表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
三章 未遂─Am I a lunatic?─
93/166

ヒトゴロシ未遂

 怒りの叫びをあげ、嗚呼……獣が私に向かい来ている。

 望んだとおりの、全てをかなぐり捨てた殺意と敵意の塊となり。

 正しきなどという下らないものを脱ぎ去った、正真正銘の殺人者()の眼つきで。


 笑みが止まらない。

 止まらないよ由正。


「なに、を……!! 笑って、いるんだお前はァ!!」


 右頬を殴られた感触がする。

 よろめいていると、首を掴まれ押し倒された。頭を打った。痛い。


「なんで殺した、なんで殺したんだ!! 彼女が何をした……! お前に何をしたというんだ! お前がガイドか!? お前が冬真も汐音も殺したのか!? 答えろ!!」


 常の鉄仮面からはまるで想像できない捲し立てように、胸の内に歓喜が起こる。ただ、首を絞められていては人は喋れないんだぞ。喉を潰されている人間に答えようがないだろう。


「ひどい……ひどすぎる……」


 取兼先生が、〝花蓮〟を見つめて涙を流している。慈悲深い先生なのだから当然だろうな。にしてはソレを見て卒倒しないのは少々驚いているのだが。


「花蓮がなにをした……! 何も悪くない人間をどうして殺せる……! 花蓮は死んではならなかった、彼女が死ぬのは正しくなかった……! お前はどうして殺した、なぜ殺した、何をした、彼女が何をした……!! なんでこの子が……! ここで! 死んで! いるんだ!! こた、え、ろッよォォオ……!!」


 このままでは扼殺される。

 ぎりぎりと、尋常ではない力で絞められている感触がある。明確で且つ純度の高い殺意を向けられている実感がある。殺される……このままでは、私は獣に殺されてしまう。


「ま、待ちなさい、延寿」


 取兼が延寿を止めようと肩に手を置き。

 非力なその手はすぐに振り払われて、「きゃあっ」後ろへと倒れた。

 獣の双眸はなおも私へ向き、憎悪の視線は褪せず、殺意が燃え上がっている。自らを焼き焦がし、炎熱の恨みに動く手が……やがて、緩まっ、た……え。なんで。


「……っ、……! ふ……ッ!」


 息を整えている。

 獣は眼を激情に痙攣させ、歯を食いしばっている。

 表情は歪み切っているものの、瞳には理性の兆しが()()差し始めている。

 手の力はすっかりと抜け、呼吸ができるまでになった。

 抑え込んでいるのか、殺意を、どうして、なぜ……? 


「…………なん、で」


 悲痛で、絞り出すような声などを。


「殺したん、だ……」


 今までに聞いたことのない声音。

 眉尻は下がり、感情を剥き出しに、獣は泣き顔を浮かべている。涙こそは一滴も出てはいないが……必死に殺意を抑え込み、殺害を取りやめた。殺せたのに、止めた。理性で抑え込んでのけた。大事に思っている少女が殺されたのにも関わらず。


「……なあ、由正。答えてほしい質問があるんだ」


 平生と何ら変わらない表情を、私は浮かべていることだろう。それがまた癇に障ったのか、獣の瞳に激情が瞬く間に押し寄せ、「ッ……!!」歯噛みし、自らの激憤を噛み殺してのけた。なんという理性の塊だろうか、お前でなければ私はその強靭な自制心を心の底から称賛していた。お前でなければだ。


「まだ……俺の問いに答えがない」

「なぜ鷲巣花蓮をこのような姿に辱めたのか、か?」

「…………そうだ」

 

