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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
三章 未遂─Am I a lunatic?─
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まね猫

 悪い予感は当たっていた。

 やはり、彼女が()()だったのだ。

 走りで、全力で駆け寄り、今、まさに振り上げられているその腕を、後ろから掴む。「んにゃあっ!?」びくりと身体が震え、それは驚愕の声を発した。


「なにを、している。小比井、美衣……!」


 小比井美衣────彼女こそが、『模倣犯』。あるいは、『案内人』か。大丈夫か、と花蓮へ言い、「平気」という返事を聞く。安堵に一つ息を吐く。


「なにって、ガイドのまね事にゃ」

 

 くつくつと、腕を掴まれたまま美衣が笑う。

 笑い、嗤って、言葉を続ける。「初めては身体が震えたんだにゃ」溜め込んできた全てを吐き出すように「怖くて怖くって」堰を切った濁流のように「しばらく夢に見ては跳ね起きて」勢い込んで「布団の中で震えたの」早口で「震えて震えて」興奮した様子で「ずっと」恍惚に目を光らせ「ずっと」鼻息を荒くし「イジッてたんだ」唾を飛ばして狂ったように「にゃ!」


 小比井美衣。人を殺している、少なくともそのうちの一人だ。

  

「ずっとやってみたかったんだにゃ。私はいつも空を飛ぶ小鳥を見ていたにゃ。人が怖くて逃げていく野良猫を見ていたにゃ。人にいじめられて怯える野良犬を見ていたにゃ。みんなみんな私から逃げていく、怖がって怯えて、人が怖いと逃げていく」


 誰の差し金か知らないが、誰の差し金でもないのかもしれないが。

 ここへ花蓮を誘い出し、殺そうとした。殺そうと、したのだ……!


「ある日、ある日にぇ、翼を怪我した小鳥が一羽、飛べずに地面に転がってたの。私を見て逃げようとしてるけど、いつものように飛べないの。その姿を見て私はにぇ、なんだかね、とても……とてもっ、身体がぞわぞわって、興奮しちゃったにゃ。いつもは掴めない鳥が目の前にいる。掴めるっ、だから私は掴んだ。掴んで、ぎゅっと握って、力を込めて、そしたら……動かなくなった。もう、すごかった。その日は一晩中に私ね、ずっとシちゃってた。興奮が収まらなくて、ずっとずぅーっと……」


 その語りは過去を述べている。

 過去……まさか、と延寿は思い当たるその単語を記憶の海より探り当てた。遠い過去、けれども鮮明に残る、苦々しい過去の記憶から……


「次に見つけたのは野良猫。誰かに餌をもらっているのか、私を見て近寄ってひたいをすりすりして可愛らしい声でにゃくの。エサちょうだいエサちょうだいよーって。かわいくってかわいくって、頭を撫でて、顎を撫でて、一気に両手で首を絞めた。暴れて、引っかかれて、痛くて離しちゃった。私から離れてフシャーだってにゃ、ごめんねって思ったんだにゃ。だからその次は、家から包丁をこっそり持ち出して、やわらかい首に思い切り突き立てたの。その感触とにぇ、信じられない者を見るみたいな猫の眼がもう……すごく、よかった」


 残虐性と、それによる性欲の高まりと。

 滔々と恍惚に殺人犯が並べ立てていく。

 

「それから小鳥も野良猫も野良犬も、たまに放されている飼い猫や逃げた飼い犬も、人に慣れて寄ってくるのをどんどんやってやったにゃ。でも、どんどん殺しづらくなってきたから、止めたにゃ……」


 動物殺し……数年前に月ヶ峰市内で起こった異常な事態。

 犯人は結局分からずじまいで、いつの間にか終わっていた事件。

 ペットを飼っている家では特に恐怖視されていた、ある一羽の小鳥を探していた延寿にとってもその者に思うところはあった。結局小鳥は見つからず、原因がその動物殺しにあったのかも定かでないまま今に至るのだが──ああそうか、ここにいたのか。お前だったかも、しれないのか。ソウが帰らなかった理由は……お前が。


「そしたら、ガイドが出てきたにゃ。ガイドが殺し始めたの。私が動物を殺していたみたいに、今度は人間を! 負けじと私も、身体が震えてすごく怖かったけどやってやった! そしたら模倣犯だなんて呼ばれてるってもさみが言ってて私はショックを受けたのにゃ! 連続的な殺しという点では、私の方が先なのにゃ! パクったのはガイドの方にゃあああ!! いいかげんはにゃせや延寿!!」

