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1-1 彼の故郷

「ほー。おー」

 

 小さな窓に頬を押しつけて、流れゆく景色に感嘆の声が止まらない。鈴心すずねの興奮しきった顔に蕾生(らいお)は呆れていた。

 

「なんだよお前。新幹線は初めてか」

 

「し、失礼な。な、何度かありますけど」

 

「ふーん」

 

 我に返った鈴心はバツが悪そうにどもりながら反論する。それが事実でも強がりでも蕾生にとってはどちらでも良かった。

 

「リンは速い乗り物が好きだよね」

 

 助け舟のような(はるか)の言葉に鈴心はまた顔を輝かせて言った。

 

「はい。飛行機の方が速いですが、鉄道の方がいいです。地に足がついてるので……!」

 

「そっかそっか。そんなに長く乗れないけど存分に楽しみな」

 

「はい」

 

 目的地までほんの三時間弱。

 出発前に弁当やお茶を買って行楽気分だったのも束の間。弁当を食べてしまった後は変わり映えのしない車窓の景色に蕾生は早くも飽きている。


 だが向かいの席で蕾生とはおよそ逆のテンションで浮き浮きしている鈴心と、そんな彼女に慈しみを向けてニコニコしている永を見るとこういう時間も悪くないと思う。

 

 二人が暢気に笑っているのは安心する。これまで──と言っても鈴心に初めて会ったこの春の出来事しか蕾生には記憶がないが、辛い事が多かった。それを忘れられる時間は歓迎する。

 

「で、永は何やってんだ?」

 

 鉄道好きな一面を見せた鈴心のことは置いておくにしても、目の前で永がやっている事もなかなかの珍景だ。蕾生はいいかげんつっこまずにはいられなかった。

 

「ん?編み物」

 

 永は視線を手元から外さずに答える。

 手には小さな鉤針(かぎばり)と複雑に編まれ始めている白糸の集合体があった。完成すればレースになるのだろうが、まだその片鱗は見えない。

 

「それ、まだ続けてたのか」

 

「うん。指先が器用になるし、頭の体操にもなるんだよ」

 

 言わんとすることはわかるが、よく酔わないなと蕾生は関心するしかない。

 

「お見事です、ハル様。どなたかに習ったのですか?」

 

 隣で鈴心が窓を眺めていた眼差しそのままを永の手元に移し、感嘆の声を上げた。


 鈴心は普段からレースをよく身につけているので関心があるのだろう。今日も長い黒髪をツインテールにしているが、結んだリボンは白いレース。着ているワンピースも所々にレースがあしらわれている。

 ただ、この服装は決して自分の趣味ではないと蕾生達には強く言い張るが。

 

「中学ん時の先生だったよな」

 

「うん。数学の先生が手芸部の顧問でね。数学の質問のついでに」

 

 蕾生は永が編んでいるレース越しに、中学時代の教諭を思い出していた。小柄で笑顔の似合う年配の女性だった。

 永は当時から点数稼ぎに職員室通いをかかさなかった。その様を思い出すと笑みが零れる。

 

「数学と手芸ですか、意外な組み合わせですね」

 

「いい先生だったよぉ。手芸部にも出入りさせてくれたしね」 

 永も笑いながら答えていた。

 

「何をお作りになっているので?」

 

「これはコースター。スキマ時間にはこれくらいがいいんだ」

 

「とても綺麗です」

 

 鈴心の賞賛に気を良くした永は壮大な計画を立てる。

 

「そう?じゃあ、今度リンには総レースでカーディガンを編んであげよう」

 

「ありがたき幸せ!」

 

 鈴心は弾んだ声で喜んだ。結局のところレースは嫌いではないのだろう。それ以上に永が自分のために手間をかけてくれるのを嬉しがっている。

 

「なあ、永」

 

「ん?」

 

「あいつの実家──麓紫村(ろくしむら)ってどんなとこなんだ?」

 

 これから向かう先の情報が乏しい蕾生はおもむろに永に問う。

 

「んーと、僕も結構調べたんだけど、あんまり情報がないねえ」

 

「永でもか?」

 

 蕾生の疑問に、永はもらった行き先のメモをピラピラと指で弄びながら困っていた。

 

「こうして住所があるからには存在はしてると思うんだけど、住人らしいユーザーのSNSがさ、ないの。今の時代に」

 

