会話のⅠ─体育館裏─
「延寿くん、生きてる?」
倒れている延寿を、屈みこんだ『案内人』がつんつんとつついている。周辺を赤く染め上げるほどに血液を撒き散らして倒れ伏した彼に近寄ろうにも、花蓮には近づくことができなかった。早く逃げて救急車を呼ばなければならないのに、身体がまるで動かなかった。恐怖で、硬直していた。恐ろしさと悔しさで、涙だけがこぼれていた。
「ねえ────」
ふと、『案内人』が振り返る。
「ねえ、ひとつ提案があるんだ」
笑っている。
くすくすと、微笑んでいる。
口元だけしか見えない。それより上は、なぜだか黒く淀んでいた。声だって、どこかで聞いたような、聞いたことがないような、判別がつかなかった。
「特別に、あなたには〝答え〟を見せてあげる、鷲巣さん────延寿くんには、内緒だよ?」
そう言った途端、『案内人』の顔の淀みが消えた。
細くなった目もとには、泣きボクロが見えていた。
今となっては花蓮はその顔に、表情に、声に、全てに見覚えが、聞き覚えがあった。
「私の手であれば、異世界へ行ける」
彼女は、言う。
いつもの涼やかな笑みでもって。
「『模倣犯』に殺されたところで、異世界には行けない。魂も出てこない。そこで終わり。もうあなたと延寿くんが向き合う日は、来ません」
彼女は断言する。
このままだと死別しかないのだと。
「選ばせてあげる」
そして『案内人』は、
「このまま延寿くんを死なせるか。それとも、」
愉快そうに、
「私に止めを刺させて、異世界へ行って生きてもらうのか」
選択肢を、提示する。
「さあ、鷲巣さん────どっちかを選んで」
花蓮は息を呑み、震える言葉で…………
「よしまさを、助けてください」
示された選択を無視し、助けを懇願した。
「んー?」
彼女は首を傾げる。「それは、死こそ救済的な意味合いで受け取ってもいい?」訊ねる。
「ち、違いますっ……異世界なんかじゃなく、この現実で、もう一度生きていられるように、って……!」
彼女はそれを聞き、「じゃあ」
「ひとつ、手伝ってもらいたいことがあるんだけど」
からりと、いつもの微笑を携え、
「私はね、魂を捕まえたいんだ────どう、やってでも。あの綺麗な虹色を、自分のものにしたいの。だからね、鷲巣さんには……」
そして発された殺人鬼の提案に一人の少女は縋りつくように承諾し。
「分かりました」
死ぬ運命にあった青年が目覚めた頃にはもう、幼馴染の少女は行方を眩ませていた。