう。

 本当に潜るのか? ここは生存率1%以下の死のダンジョンだぞ。


「大丈夫大丈夫♪ だってセーブしてあるし!」


「セーブしてあれば元の地点に戻るだけだもんね!」


「「ねー!」」


 などと、僧侶と魔法使いはよくわからないことを言う。


 こんな恐ろしいダンジョンに潜るなど、自殺行為に等しいので何かの冗談だと思っていたのだが、彼女たちは本当に足を踏み入れるつもりらしい。


 彼女たちが持つ信仰を正面から否定するのはよくないかもしれないが、だからといって死んでしまっては仕方ない。


 待て、本当に行くんだな!?


「あはは、何をそんなに緊張してるんですか。セーブを信じましょうよ!」

「そうですよ。後でロードすればいいんですから、怖いことは何もないです」


 きょとんと僧侶が怪しく光る瞳をこちらに向け。

 あっけらかんとした魔法使いの瞳はやはりどす黒く濁っている。


 これから危険地帯に足を踏み入れるというのに、この二人はどこかがおかしい。

 やはり止めるべきでは?


 封印されしダンジョンの扉を開き僧侶が中を覗き込むと、何かおぞましい触手のようなものが12本ほど僧侶を貫いた。


「ぎッあッ!」


 なすすべもなく僧侶は即死した。


 俺は剣を構え、臨戦態勢をとる。

 せめて魔法使いだけは逃がさなければ。


 魔法使いは「あーあー、運がなかったなぁ。リマセラリマセラ」と意味不明な言葉を唱えて肩を竦める。


 俺は魔法使いに逃げろと指示を出すが、どこ吹く風だ。


「じゃ、セーブポイントでまた!」


 そういうと、魔法使いは自分自身に爆裂魔法を撃って自殺した。


 ……は?

 何だ、何が起きて……。


 ダンジョンから這い出てきた異形の怪物がこちらを見る。


 圧が違う、こんなのに勝てるわけがない。

 だが、こいつを野に放つわけにはいかない。

 

 俺は必死に剣で威嚇し怪物がダンジョンに戻るよう祈ったが、レベルが違いすぎた。


 毛むくじゃらの触手の塊みたいな怪物は俺のことを無視し、聞いたこともない奇声を上げながら森へと走り出した。


 早い、とても追いつけない。

 あんな化け物、追いついたところで勝てるとも思えないが。


 せめてできることをと、ダンジョンの扉を閉める。

 これ以上怪物が出てこないように。


 とんでもないことをしてしまった。

 あんな化け物どうやって討伐したらいいんだ。


 きっと途方もない数の人間が死ぬことになる。


 

 罪に問われるかもしれないが、黙っているわけにもいかない。

 俺は冒険者ギルドに戻ると受付嬢に声をかけ正直にあったことを話した。


 受付嬢は俺の言葉を途中でさえぎり、ギルド長が来るから少し特別待合室で待つようにと言う。


 懲罰だろうか、構わない。

 俺は俺自身を偽るつもりは一切ない。


 しばらくすると高齢のギルド長がやってきた。


「今回はえらい目にあいましたな。なぁに落ち着いて悪いようにはせんから。ゆっくりあったことを話してくれればいい」


 俺はギルド長の言う通りすべてを話した。


「なるほど、それは最近流行のセーブ病ですな」


 セーブ病?


「そう、あの不思議な結晶体。セーブ病の連中が言うところのセーブポイントとやらが現れたのはつい最近のことじゃ」


 ギルド長によれば、あの結晶体は新種の魔物らしい。

 あれが、魔物? 特に攻撃してくるようなことはなかったが……。


「あの結晶体に祈った冒険者は徐々に警戒心をなくし、危険な行動を取るようになるのです。それがなぜかはよくわからないのですが、時には仲間の後追い自殺をすることも」


 確かにあの僧侶と魔法使いは軽率としか言いようがなかったし、魔法使いにいたっては後追い自殺している。


「彼女たちは、セーブをしていれば死んでもやり直せると言っていました」


「それじゃ、皆そう言うのだが。その二人はめでたく生き返ったのかね?」


 生き返ってなんていない。

 というか生き返っているのならこんなことにはなっていないのだ。


 あの二人にとっては死ねば生き返り、高難度ダンジョンから野に放たれたあの怪物も元通り、ダンジョンの中にいることになっているのかもしれないが。


 そのような都合のいいことにはなっていない。


 人生はやり直せない。

 すべてのツケはいつか返さないとならないのだ。


 当たり前のことではないか。


 ギルド長はうんうんとうなずくと、俺の肩を両手で押さえて「君はまともだ。安心したよ。あのセーブポイントでセーブとやらをしなかったんだな」と言った。


「セーブ……?」


 かすれた声が出た。

 俺はセーブをしてしまっている。


 セーブしたらどうなるんだ?