 永はあらゆるSNSに登録し、各界隈でカリスマ的ユーザーになっている。その永すら掴めないことがあるのかと蕾生は首を捻った。

 

「村っつうんだから、限界集落とかか?」

 

「イマドキ、市区町村の統廃合を何度も免れて村を名乗ってるくらいだからね。僕もそう思う」

 

 二人の会話に鈴心が反論を交えて加わった。

 

「つまり、若者がいないということですか?ですが、今時インターネットくらいお年寄りでもできると思いますが」

 

「そうねえ、インフラっていうのは地方の方が発達してる物もあるしね」

 

 三人の考える常識では説明がつかないので、永も首を捻っていた。

 

「あの雨都(うと)ってヤツの格好はど田舎の住人には見えなかったしな」

 

「ライくん、地方蔑視になりそうな言葉は控えようね。でも確かに、少なくとも雨都(うと)梢賢(しょうけん)は若者だったよねえ、激ダサだったけど」

 

 自分達を招いた張本人──雨都梢賢の格好を改めて思い出す。派手な柄シャツにジーンズ姿で現れた彼は、金髪にピアスまでしていて典型的なチンピラの様だった。

 

「ああ、彼の事はそう感じて良かったんですね。安心しました」

 

 永の言葉を受けて鈴心はほっと胸を撫で下ろす。幼少の頃から研究所と自宅以外出たことがないので、流行に疎いことを気にしている。

 

「そりゃそうだよ。なんなのアレ。一昔前のチンピラみたいだったじゃん。──でもあれをおしゃれだと思ってるんだとすると、やっぱり情報が遅れてるのかな?」

 

「いくらなんでも遅れ過ぎだろ」

 

「ということは、雨都梢賢単体がダサいと」

 永と蕾生の感想を聞いて、鈴心はそう結論づけた。

 

「まあ、だから彼の出で立ちは全くヒントにならないから困るんだよね。結局僕が掴めたのは都市伝説じみた話だけ」

 

「どんな?」

 

「うん。麓紫村には地図に載ってない箇所があるって。そこに暮らしてる人達は世間から隔絶された時間を生きてて、今でも昔話に出てくるような暮らしをしてるって」

 

「──ありがちのやつだな」

 

 幼い頃から永に都市伝説だのUMAだのの話を延々と聞かされていた蕾生は、それが「あるある」だとすぐにわかった。

 

「まあね。そういう噂はどこにでもあるしね」

 

「でも、雨都が隠れて住んでいたとなるとあながちデマという訳ではないのでは?」

 

 鈴心の問いは二人にとっては新鮮なものだ。だがそれを都市伝説上級者の永は一蹴する。

 

「そう考えたくもなるんだけど、噂自体がポピュラーな都市伝説だから雨都に起因してるってことはないかもよ。偶然だと思うね」

 

銀騎(しらき)が見つけられてなかったんだから、他の一般人の噂になるようなヘマはしないかもな」

 

「なるほど。ところでライもこういう話になるとだいぶ賢いですね」

 

 蕾生の付け足しにも素直に頷いて鈴心が言えば、永は得意げに笑う。

 

「ふふー!そうでしょ?僕がみっちりそういう知識は叩き込んできたからね!」

 

「全然嬉しくない」

 自分の大きな図体に、オカルト的な知識があるというのはどうにも似合わない気がして、蕾生は口を曲げた。

 

「まあ、だから雨都の住まいについては行ってみてのお楽しみってとこかな」

 

「雨都梢賢は迎えに来てくれるんだよな?」

 

「うん。到着の時間をメッセージで伝えたら来てくれるって、ほら」

 

 永が掲げて見せた携帯電話の画面を覗き込んだ鈴心は嫌悪を露わにして言った。

 

「……なんですか、この軽薄な文章は。あと絵文字が多過ぎて論旨が全然わかりません」

 

 自分だって可愛いウサギが可愛く「コロス」なんて言うものを使っているくせに、と蕾生は思ったが言うのはやめた。

 永も苦笑しながら鈴心に同意する。

 

「どうも彼、携帯電話持ったの最近みたいなんだよね。変な舞い上がり方してるよね」

 

「うちの親父でもここまで酷くねえな」

 

「やっぱり雨都梢賢はダサいということですね」

 

「そんなに言わなくてもいいだろ……」

 

 ボロクソに言われている彼の姿を思い出して、蕾生は少し哀れになった。

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