 冷徹さを取り戻しつつある瞳が、鋭利さを持って私を刺し貫いている。その両手は未だ私の首を覆っている。答え方ひとつ間違えれば、そのまま殺されてしまいそうだ。だから、


「いちばん、楽な位置にいた」


 あえて、間違えよう。


「楽……?」


 ぴくりと、獣の眉が動く。散瞳しきった双眸が私を脅している。「なにが、楽だという」


「今のお前は待ち構えているだけだろう? 既にはっきりしている私の答えが、私の口から出てくる瞬間を待ち望んでいるだけだ」

「……」

「それを私が口にした時点で、お前は私を怨敵だと殺せる理由を得られる。お前はそれを待ち望み、待ち構え、行動に移す機会を狙っている」

「……さっさと言え」


 望むか、ならば言おう。

 お前の期待通りに、獣さん、あなたの大義名分になる言葉を。期待通りに口を引きつらせて、望み通りの嘲りの色を多分に含ませて、


「殺すのが、だよ。鷲巣花蓮は私を一切疑っていなかった。まさか目の前で会話している相手がヒトゴロシだと夢にも思っていなかった。人懐こい彼女は最期の瞬間まで私の本性を見抜けなかった。驚きすらあった、他人を疑わない人間を殺めることのあまりの容易さと、懸念が杞憂に終わったあっけなさに」

「……」


 無言だ。

 沈黙の中に、ただ殺意のみがにじみ出ている。


「誰でもよかったんだ。誰かの死に様を味わいたかった、すると目の前にこちらへぴょんぴょんと近づいてくるか弱い生き物を見た、だから、ちょうどいいと、私は思い、実行した」


 これは嘘。本当は頼まれていた、けれど、なにも真実を語る必要はない。真実以上に怒りを煽れる嘘があり、私がそれを選んだだけだ。獣の双眸に宿る怒気が強まっている。良い感触だ。

 

「お前の質問には答えた」

「……」


 無言の肯定と受け取ろう。おおかた、口を開いてしまえば罵詈雑言しか飛び出ないと自覚した上での沈黙だろう。素晴らしい自制心だ、人間として備えるべき美点だと思う、が、お前にそれは必要ない。獣が素晴らしき人間の特徴を備えたとて、不釣り合いで、分不相応で、だめ、好みじゃない、そんなもの、私の好みじゃない。だめ。「なあ────」



「私は、おかしい?」


 

 問いかけてすぐ、答えを待望する。

 望み通りの答えが出てくれることを半ば確信し、待つ。

 狂人の首肯により、自身もまたそこに並べる自覚を得たかった。ある日助けてくれた頭がおかしくてかっこいい人に憧れて、正しきに惹かれたその姿に失望し、窮屈な彼の本来を引き出せる為に努力した。報われる瞬間が今、訪れ────「()()()()()()()」ない? 聞き間違え、じゃない。今、訪れていなかった。うそでしょう。


「どうして、そう思うの?」


 聞き返した。ひょっとしたら言い間違えたのかもと思ったから。


「尋ねたからだ。俺に、是非を問いかけた。おかしいかどうかの判断を委ねた」


 獣は私を直視し、依然瞳孔を開かせて、言う。


「確信犯は自身の行為に疑問を抱かない。他人を介して自分の正当性を測ろうとしない。正しきは唯自分のみと確信しきって、そんな己の短慮さにひとつとして疑念を抱かない。自らの欲望に正直に動き、叶う筈のない虚妄を叶えてみせようと馬鹿な真似をし、良心の呵責など端から機能として持たず、無辜の他人を巻き込み、その行いに一切の罪悪感を持たず、ただ愚直に愚行を愚かしく重ね続けて、」


 一言一句を怨むように獣は並べ行く。

 侮蔑と嫌悪は確かにある、のに。


「結局、何も為せずに迷惑ばかりをかけた末にあっけなく死ぬ。価値のない生を進み、意味のない目的を掲げ、成果のない終わりを迎える。ただ死すべき者がこの世にいるとすれば、その者に他ならないと全て良識ある人間は頷き、決して間違った判断とはなりようがない」


 私に向けてでは、それはなかった。


「そんな阿呆者こそが、狂人だ」


 その呪詛は……誰へ、向けてなのだろう。

 冷静な語りなのに熱を帯び、幼馴染の少女がばらけている傍で先輩の少女を押し倒し、何かを自分の中から引き出すかのように陳列していく様は、まったくもって頭がおかしいとしか思えない。そんな狂人が、まともであると私に言う。


