【コミカライズ記念SS】生きる希望と目標《フローラ side》
聖夜祭(カロリーナとの和解)から、四ヶ月経った頃のお話です。
【追記】
本編の引き下げに伴い、加筆修正しました。
恐らく、初見の方でも楽しめると思います。
(前半は説明文多めです。予めご了承ください)
暖かい春の日差しに照らされながら、私は王城の長い廊下を歩く。
シーンと静まり返った空間で、考えるのは────灰髪美女のことだった。
私の実の妹である、カロリーナ・ルビー・マルティネスは可哀想な子だった。
周囲に『サンチェス公爵家唯一の出来損ない』と揶揄され、馬鹿にされてきたから……。
彼女自身のスペックは一般的だったが、代々優秀な人材を輩出してきたサンチェス公爵家の次女と考えると、物足りなかった。
だから、周囲の人々は徹底的にカロリーナを追い詰めた。
────まあ、そうなるように仕向けたのは私だけど……一年前までの私はカロリーナのことを深く憎んでいたから。
母の死をきっかけに狂ってしまった私は、やり場のない怒りをカロリーナにぶつけた。
カロリーナの存在を否定することで、お母様の死を拒絶できると思ったから……。
でも、成長するにつれ、どんどん母に似ていくカロリーナを見ていると、『この子は本当にお母様の娘なんだ』と思い知らされた。
だから────国の都合で、マルコシアス帝国の第二皇子の元へ嫁いだと知った時は、少しだけホッとしたわ。
これで、もう母の生き写しのような妹に会わなくて済む、と……。
でも、安堵したのはほんの一瞬で、また直ぐに違う問題に直面した。
────なんと、ここ十数年無縁だった魔物の襲撃や食糧難に見舞われたのだ。
カロリーナの出国を皮切りに、魔物たちはここぞとばかりに暴れ回り、植物たちは一瞬にして枯れ果てた。
国の荒れようは凄まじく、マルコシアス帝国に援助してもらうまで、かなり混乱していたと思う。
でも……いや、だからこそ────カロリーナは罪滅ぼしの方法として、セレスティア王国の復興を選んだのだろう。
謝罪した時のことを思い出し、私は僅かに目を細める。
見ない間に随分と成長したカロリーナは『死んで詫びるのではなく、自分の能力を活かす形で償え』と何度も主張していた。
生きることを許してくれた妹に感謝しながら、私は目元の隈にそっと触れる。
カロリーナへの償いとして、お父様の仕事を手伝っているけど……屋敷と王城の往復は、思ったより大変ね。
王国唯一の公爵と宰相を兼任しているお父様は、凄いと思うわ。とても真似できない。
でも……いや、だからこそ、やり甲斐を感じる。将来は私も────公爵と宰相を兼任できるような実力者になりたい。
ギュッと胸元を握り締める私は、『これから、もっと頑張らなきゃ』と気合いを入れる。
カロリーナへの償いとして、始めた手伝いはいつの間にか、私に生きる希望と目標をくれた。
きっかけをくれた彼女には、感謝しかしない。
カロリーナは今頃、元気にやっているかしら?誰かに虐められていないといいのだけど……。
あの子は何でもかんでも一人で我慢しちゃうから、心配なのよね。
黙って耐える妹の姿を思い浮かべ、私は不安になる。
でも、いつもカロリーナの傍に居る赤髪の美丈夫と金髪の美男子を思い出し、直ぐに考えを改めた。
夫のエドワード皇子殿下と補佐役のテオドール様が居れば、安心ね。何かあっても、あの二人なら対処してくれそうだわ。特にエドワード皇子殿下は……。
カロリーナにすっかり惚れ込んでいるエドワード皇子殿下の姿を思い浮かべ、私は苦笑する。
『心配するだけ無駄だ』と判断し、私は廊下の曲がり角を曲がった。
足取り軽く廊下を突き進む中、反対側から歩いてきた男性に声を掛けられる。
「フローラ嬢、お久しぶりです」
そう言って、ゆっくりと足を止めたのは茶髪の男性だった。
微かに薔薇の香りを漂わせる彼は、ニッコリと微笑む。
真面目そうな風貌とは裏腹に、女性慣れした印象を受けた。
「ご無沙汰しておりますわ、ベンジャミン令息」
記憶の片隅に追いやられた名前を何とか引っ張り出し、私は軽く会釈した。
『確か、クロイツ伯爵家の次男坊だったわね』と記憶を遡りながら、私はニッコリ微笑む。
愛想の良い私に気を良くしたのか、ベンジャミン令息はスッと目を細めた。
「最近、レイモンド公爵の仕事を手伝っているとお聞きしましたが……それは本当のようですね。慣れないことばかりで大変でしょう?女性は他者との交流や自分磨きに忙しく、政治に興味を持つ暇もありませんから。やはり、女性の幸せは家庭にありますよね」
女性蔑視と捉えられてもおかしくないセリフを吐き、ベンジャミン令息は得意げに笑う。
遠回しに求婚してくる彼を前に、私は内心呆れ返った。