「さよう。あの魔物に祈った者は脳を破壊される。どういう理屈でそうなるのかはわからんが、一度祈ればみな一様に危険行動をとって死ぬか、自殺するのじゃ」


 そんな。


 いや、俺は自殺なんかしないぞ。

 危険な行動だってとらない。


 絶対にだ。


 しかし、そんな行動を誘発するとしたらそれは確かに魔物としか言いようがないな。


「ギルドとしても見つけ次第、秘密裡に壊してはいるんじゃがのう。他の魔物と同じで何度倒してもいつの間にか現れる。困ったもんじゃ」


 なぜ秘密にしているのです。

 そんな危険な物があるなら。


「公に破壊令を出すとセーブ病に罹った者たちが、セーブポイントを守ろうと抵抗するようになるからじゃ。故に情報は秘匿しつつ秘密裡に壊さねばならん」


「ところで、お前さん。本当にセーブしていないのか? だんだん目がどす黒くなってきているような気がするぞ。一度でもセーブしたものは瞳の色が……」



 うわああああ!!

 俺は何かとても恐ろしくなって逃げだしてしまった。


 ギルド長を突き飛ばしてしまったし、こんな無礼を働いてはもうギルドにいられるかわからない。


 頭が熱い。

 胸の奥からは焦燥が吹き荒れる。


 なんだこれは。

 なんだ。なんだ。


 冒険者ギルドを出ると、先ほどの化け物が人間を焼き鳥みたいに串刺しにして美味そうに食って笑っていた。


 あああああああああああ!!


 俺のせいだ。

 俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ。


 街は阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。

 俺一人の力ではどうすることもできない。


 絶望して地面に倒れ伏すと、途端名案が浮かんできた。


「そうだ。セーブだ」


 あの僧侶と魔法使いの言葉が嘘であると誰が決めたのか。


 俺が死ねばすべてはリセットされ、あの結晶体の前からやり直せるかもしれないじゃないか。


「俺にはセーブがある。まだ、やりなおせる」


「セーブ、しておいて、よかったなぁ!!」


 剣を首筋に当てて自殺しようとしたが、やめた。

 せっかく死ぬのだ。あのダンジョンの中がどうなっていたか、確認してから死んだって大した違いはないはずだ。


 むしろ、情報が手に入る分お得ではないか!


 なぜ早く思いつかなかったのだろう。

 自分でも不思議である。


 俺は冒険者ギルドに戻ると、なんとなく討伐リストを眺めていた冒険者二人に声をかける。


 一緒に冒険しようぜと言うとレンジャーと拳闘士は快く引き受けてくれた。


 冒険者ギルドから出ると、あの怪物はいなかった。

 おかしいな街も壊れていない。


 まぁそんな日もあるか。


 何かひっかかることがあるような気がするが、頭の奥がぼうっとしてよくわからない。


 まぁいい、そんなことより冒険だ。

 あの最難関ダンジョン「魍魎の巣窟」に潜るんだ。


 確実に死ぬだろうけど情報だけは持ち帰れる。

 

 おっと、その前にみんなでセーブしておかないとな!


 俺はセーブポイントの前にレンジャーと拳闘士を招く。

 よく見るととても美しい。キラキラしてるじゃないか。


 なぜギルド長はあんな悪口を言うのだろう。

 よくわからない。


 ギルド長はひどいと思う。


「この結晶体は何だ?」

「怪しいな」


 なぜだろう。

 なんだか急に愉快なきもちになってきたぞ?


 はは♪ 怪しくなんてないさ!

 ここでセーブしておけば、後で問題が起きた時やり直せるんだ!

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― 新着の感想 ―
[一言]  派手な攻撃を仕掛けてくるより、意識や認識そのものを書き換えてくるタイプのほうが、嫌らしくて恐ろしい。
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