「なぜ、お前がそれであるのか。そうありたいと望んでいるのか。俺には理解できない。軽蔑侮蔑を向けるのが正しい相手に、どうしてお前は憧れる? やがては罰を迎えるべき奴に抱く憧憬なんて一片の価値もないと判るだけの頭を、お前は持っていると俺は思っていた」


 ああ、見抜かれていたのか。妙なところであなたは鋭いものね。まるで人の感情の機微なんて一切分からない合切がどうでもいいというような表情をいつもしているくせに。


「並ぶ必要のない相手に憧れているのか? 花蓮を殺した理由はそれなのか?」

「……その通りだと、言ったら?」


 挑戦的に、問う。


「心底、くだらない」


 吐き捨てられた。

 並びたかったのに、並べない。苛立たしい限りだ。心の底から腹立たしく、哀しい気分に陥っている。泣きそう。なんで認めてくれない。並ばせてくれないの。


「ねえ、私が憎い?」

「……」


 訊くも、無視。

 瞳孔と歯の噛み締め具合から、出てくる答えが肯定であるのはまず間違いないというのに。


「殺したいぐらい憎いだろう?」

「…………殺人は、俺の正しきに反する」


 ならば、この言葉だ。

 安寺冬真と桐江汐音の件により、獣は並々ならない怒りをソレに向けているだろうから。


「私がガイドかもしれないのに?」

「お前はガイドじゃない」


 はっきりと、否定された。


「はっ……! どうしてそう思う? 私がガイドではない証拠をどこかで拾ったのか」

「ガイドは狂人の類だ。アレ()また、自らの正当性を誰かに委ねたりはしないだろう。自分が正しいと思ったことをしている」


 も、ときたか。

 さっき並べた呪詛の対象は、『案内人』以外にも向けられている。果たして誰をなのだろう、この獣は、正しきに憧れた非道の男は、誰へ対して呪詛を吐いたのか。もしも全く自身の類似品のような相手が眼前に現れでもしたらそのときこそ躊躇なく殺してしまいそうなこの男は、いったい誰を呪う言葉を言ったのだろうな。


「もしも鷲巣花蓮を殺したのがガイドなら、お前は殺していたのか?」

「……その仮定は無意味だ」

「私がガイドではなく更にはまともだから、お前は理性に打ち負かされたわけか。殺してやろうかと思っていたはずなのに、殺さなかった。……鮮明に語ってやろうか? 鷲巣花蓮の身体の腕を千切ったときの感触がどんなものだったか、教えてあげようか?」

「……」


 挑発虚しく、黙殺された。

 この期に及んでなんという理性だ。理性でもって殺意を抑え、理性でもって大切な大切な幼馴染の少女を殺し解体し辱めた憎き相手を殺しもできない。本当に、本当に素晴らしいほどの理性だ! 正しきへの憧れとは、こうも一人の人間を台無しにしてしまうものなんだ!


「すごいな、由正。お前、そこまでだったのか」


 ふふ、と思わず笑みが零れた。「凄まじい、薄情者だ」幻滅だよ。

 ずっとのしかかっていた獣の腹部を膝で蹴り上げる。「うぐぉえッ……!」手が離された。

 

「大切な幼馴染を殺した者を、殺せもしない。〝まとも〟な私は、敵討ちのひとつもできないお前に心の底から幻滅した」


 その頬を殴り飛ばす。あの大柄な男があっさりとよろめいた。


「お前はヒトゴロシだ。でなければ私は人殺しにならなかった。私は『案内人』などという快楽で人を殺すようなつまらない人間の模倣などしているつもりはない。()()()()()()()()


 怯む獣の横面を殴りつける。かくんと顎が揺れて脳もまた揺れ、あっさりと失神した────「薄情でいくじなしの、殺人者あなたに」



Am I a lunatic?──end.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