「っ……!」


 暴れる。抑える。

 するとあっさりと美衣は諦め、動きを鎮めた。


「……でもいいにゃ、みんながみんなガイドのせいだと思ってくれるから、誰も私を疑わないの。だからいいにゃ。私はガイドの模倣犯でいいにゃ。でもシャクだったからボタンだけは残してやったにゃ。でもぜんぶぜんぶガイドのせいにゃ。まあいいにゃ。まあいいにゃ! 真似して倣って、楽しくオナれたらそれでいいの! あんた達みたいにちんぽはないけど、女の子は心でシコれるんだにゃ!」


 自分の言葉で高ぶっているのか、笑っているのか怒っているのか分からない歪んだ表情からは次々に正気を疑う言葉が飛び出てきて──「だから……かれーん?」


 じろりと、引きつった笑みを浮かべ、美衣が花蓮へ粘りついた視線を送った。


「花蓮は私と仲良しにゃんだものね。その気持ちに嘘なんてこれっぽっちもないんだよ?」


 ニヤニヤと、チェシャ猫のような笑みに口を歪ませ、目は見開かれて花蓮を凝視している。異常な執着の視線を受け、花蓮の瞳に恐怖の色が濃く表れ、「黙っていろ」延寿がより一層の力を込める。「いっでぇにゃ……! 延寿てめぇ、女の子に暴力振るっちゃダメだって教えられにゃかったのか!」激怒を延寿にぶつけ、美衣は再び花蓮を向き、「私と仲良しなんだよねぇ、かれーん?」


 一言も返せずにいる花蓮へ、美衣は表情を恍惚に近いにやつきでもって粘りつかせる。


「そんなさ、そんにゃ仲良しのお友達を切りつけてしまったら……ねぇ、考えただけでも、ちょっと寝不足になるぐらいに高ぶっちゃった。やっぱさ、スリルだと思わにゃい? 人生に必要なのは刺激だと思わない? ぬるま湯みたいに楽に生きたいけど、だからといって刺激が欲しくないわけじゃないじゃん? 周りに合わせれば生きるのなんてヌルゲーでしょ? ベンキョウするのは周りがしているからトショイインだって花蓮がしているからエンコウだって誰かがしてたから。みんな羽振りの良いパパにお熱だったにゃ。誰々の金払いが良いって聞いたら、みんなしてそいつにアプローチかけんだよ? 地面に落っこちて踏み砕かれたきったねえチョコレートに群がる意地汚い蟻んこ共みたいににゃ、まじウケる。クスリだってチューゼツだって麻梨ちゃんがやり方教えてくれた。麻梨ちゃん、なんか知らんけど行方不明になっちゃったけどにゃ、どっかで首絞められて絶頂したまま死んじゃったのかにゃあ、ま、どーでもいいにゃ。人殺しはダメだものにぇ、そんなサツジンだって、ガイドがたっくさんしてるけど。だから私も真似するにゃ。前例があるのなら安心してできるって思わにゃい? 誰かの真似なら、誰だってできるんだにゃ、どんなヤツでも、猿真似ぐらいならできるでしょ? でもさ? 楽しむだけならそれでけっこうじゃん? 私はにぇ、あんただってきっとそうにゃ、誰だってさ、自分が楽しむために生きてるにゃ! 楽しんでたのしんで愉しんで、私たちは私たちのジユウイシに従って生きる義務ってもんがあるんだにゃ!! 誰にだって邪魔する権利はにゃい! だから延寿ぅ、いい加減にお前離せ!! 他人の愉しみに横やりばっか入れっから煙たがられんだよてめえはにゃあ!!」


 すると────ふと。


 ヂッ! と小鳥の声。またもや暴れ出した美衣を抑えつつも延寿がそちらを見れば、真っ白な小鳥が、体育館の屋根の端に止まり、こちらを見下ろしていた。真っ白で、紅い嘴を持った、小鳥が、


(まさか……)


 見覚えがあった。延寿はその姿に見覚えがあった。


(ソウ、なのか)


 思考に応えるように、ヂヂ! また小鳥が鳴いた──その、瞬間────C5H9NO45301748C5H5N511732「な……!?」C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732 ぞわり、と全身が総毛だつのを感じた。C5H9NO45301748C5H5N511732

