表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/105

2-8 梢賢の家族

 梢賢(しょうけん)藤生(ふじき)の家を出ると、来た道を戻り左の寺を指差した。

 

「ま、さっき見たやろけど、予想通りこの寺がウチやねん」

 

「だよね」

 寺の門構えを見上げながら(はるか)は頷いていた。

 

 蕾生(らいお)もその奥の寺の規模に少し驚いている。

「結構でかい寺だな」

 

「まあ、里で唯一の寺やからな」

 

「では、あっちのお屋敷は?」

 鈴心(すずね)が右側の屋敷を指差して聞く。

 藤生の屋敷に比べると小さいがそれでも雨都(うと)の寺よりは大きく見えた。

 

「あっこが眞瀬木(ませき)んちや。眞瀬木、雨都、奥に藤生。この三家の住まいが建ってるあたりを鳴藤(なるふじ)地区て呼んでてん」

 

「ふうん。一目でここが村の重要な場所だってわかるね。だから結界が?」

 

 続けて永が聞けば、梢賢は肩をすくめて答えた。

 

「そやね、しらばっくれても無駄やろうから白状するわ。この鳴藤地区には特別な結界が張られとる。銀騎(しらき)への目眩しや」

 

「術者は眞瀬木ですか?」

 

 鈴心がきっぱりと尋ねると、梢賢はわざと一歩後ずさるリアクションをした。

 

「えー、なんでそないにドンピシャ当てられるのん?ほんと怖いわ」

 

「ただの消去法ですけど」

 

「眞瀬木の人って陰陽師なのか?」

 蕾生にとっては結界イコール陰陽師という知識しかまだない。

 

「いや、厳密には違うらしいで。民間発祥の呪術師って聞いてるわ」

 

「ふうん……意外にすんなり教えてくれるんだね」

 

 永が少し意地悪く言うと、梢賢はそれを躱すように戯けてみせた。

 

「あらヤダ!オレのことまで疑わんでほしいわあ。オレは君らの味方やで」

 

「それはどうも」

 

 苦笑しきりの永の横で、真面目な鈴心が真面目に疑問を述べる。

 

「でも、銀騎への目眩しなら雨都家の敷地だけ隠せばいいのでは?」

 

「さっき康乃(やすの)様が言うたやろ。ムニャムニャ一族の子孫だから隠れて住んでるって。眞瀬木かてお世辞にも真っ当な生き方してへんからなあ。隠れるならまとめて、っちゅーこっちゃ」

 

「藤生の本来の姓を言うのは禁止なんだ?」

 

 その言葉を受けて永が聞くと、頭の上で手を組んで溜息吐きながら梢賢は答えた。

 

「まあ、誰に聞かれてるかわからんからなあ。念には念を入れてや。特にオレんちは居候やから厳守せんと」

 

「雨都のここでの地位は低いんですね」

 

「そうや。ただ飯食いやからな。こう見えて気苦労が多いんですわ」

 

 梢賢の物言いからも前時代的なものを感じざるを得ない。実際にこの村の様子を見た三人はそれを改めて納得する。本当に時が止まった世界にタイムスリップしたような気分だった。

 

 長々と立ち話をしていても仕方がないので、四人は寺の門を通る。短い参道を箒で掃いている若い僧侶がいた。

 

「ナンちゃーん!お客人連れてきたで」

 

「──ああ、これは遠路はるばるようこそ」

 

 僧侶は梢賢達の姿に気づくと、にこやかに笑いながら近づいた。

 

「オレの姉貴の婿さんや」

 

「初めまして、雨都(うと)楠俊(なんしゅん)です。実緒寺(みおでら)の副住職をしております」

 

 丁寧に頭を下げて挨拶する楠俊は、その声の印象からも穏やかな人物だと言うことがわかる。僧侶の格好をしているが、頭髪がまだあった。スポーツ刈り程の長さだ。

 

周防(すおう)(はるか)です。お世話になります」

 

(ただ)蕾生(らいお)っス」

 

御堂(みどう)鈴心(すずね)です」

 

 三人が順番に挨拶すると、楠俊は参道からそれて母屋だと思われる建物へと入っていく。

 

「おーい、優杞(ゆうこ)さーん」

 

 それについていくと、楠俊が呼びかけてすぐに若い女性が小走りでやって来た。

 

「はいはい。ああ、梢賢お帰り!皆さんもようこそいらっしゃいました」

 

「こんにちは」

 

 三人が挨拶とともに一礼すると、横で梢賢が情報を付け足す。

 

「で、これがオレの姉ちゃんや」

 

「姉の優杞です。よろしくね、さあ、どうぞどうぞ」

 

 ショートボブの髪をヘアピンで留め、パンツスタイルの優杞は快活そうな印象だった。

 

「お邪魔します」

 

 緊張しながら玄関を上がろうとする三人に、梢賢は小声でさらに情報を付け足した。

 

「姉ちゃん、外面はええけど怒るとやっかいやで。気ぃつけや」

 

「梢賢、なんか言ったか?ん?」

 

 かなり小さな声での耳打ちだったが、優杞は梢賢を威圧するように笑いかける。それはさながらレディースの総長のようだった。

 

「いいええ!ボクハナニモ──」

 

 蛇に睨まれた蛙よろしく、梢賢は固まって片言で首を振るのが精一杯だった。雨都家では男性の地位が低いのかもしれないと永は思った。

 

 奥の座敷に通された三人を一組の男女が待ち構えていた。

 楠俊より明らかに格上の僧侶と、和服をきっちりと着て厳しい表情で正座する女性。見た目の年齢からこれが梢賢の両親であることは明白だった。

 

「いらっしゃい」

 

 梢賢の父と思しき男性は低く抑揚のない声で一言述べただけ。

 

「こんにちは」

 

 続く母と思しき人物もただ一言発するだけで、一瞬で空気が重苦しくなる。

 

「あああ、オレの父ちゃんと母ちゃんや!」

 

 そんな両親の重たい雰囲気を軽くしようとしたのか、梢賢は殊更明るく三人に紹介した。

 

「初めまして、周防(すおう)(はるか)です。この度はよろしくお願いします」

 

(ただ)蕾生(らいお)です」

 

御堂(みどう)鈴心(すずね)と申します」

 

 梢賢の両親の重く厳しい雰囲気に、永はその場でしゃがんで頭を下げる。蕾生もそれに倣い、鈴心は手をついて一礼した。

 

「んんー、カタイカタイ!姉ちゃん、なんか飲み物持ってきてや。オレのとっときのやつ!」

 

「そ、そだね」

 

 梢賢と優杞は更に明るく振る舞ってバタバタと動いた。そんな二人の様子に苦笑しながら楠俊が三人に声をかける。

 

「まあ、どうぞ楽にしてください」

 

「……」

 

 楠俊はそう言うが、梢賢の両親はすでに永達の方を見ておらず、まるで瞑想をするように目を伏せ黙っていた。

 とりあえず居間の端に座ったものの、気まずい空気が流れ続け、三人は緊張と相まって息が詰まりそうだった。

お読みいただきありがとうございます

感想などいただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