忘却
「あああー!こんなの聞いてないよ。私は前の生活の方がずっと良かったんだよぉおおお!!!ちくしょうがああああ!!」
私の言葉を聞いて思うところがあったというのも関係しているのかもしれない。ただ一つ言えることはその叫び声を聞きながら誰も止めに入らなかったことだ。
「ちょっと落ち着きなって……」
ようやく誰かがその声を上げたときにはすでに遅かったようである。
「そういやあ、あんたの名前ってなんだっけ?」
私は答えようとした。しかし声にならないことに気がついた。口を開いてみても息しか出てこない。自分の身体から急速に力が抜けていくような気がした。自分の身に起きていることを自覚すると「あぁー」と意味のない音を漏らし、地面に崩れ落ちた。
「あら?あらあら?どうしたのかしらぁ?」
リゼットは心配している様子は全くなかった。地面に手をついて身体を起こそうとしたが腕にも足にも全く力が入らなかった。
「どうしてこうなった……私は何者だ?思い出せねぇ」
私は自分の名前を思い出せないことに気づいた。私は愕然とした。自分は誰だか分からないのだから何をすべきかもわからないのだ。彼は絶望した。このまま誰にも発見されずに死んでいくかもしれない。その可能性を考えてしまった。
「なによこれぇ、なんか面白くなってきたわねぇ!」
「面白いっていう問題なのかねこれは……」
アルヴィンはため息をついた。
「シャルロットには理解できないけど……」
「全くお前というやつは……」
「い、いえそのぉ~なんと言いますかぁ?」
意識を取り戻した私は今、絶賛説教中であった。
目の前には正座した金髪碧眼の少女がしょぼんとしている。
「別に怒ってはいないんだぞ。ただ、もう少ししっかりしてほしいと思っているだけだ。分かっているのかね、マリアンヌくん」
「はいぃ……すいません」
ただ、あまり強く言うつもりもなかった。なぜならば彼女も悪気が有ったわけではないからだ。むしろ善意でやった行動なのは間違いないだろう。
「それより、一体何をしていたのだ? この辺りの森に住むゴブリンの数は限られているはずだろう。何故わざわざ街まで出てきたのだ?」
「それが私にもわかんなくて……。気づいたときには周りに誰もいなかったんですよぅ」
はてさて困ったものだと思うと同時に彼女の境遇に同情してしまう自分もいる。
(まあ、彼女は運がなかったということだろう)
「うむ~本当に不思議ですねぇ」
そして当人も何事もなく平然としており全く気にしていない様子である。肝が据わっているといえば聞こえもいいかもしれないがその実、能天気な性格だということに他ならないだろう。