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3-8 イケおじ

「全くもう、(すみれ)さんてば急に会いたいなんて、ちょうど街にいたからいいものをぅ!」

 

 カラオケボックスを後にした四人は菫のマンションへ向かっている。梢賢(しょうけん)は電話を受けてから顔が緩みっぱなしだった。

 

「締まりのない顔ですね……」

 

「僕らも一緒でいいのかな?」

 

 鈴心(すずね)が呆れ、(はるか)が不審に思っていても、梢賢は体をくねくねさせて舞うように歩いていく。

 

「て言うか、使徒様も一緒に連れてきて欲しいわーん、やて。甘え上手やなあ、ウヘヘヘ」

 

「ほんとにそんな語尾で言ったのか?」

 

 蕾生(らいお)のツッコミも、梢賢には聞こえていない。

 

「それにしても菫は梢賢が街に来てることを知ってたんでしょうか」

 

「さあ。たとえ村にいたとしても、あの梢賢くんの調子じゃあ自分が呼べばすぐ街に来るってわかってるんじゃない?」

 

「なるほど……確かに空でも歩きそうな勢いです」

 

 鈴心はまた梢賢に引き始めている。

 永はそんな浮かれ調子の梢賢のシャツを掴んで正気に戻そうと試みた。

 

「ねえ、梢賢くん。一昨日は僕らは君の友達として行ったけど、菫さんは僕らが使徒だってわかってたんでしょ」

 

「ん?そうや。一昨日の設定では、オレが使徒様をうまく騙くらかして里に呼んだから、とりあえず初対面かつ正体も知らないていで会って見定めて欲しいって言ってあってん」

 

「随分とまわりくどい事をしましたね……」

 

 呆れ続ける鈴心に弁解するその顔はまだニヤけていた。

 

「菫さんの反応を見るためや。それにできるだけフラットな状態の彼女を君らに見て欲しかってん」

 

「あれでフラットだったのか?」

 

「おお、もちろん。上出来な方やったなあ」

 

 一昨日の菫の様子はただのシングルマザーにはとても見えない異常ぶりだった。それを思い出していた蕾生は、あれがマシならこれから会う菫はどれだけトンでいるのか空恐ろしくなった。

 

「彼女が僕らを見定めた結果、反応はあったの?」

 

「その日の夜にメールが来たで。使徒様にお会いできて感激だったって」

 

「へ、へえ……」

 

 永も蕾生と同様に、不安を隠せなかった。

 

「まだ子どものうちに雨辺(うべ)側に引き入れましょって。だからまた近いうちに連れてきて欲しいわーん、て」

 

「だから語尾……」

 

「それで電話が来たんですね。一日経ったのに連れてこないから」

 

「かもなあ。菫さんはせっかちさんやからなあ」

 

 蕾生と鈴心の言葉もどこか上の空で浮き足立っている梢賢に、永は今度は襟足を引っ張って確認した。

 

「それで?今日は僕らはどんな設定で会えばいいの?」

 

「うん。素のままの君らでええで。ただ、前世だの呪いだのっていう基礎知識は持ってないふりしてくれる?」

 

「何故です?」

 

「詳しくは教えてもらえてないねんけど、うつろ神信仰の中での使徒っちゅうのはな、無垢な存在みたいなんや」

 

「無垢……」

 

 その意味を永は思考しようと試みるが、暑さと梢賢の浮かれモードのせいでうまく考えがまとまらない。

 

「そう。条件次第で黒にも白にも染まる存在や。そんな君らを手中に収めた者にうつろ神が降臨するって言われとるらしい」

 

「私達は道具扱いですか……」

 

 鈴心の呟きは的を射ているように思えた。だとすればこれから永達は菫に下の存在として見られる可能性がある。少し気に食わないが情報を引き出すためには仕方ないか、と永は息を吐いた。

 

「じゃあ、僕らは全員ライくんになれば良いって事だね」

 

「おい、俺がバカだってことか?」

 

 蕾生はこの手の話題にだけ鋭敏な反応を示す。

 

「せやな。ライオンくんくらい白紙な感じがちょうどいいかもしれん」

 

「難しそうですね、ハル様の溢れる知性を抑えるなんて」

 

「おい、クソガキ」

 

 不服そうな蕾生を宥めながら永はわかりやすくそうする目的を悟らせようとした。

 

「まあまあ。つまり僕らが何にも知らない態度を取れば、ここぞとばかりに洗脳しようとするって事でしょ?」

 

「ああ。それをオレは狙ってん。君らのバカさ加減では菫さんからかなりの情報が引き出せるかもしれんで」

 

 それでも蕾生は不貞腐れていた。

 

「うつろ神信仰の全容が掴めるかもしれませんね」

 

「おう。だから頼んだで、皆──」

 

 鈴心が歩くのを制して梢賢は突然真面目な顔を見せた。その視線は逆方向から歩いてくる人物に向けられている。

 

 背の高い男性だった。夏なのに黒いハイブランドのスーツ姿で、黒いハットを被っている。

 

「──!」

 

 その姿を見た途端、鈴心は体を強張らせた。その様子を見て永も緊張を高める。蕾生はあまりよくわかっておらず、二人が緊張しているので黙って様子を窺っていた。

 

 スーツ姿の男が四人に近づき、梢賢を一瞥だけして通り過ぎる。表情は読めなかったが、顔から年齢を重ねていることだけがわかった。

 

「今のが伊藤や」

 

 男が数メートル歩いた先で角を曲がってから梢賢が緊張を孕んだ声で言った。永はとりあえず見た目の評価しかできなかった。

 

「まじ、イケおじじゃん……」

 

 隣で震える鈴心に蕾生が声をかけたので、永もそちらに注目する。

 

「鈴心、どうした?」

 

「リン?大丈夫か?」

 

「あ、大丈夫、です。ちょっと迫力に呑まれそうに……」

 

 鈴心の顔色は真っ青だった。その反応をそのまま信じる永も息を呑んだ。

 

「確かにただ者じゃなさそうだ」

 

「俺は、よくわかんなかった」

 

 一人首を傾げる蕾生を見て、梢賢も複雑な顔をしている。

 

「君らの感知能力はかなりバラつきがあるんやね」

 

「そうかも。あんまり気にしたことなかったけど」

 

「そういうの、気にした方がええで。何があるかわからんからな」

 

「うん。今後は気をつけるよ」

 

 永は頭で考えるだけではどうにもならない事態がこれからは増えるだろうことに気を引き締めた。

 

「向こうから歩いてきたってことは、雨辺の家に行ってたのかな?」

 

「そうやろな。急に菫さんから電話が来るなんておかしいと思ったら、あいつの差し金やったんか」

 

「伊藤に入れ知恵されてるってこと?」

 

「ああ。こらいっそう気が抜けんな」

 

「そうだね」

 

 永は改めていつでも一触即発の状態であることを実感する。鈴心は不安でいっそう顔を曇らせた。蕾生もまた、二人の様子を見て緊張していた。

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