最近、この手のやからが多いのよね……今は結婚よりも仕事に打ち込みたいから、放っておいてほしいのに。
何より────女性を軽視するような発言が気に入らない。他者との交流は見識や人脈を広げるものであり、決して遊びじゃないわ。自分磨きだって、そう……人はまず、見た目で判断するから、外見に気を使うのは当たり前。貧相な格好をすれば、周りに馬鹿にされてしまうわ。
短慮を極めるベンジャミン令息の認識の甘さに、私は嫌気が差す。
でも、いちいち反論して揉めるのも嫌なので、適当に聞き流しておいた。
「お気遣いありがとうございます。でも、父の手伝いは私の意思でやっているので、気にしないでください。私自身、やり甲斐を感じていますので」
「……そうですか。それなら、別に構いませんが……」
期待通りの反応を得られなかったからか、ベンジャミン令息は不服そうに眉を顰める。
『女のくせに生意気な……』とでも言うように、彼はチッ!と小さく舌打ちした。
明らかに態度の悪くなったベンジャミン令息を前に、私はやれやれと肩を竦める。
『面倒臭い人ね』と呆れながら、私は適当に追い払うことにした。
「そう言えば、クロイツ伯爵家では新しく開発した作物の栽培を行っているんですよね?順調に成長していますか?」
先日拝見した報告書を思い出しながら、私は近況について尋ねる。
すると、ベンジャミン令息の機嫌は瞬く間に良くなり、嬉しそうに頬を緩めた。
「陛下が下賜してくださったものですか?それなら、順調に成長していますよ!ほとんど手間もかからず、育つので助かっています!まさに理想の作物ですね!」
物凄い勢いで捲し立てるベンジャミン令息は、キラキラと目を輝かせる。
クロイツ伯爵家は食糧難で特に苦労したから、解決の糸口を掴んで、ホッとしているのだろう。新しく開発した作物は季節関係なく栽培できる上、成長も早いから。
『今年の冬は楽に越せそうね』と考える私は、機嫌よく微笑んだ。
「あら、それは良かったですわ。でも、ここまで絶賛されると、少し恥ずかしいですね……」
僅かに頬を紅潮させ、私は口元に手を当てる。
困ったように微笑みながら、照れる仕草を繰り返すと、ベンジャミン令息は不思議そうに首を傾げた。
「えっと……それはどういう意味でしょうか?」
困惑気味に眉尻を下げるベンジャミン令息は、パチパチと瞬きを繰り返す。
『訳が分からない』と言わんばかりに戸惑う彼を前に、私はわざとらしく目を見開いた。
「あら、ご存知ありませんの?城内では、かなり有名な話なんですが……」
「はい……?」
敢えて言葉を濁す私に、ベンジャミン令息は苛立ったように頬を引き攣らせる。
『だから、何が言いたいんだ?』と目で訴えてくる彼に、私はニッコリ微笑んだ。
「実は────あの作物を開発したのは、私なんです」
試行錯誤を重ねて、作り出した傑作だと語り、私はゆるりと口角を上げる。
愉快げに目を細める私の前で、ベンジャミン令息はピシッと固まった。
食糧難を救ったのは私だと知り、相当驚いているようだ。
陛下は研究成果を買い取って、広めただけで、研究そのものに携わってはいない。
まあ、普通に考えて、品種改良なんてやっている暇はないわよね。王城務めの研究員だって、そう。いつ完成するか分からない品種改良に時間を費やすより、今ある作物でどう対処するのか考えた方がいい。
「えっ?ふ、フローラ嬢が開発者……?新種の……?」
驚きのあまり、敬語を忘れるベンジャミン令息は数歩後ろへ下がる。
『信じられない』とでも言うように首を左右に振り、壁に寄りかかった。
現実をなかなか受け入れられない彼に、私は更なる追い討ちを掛ける。
「余談になりますが、クロイツ伯爵家に新種を使ってもらうよう、進言したのも私です。そちらの領地は特産品の枯死により、完全に収入源を絶たれたとお聞きしましたので……少しでも、お力になれればと」
『余計なお世話だったでしょうか?』と嘆息する私は、容赦なく相手の良心を抉った。
罪悪感でいっぱいになるベンジャミン令息は、『あっ、いや……』と困惑気味に首を振る。
完全にこちらのペースに呑み込まれた彼は、バツの悪そうな顔で俯いた。
「……お、お気遣い感謝致します。それから、その……色々と申し訳ございませんでした」
恩人にこれ以上反発する勇気はなかったのか、素直に謝罪の言葉を口にする。
ペコリと小さく頭を下げるベンジャミン令息は、蚊の鳴くような声で『失礼します』と挨拶した。
居た堪れない様子で、私の横を通り過ぎていく彼は、やけに静かだ。
全く……調子に乗るから、こんなことになるのよ。せめて、相手は選んで欲しいものね。
遠ざかっていく足音を聞き流しながら、私はやれやれと肩を竦める。
そして、お父様の待っている会議室へと足を運ぶのだった。