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7-10 鵺が嗤う絹の楔

「──!!」

 


 チィイイイ……ッ!

 青い鳥が高らかに叫んで飛び回った。

 梢賢(しょうけん)に飛ばされた呪いの衝撃波は、対象に届く前に霧散した。


 


「──ッ!なんだ!?」

 

 呪詛を返された(けい)の手が赤く爛れる。激痛に顔をしかめて、珪はその術者を探した。

 

「お兄様!」

 

 鈴心(すずね)の希望に満ちた声が響く。

 青い鳥を差し戻し、その肩にとめた皓矢(こうや)が涼やかな顔で言った。

 

「込み入った話の最中に申し訳ない。僕の妹に血を見せる訳にはいかないのでね」

 

 どうやっても格好良くなる皓矢の言動は人智を超えているのかもしれない。(はるか)蕾生(らいお)は「お約束」を見せられた気分でシラーとしていた。

 

「そうか、お前は銀騎(しらき)!」

 

 やっと皓矢の存在に気づいた珪は忌々しいものを見る目で睨みつける。

 しかし皓矢は康乃(やすの)の方へ歩み寄って深々と一礼した。

 

「すみません、ご挨拶が遅れまして。銀騎(しらき)皓矢(こうや)と言います」

 

「貴方が──」

 

「銀騎の、次期当主……」

 

 康乃も墨砥(ぼくと)も唖然として皓矢の姿を凝視する。

 

「元はと言えば、銀騎が眞瀬木(ませき)家のご先祖に(ぬえ)の知識を与えたことが原因です。本当に申し訳ありませんでした」

 

 次いで皓矢は墨砥にも頭を下げた。

 

「更に言えば、銀騎が雨都家を呪ったことで麓紫村(ろくしむら)はここまで複雑な事情を抱えることになった。なんとお詫びしたらいいのか検討もつきません」

 

「銀騎の方、顔をお上げになって」

 

「は……」

 

 康乃は表情を少し緩めて穏やかに言った。

 

「最初のきっかけはそうでも、里の問題を大きくしたのは中の私達です。そうね……人間の業というものかしらね」

 

「恐れ入ります」

 

 殊勝な皓矢の態度に激昂した珪は、左手を振り上げて皓矢に術を飛ばそうとした。

 

「いいや!銀騎が悪い!詫びると言うならとことん詫びてもらおうか!」

 

「──」

 

 だが、皓矢が珪の方を一瞥しただけでその術は珪の顔の前で暴発する。その衝撃で珪は後ろに吹っ飛んだ。

 

「あああっ!」

 

「し、視線だけで──?」

 

 自身が強力な呪術師である瑠深(るみ)は皓矢の力を正確に感じ取り青ざめる。

 

「こわ……」

 

 それを見た永は何もそこまで実力の差を見せつけなくても、と皓矢の意地悪さに引いていた。

 

「くっ、おのれ、銀騎ィィイ!」

 

 このままで終われない珪は歯を食いしばって立ちあがる。その肩をポンと叩く者が突然現れた。

 

「いや、惜しかったですなあ」

 

「──!」

 

 何の前触れもなく、まるで最初からそこにいたような存在感で佇む男に、皓矢は緊張とともに身構えた。

 

「伊藤さん!?」

 

「まさか銀騎の若当主まで出張るとは計算外ですな、珪さん」

 

「う……」

 

 伊藤有宇儀(ゆうぎ)は以前見かけた時と同じ、黒いスーツに黒いハットを被ってにこやかに笑っていた。

 

「仕方ない、我々は手を引きますが──」

 

「そんな!ここまで来て!」

 

「貴方はどうします?」

 

「え?」

 

 まるで捨て犬のような目をした珪に、伊藤はほくそ笑みながら提案する。

 

「一緒に来るなら、歓迎しますよ?」

 

「お、おお……おお!では本当にメシア様はいらっしゃるんですね!?」

 

「──では、参りましょう」

 

 満足気にまた笑って、伊藤は右手で弧を描く。すると空中に真っ暗な穴のようなものが出現した。風がその穴の中に吸い込まれている。珪は躊躇いもせずに喜んでその穴に飛び込んだ。

 

「兄さん!?」

 

「行かせるか!」

 

「動くな!!」

 

 止めようとする瑠深と墨砥は、皓矢の怒号で動きを止めた。永達もここまで険しい表情の皓矢は初めて見る。

 

 その場の全員が緊張で硬直した。

 

「抵抗したら、皆、殺されるぞ……!」

 

 皓矢にここまで言わしめる伊藤の恐ろしさを誰もが感じ取った。

 

「さすがですな」

 

 伊藤はまだニコニコ笑って自らも穴に入った。

 

「さようなら、クズ達」

 

 伊藤とともに、珪も最後に嗤って消えていく。宙に浮かんでいた穴はそこで閉じられた。もはや何の気配もない。

 

「珪兄……ちゃん?」

 

 梢賢は呼んでも応えない姿を探す。もう何処にもいないのに。

 

「あ、ああ、ああああああああ!!」

 

 悲痛な叫びが空しく響く。


 

 

 突きつけられた現実を、誰もがまだ受け入れられずにいた。

 

 地面に落ちていた犀芯の輪(さいしんのわ)は砕けて砂となり、崩れていった。

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