 腕を掴み、身動きをとれないようにしている小比井美衣の、その奥。C5H9NO45301748C5H5N511732 小鳥が止まっていた屋根の下、体育館の裏の外壁、その一面が真っ赤に、真っ赤としかいえないほどにびっしりと、文字が、赤く、夥しく血液を浴びたかのように赤く、一瞬で埋め尽くされていて C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5「なんだ、これは……」驚愕に、一瞬の隙が生じる。H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO453 生じた隙に「んにゃあ!!」「ッ!」ガブリと腕を噛まれた。手が離れる。『模倣犯』が自由の身になる。01748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9N「死ぬにゃあ!!」カッターナイフを、あろうことか硬直する彼女へ振りかぶり、O45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45「花蓮!!」叫ぶ。させるものか。それだけはさせるか。脚を動かす。腕を伸ばす。『模倣犯』の肩を掴む。「んぐにゃ、てめえ、延寿ゥ!!」思い切り引きはがす。引きはがし、その回転する勢いでもって『模倣犯』は倒れ込みながらも刃を振り抜き301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45 首筋を、過ぎていく感触がした301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N51「よしまさ!?」なにかが勢いをもって、首から出ていく。濁流のようにとめどなく1732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N5 出ていく。首筋が熱い。手で押さえる。抑える。すぐに生温かい液体に手が染まった1173 赤い2C5H9NO4530 落書きと同じ赤色だ1748C5H5N511732C5H9NO453 鮮血01748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732「ざまあみろにゃあ延寿ぅ!!」C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9N 赤いO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N51 赤い1732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5「美衣!! あんたよくも……!!」無理だ。やめろ。相手は刃物を持っている。H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N とまれ。きみが動いてどうする。511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9 きみは止める者だ。NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N5117 馬鹿な真似をした32C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5 誰かを、H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H 止めてくれる。5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H 「めんごめんごかれーんっ、ほんとはあんただけにしようと思ってたんだけどにぇ、あんたの好きな人のほうをやっちゃった」 猫が嘲笑い、「なに、をっ……! あんたはぁ……!」 花蓮が激昂している。刃物を持った相手へ向かおうと「よ、よしまさ、なんで止めるの!?」結果は見えている。言葉がうまく出ない。逃げろ、とそう言いたかったというのに。校舎のほうを指さす。人のいる方向へ逃げれば、助かる可能性は高まる。「でも」花蓮が渋る。渋っている場合じゃないんだ。言葉がうまくでない。5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511 出血が止まらない。732C5H9NO45301748 深くまでを切られたのか。浅くで済んだのか。 C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO 分からないそれどころではない。45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732 熱さのみがある焼け付くような熱が首筋を燃やし続ける熱が。C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732「ってかあんたらもう血塗れじゃんまじウケる。じゃーにぇ、えんじゅぅ。そんでかれーん。あんたらの遺影の目の前で、一生懸命泣いてあげるぅー」────C5H9NO45301748C5H5N511732C5H9NO45301748C5H5N511732「だめだよ」「へ?」


 幾重にも膜が張られたみたいに遠ざかった意識が、澄んだ声を感知した。


「誰が、私の真似をしても良いって──」


 聞き覚えのある声のように思えた。ついさっきにも聞いていたような淡々として、何もかもへの関心が薄い鈴が転がるような微笑。視線を巡らす、暗さを増す視界の中には何もいない。

 すると。

 真っ黒な何かが目にも止まらない速度で()()()()()きて、「いッだぁ!?」振り上げたカッターナイフを持つ『模倣犯』の手を斬り飛ばし、その勢いのまま、「み゛ゃ゛あ゛!?」喉を突く。血しぶきがあがる。何が起こったのか認識が追いつかないまま『模倣犯』が仰向けに倒れる。人殺しが、人殺しを殺した。本物(?)が、偽物を殺した。


「言ったのかな」


 あっという間に『模倣犯』を殺してのけて。

 多量の鮮血を巻き散らして横たわる小比井美衣の傍に人殺し、本物の──『案内人』が佇み、空を見上げる。何かが昇りゆく様を眺めるかのような淋しさすら湛え、


「……また、取られちゃった。本当に、よくばり」


 声が遠い。だが、聞き覚えのある声。……その声は。

 血があまりに流れ過ぎて……意識が…………「あれ、気絶しちゃった?」…………………………………………………………………………………………………………………………………………「それとも死んじゃった?」

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