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8-1 前を向く

 翌日の朝、(はるか)蕾生(らいお)鈴心(すずね)も疲れがとれない気怠さのまま起き出した。

 

「おはようございます」

 

 三人揃って居間に行くと、優杞(ゆうこ)が朝食を並べていた。

 

「おはよう。疲れはとれた?」

 

「まあ、だいたい」

 

 強がって少し嘘をつく蕾生に、優杞はいつものサバサバした調子で笑って言った。

 

「そ。じゃあ朝ご飯しっかり食べて回復しなさいね!」

 

 食卓にはいつもとはまるで違うメニューが並べられていた。肉の割合が凄すぎる。

 

「すごいご馳走です」

 

 鈴心が目を丸くしていると、蕾生は素直にテンションを上げて喜んだ。

 

「うまそうだ!」

 

「たまにはね。昨日はあんた達も頑張ったからね!」

 

 優杞が昨日負った怪我も軽傷ではないはずだが、そんな素振りを全く見せずに笑っていた。雨都(うと)家の女は強い。

 

「おはようございます」

 

「あら!」

 

 三人に遅れて皓矢(こうや)が顔を出す。その姿を見るなり、優杞は声の調子を半音上げた。

 

「昨夜は僕まで泊めていただいて、すみませんでした」

 

 皓矢は柊達(しゅうたつ)橙子(とうこ)に深々と礼をする。二人は少し居心地悪そうにしながら威厳を保ちつつ応えた。

 

「む……まあ、仕方なかろう」

 

「昨日の騒ぎを収めていただいたんです、当然ですよ」

 

「ありがとうございます」

 

 どこまでも堅苦しい両親に代わって、優杞は明るく皓矢に着席を促す。

 

「さあさあ、お座りになって!沢山召し上がってくださいね!」

 

「これはまた、豪勢な朝食ですね。有り難くいただきます」

 

「おらまあ、おほほほ!」

 

 有頂天な優杞の様子から、永と蕾生は朝食が豪華な真の意味を悟った。

 

梢賢(しょうけん)は……起きて来ないのでしょうか?」

 

 座りながら鈴心が心配そうに聞くと、楠俊(なんしゅん)も困ったような顔をしていた。

 

「うん、呼んだんだけど返事がなくてね」

 

「そうですか……」

 

 永と蕾生も続いて梢賢を思いやる。

 

「少し、そっとしておいてあげたほうがいいだろうね」

 

「そうだな……」

 

(けい)くんのことは本当のお兄さんみたいに慕っていたからねえ……」

 

 楠俊の溜息が重たい空気の居間に落ちる。最後まで信じたかった眞瀬木(ませき)(けい)の末路を考えると梢賢の心の傷は察するに余りある。

 一同は沈んだまま豪華な朝食をとった。


 

 

 食事が済むと、皓矢が柊達にあらたまって尋ねる。

 

「あの、藤生(ふじき)家を訪問したいのですがよろしいでしょうか?」

 

「ああ……雨辺(うべ)の子のことかね?」

 

 (あおい)は結局目を覚さないまま、昨夜は藤生(ふじき)康乃(やすの)に預けられた。

 

「ええ。(ぬえ)化後の容体が気になりますので」

 

「そうね。目覚めたという知らせもまだありませんから」

 

 橙子がそう承知したのを受けて、柊達は楠俊に命令する。

 

「楠俊、案内して差し上げなさい」

 

「わかりました」

 

「僕らも行ってもいいですか?」

 

 永がそう申し出ると、柊達はまた橙子の反応を気にする。

 

「……」

 

「構わないと思いますよ。あの子のことは今は貴方方が一番良く知ってるでしょうから」

 

「──では、皆で行ってきなさい」

 

 お墨付きをもらった皓矢と永達は楠俊に連れられて藤生家へと向かった。


 

 

 五人が出かけた後、橙子は片付けながら優杞に聞いた。

 

「梢賢はまだ寝てるの?」

 

「多分……」

 

「仕方のない子ね」

 

 肩で息を吐いた後、橙子は息子の部屋に向かった。



 


「梢賢」

 

 橙子はいつものようにノックもしないで襖を開けた。梢賢はベッドの上で布団を頭から引っ被って返事もしない。

 

「……」

 

「この暑い時期にますます暑苦しい。起きなさい」

 

「……」

 

 もぞもぞと動きはするものの一向に顔を見せない息子に、母は溜息を吐いた後厳しい声で言い放った。

 

「起きないとちょん切りますよ」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 ほぼ条件反射で起き上がった梢賢の顔も髪もくしゃくしゃで、目も赤く充血していた。

 

「全く情けない顔だこと。私は本当に息子を産んだのかしら」

 

「……」

 

 口をへの字に曲げて黙ったままの梢賢に、橙子はさらに厳しい言葉を浴びせる。

 

「男だからメソメソするなとは言わないけれど、お客様が大勢いらしているのに情けない姿を晒すことは許しませんよ」

 

「……ごめんなさい」

 

「お前はなんのために似合いもしない関西弁を使っているの?」

 

「え……?」

 

 橙子はゆっくり近づいてベッドに腰掛けた。

 

「この里から脱却するため、でしょう?威勢を張って自ら鼓舞するためではないの?」

 

「……」

 

「お前の大好きなお笑い芸人は、たとえ親が死んでも舞台に立って笑ってますよ」

 

「!」

 

 母の言葉に梢賢は驚いた。いつも馬鹿馬鹿しいと言っていた梢賢の好みに初めて母が理解を示してくれた。

 

 橙子は厳しい口調のままだったが、表情は少し優しかった。

 

「そうやって生きると決めたなら貫き通しなさい。雨都梢賢は、飄々としたお調子者で器用に立ち回る──そういうキャラクターなんでしょう?」

 

「母ちゃん……」

 

 だが優しくされて泣きべそをかきかけた梢賢に、橙子はすぐ苛ついて声を荒げる。

 

「立ち上がるか、ちょん切るか!3、2……」

 

「立ち上がります!!」

 

 それで梢賢は慌ててベッドから飛び降りる。橙子は満足げにしていた。

 

「それでこそ私の息子。そして楓が託した子です」

 

「オス!」

 

「駄洒落にしては面白くないわね」

 

「厳しいッ!」

 

 母の偉大さ、そしてありがたさを梢賢は噛み締めながら前を向いた。


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