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1-9 難問

 雨辺(うべ)(すみれ)のマンションを後にした四人は、梢賢(しょうけん)を筆頭に駅とは逆の方向を歩いていた。

 歩くにつれて店などは少なくなり、閑静な住宅街とささやかな農地の景色が続く。

 

 その背中に三人の冷ややかな視線を受け続けて、辛抱できなくなった梢賢は大袈裟に肩で息を吐いて見せた。

 

「あーしんど」

 

 だが、誰も同情などはしなかった。

 鈴心(すずね)は得意の猛禽類睨みをずっときかせており、(はるか)でさえも不審の眼差しで見ている。

 

「とんだコウモリ野郎だな」

 

「ちょ、それオレのこと?」

 

「お前以外に誰がいんだよ」

 

 無言で圧をかけるのが性に合わない蕾生(らいお)ははっきりと文句を言ってやった。それでやっと梢賢は後ろを振り返ることができた。

 

「がっかりです」

 鈴心の鋭い視線はその肺に穴を空けそうな勢いだった。

 

「僕はてっきり(ぬえ)信仰はやめるように言ってるのかと思ってた……」

 

 永も落胆を隠さずに続けると、梢賢は大袈裟な身振りで答える。

 

「仕方ないやん!菫さんの目見て、そんなこと言える!?君らも会ってわかったでしょ?」

 

「まあ、確かに、聞く耳持たない感じの雰囲気ではあった……」

 

 永は雨辺菫の所作などを思い出しながら大きく溜息をつく。

 

「典型的な盲目でしたね」

 

「女の趣味、最悪だな」

 

 鈴心と蕾生が口々に言えば、梢賢は泣きそうな顔で訴えた。

 

「ちゃうねん!昔はあんな感じじゃなかったんだって!」

 

(こずえ)ちゃんなんて呼ばれて鼻の下伸ばして──」

 

「ご機嫌の取り方が最悪です」

 

 デコボココンビが珍しく息を合わせて責め立てると、梢賢はますます泣きそうになる。

 

「ちゃうねんって!!穏便に取り入るためにはああするしかなかってん!」

 

「それよりも気になることがあるんだけど」

 

「おお、なんや、ハル坊?」

 

「あの菫って人、息子は随分大事にしてたけど、娘のことは──気にしてないっていうか……」

 

 時折見せた菫の恐ろしくも激しい形相が、永には強烈に印象に残っている。梢賢は今度は苦悩に顔を歪めて答えた。

 

「ああ、せやねん。それが一番頭が痛い問題やねん」

 

(あい)ちゃんのことを聞いた時、すごく怖い顔になってました」

 

 続いた鈴心の感想に、梢賢はさらに落ち込んでいる。

 

「菫さんは、何故か藍ちゃんのことは無視すんねん。藍ちゃんもそれが慣れっこになってもうてて、いっつも一人でおる」

 

「それって、育児放棄ってやつ?」

 

 永がズバリ言うと、梢賢は慌てて否定した。だがそれはおそらく希望が入っている。

 

「そんな大げさなもんやないよ!ちゃんとご飯もあげてるし!ただ、藍ちゃんには無関心なだけなんよ」

 

「その分、(あおい)くんには過保護ですね。愛が重そうです」

 

「だから最初に言ったやろ?子どもに辛くあたったり、過保護になったりって!」

 

 鈴心と梢賢のやり取りを聞きながら、永と蕾生も感想を述べる。

 

「一人ずつにそう、って意味だったのね」

 

「ほんと、タチ悪ぃな。親失格だろ。飯与えりゃいいってもんじゃねえぞ」

 

 それを聞いて梢賢もがっくり肩を落としていた。

「それはほんまにそうなんやけど……」

 

「──実際会ってみて、確かになんとかしないと先がなさそうです」

 

「せやろ!?」

 

 鈴心の言葉に希望を持った梢賢はにわかに明るくなって同意を求めた。

 だが永はこの問題は一筋縄ではいかないことを察している。

 

雨都(うと)の人達はこの事は知ってるの?梢賢くんがいい顔して丸め込んでるのも含めてさ」

 

「そんなこと言える訳ないやろ!おれ以外の家族はみんな雨辺には否定的なんやから」

 

「やっぱり……」

 

 永は予想通りの答えにまた溜息をついた。梢賢は(かえで)同様、独断専行の権化なのだろう。

 

「はっきり言いますけど、これは貴方一人で抱えられる問題ではないですよ」

 

 鈴心は否定的な意味で言ったのだが、肝心の梢賢はそれを逆手にとって言う。

 

「そう!だから君らに助けを求めてん!わかってくれた?」

 

「俺達だってどうしようもないだろ」

 

「そうだねえ……これはかなり根が深そうだ」

 

 梢賢一人ではお手上げになってしまったから永達は呼ばれたのだと宣言されたはいいが、そんな尻拭いのようなことを期待されても正直困る。

 初日から頭の痛い問題を提示されて、三人はどっと疲れた。


「今日はなんかもう疲れちゃった。とりあえず落ち着きたいな」

 

 暑い日差しの中、不毛な会話をしながら歩けば疲労は倍以上に感じている。永は珍しく弱音を吐いていた。

 

「そうだな。梢賢のうちに泊めてもらえんだろ?」

 

 蕾生が当然のように確認すると、梢賢は胸を叩いて頷いた。

 

「ああ、そりゃあもう!ウチは寺やから、部屋だけは余ってるから──と、電話や」

 

 タイミングよく電話が鳴り、一同は一旦歩みを止める。

 

「もしもし、姉ちゃん?うん、そう。今から帰ろうと──ええ!?」

 

 驚きと困惑が混じった梢賢の大声は住宅街の中にこだまするんじゃないかと思うほどだった。

 

「ちょっと待ってよ、話が違うじゃん!──そんなこと言われてもさあ!ええ!?待ってよ、ちょっと!」

 

「どしたの?」

 

 電話の相手にはまったくなまらず関西弁すら忘れて慌てる梢賢に、永は嫌な予感とともに尋ねた。

 

「あのー……非常に言いにくいんやけど……」

 

「なんだよ」

 

 すっかり青ざめてもごもごと口籠る梢賢に、蕾生も少し苛立った。

 

 梢賢は三人を順番に見つめた後、努めて可愛く背中を丸めて言った。

 

「ウチには帰ってくるなって言われちゃった……」

 

「ええ!?」

 

 語尾にハートをつけて絶望的なことを言ってのけた梢賢に、三人は怒っていいのかも判断できず、ただ驚くしかなかった。

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