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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
三章 未遂─Am I a lunatic?─
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「うへあーけっこう街から離れたー……」


 振り返った先には、置き去りにしてきた月ヶ峰の街並みがあった。

 時刻は昼過ぎ、一日の盛りだ。太陽光が一片の容赦なく地上へと降り注ぐよく晴れた日。帽子のつばを片手で持ち上げ、きみは暑そうにもう片方の手で扇いでいる。水分補給用にと買ったペットボトルを持っているため、中身のお茶がばしゃばしゃと揺れている。

 目的地までは、短い道のりではない。

 風にすら手折られそうな細身には疲労が見られる。


「だい……」


 大丈夫なのか。そう言いかけて、抑えた。


「ふふん」


 そんな俺を見て、きみは自慢げだ。「学んだね、由正」楽しげだ。


「もう、何度も誤りを犯したからな」


 苦笑か、どうか。口元の笑みを自覚する。

 ここに至るまで、俺は数度、『大丈夫なのか』と彼女に聞いた。その度に『大丈夫』『平気平気』『何度聞くつもり?』『次聞いたら急に走り出して体力全消耗する。そのときはおぶって』との言葉が返ってきた。「おかげ様で、わたしも全速力で走りださずに済んだ」きみが笑っている。

 口に出したらおんぶすることになる為に抑えたが、心配なのは変わらない。

 こちらの都合に付き合わせている現状を後ろめたく思っていたのもあったが、体力面で不安だったのだ。最初は公共の交通機関を、バスなり電車なりで少しでも最寄りで降りようとしたが『時間あるなら、歩きで行こうよ』との返事。『自転車でよくないか』『わたし、持ってない。なに? 後ろに乗せてくれるの?』『あまり快適な乗り心地にはならないだろうが、それでもいいのなら』『言ったね、乗せてくれるって』『言ったな』『ん、でもそれは次の機会に回したいかな。歩きたい気分なんだ。付き合ってくれる?』『ああ。分かった』『だめって言わないの?』『今まで散々こっちが付き合わせたんだ』『それって恩義?』『ああ』『……ほんとうに恩義だけ?』『……それは』『やっぱ待って! やっぱり答えなくて良い!』そんな経緯で、今に至る。


「なかなかさ、こんなに歩かない」


 貴重な経験してる、ときみは微笑み、帽子を不意にとると真っ白な髪を露わにし、吹いてくる気休めの涼風を心地よさそうに目を細めて受けた。


「まあ、な」

「ハイキングなんて滅多にしないし、良い機会だよ」


 街外れまで、俺たちは来ていた。

 ある休日の月ヶ峰市を照らす晴天の下、幹線道路沿いを歩き続けた。

 ビルは早々に姿を消し、戸建ても疎らになり、畑が広がり、遠目に広がっていた樹々の群れが近づき、細い道に逸れると坂道が続き、上っていくにつれて工場地帯へと入りこんだ。生きて、稼働する工場があれば、ここには()()でない工場もある。死に、放棄された跡地が。


 ──『街外れにある工場の廃墟が、鳥たちの溜まり場になっているって話です』


 迷子の小鳥を探している、という旨だけを伝えているSNSのアカウントに、そんな返信が届いていた。「鳥たちの溜まり場ってなに……猫みたいなのかな」そう、きみは苦笑していた。


 ──『幹線道路をずっと行って郊外へと出て、道を逸れると、工場地帯があるだろう? その辺りに勤めている人がこの店にもやってくるんだ。その一帯には跡地になったところもあるという話でね、ふとその敷地内へ視線をやったとき……鳥たちが、雀も鳩も鴉も、見たことのない鳥も、それはそれは色んな鳥たちが集っていた……みたいだね。何か集会でもやっているのか? とその人は思ったらしいよ。猫がよくしているみたいに、集まって何かの情報を共有しているんじゃないか、と。そしてその鳥たちの集会を見た人は、その人一人だけでもないようだ』


 迷い鳥のチラシを置かせてもらっている喫茶店──店名は確か『風聞』とあった──の上品な紳士のような風貌の店主が、そのような情報を得ていた。

 行ってみるだけ、行ってみようと俺は考え、『わたしも行く』といっしょにいたきみがミルクをたっぷりと入れたコーヒーを片手に言った。


 ──『見つかることを、私も願っているよ』


 老店主がそう、年齢の刻まれた頬に皺をよせて穏やかに微笑み、『こちらは、お二人の幸運をと祈った、ささやかな贈り物です』と、俺たちのテーブルに皿を二つ、置いた。ふわりと膨らんでいて温かみのある熱を発し、甘い香りが鼻孔を通りすぎる。パンケーキだった。『わあ、ありがとうございます!』『ありがとう、ございます。あの、お代は』『祈りに料金だなんて、とてもとても』老店主は笑みを浮かべ、『ごゆっくり』と店の奥へと入っていった。

 

「良いところだったなあ、店主のお爺さんも良い人そうだったし。コーヒーもパンケーキも美味しかったし」


 そのときのことを思い返し、きみは言い、お茶を一口、含み、飲み込む。

 歩きつづけた末に、俺たちは工場地帯を伸びる道へと入っていた。見渡しながら歩いていると、確かに、棄てられたと思しき朽ちた建物がある。

 入口には申し訳程度の鎖がかけられていたが、門そのものは開かれていた。


「さて、と。不法侵入と行こっか」


 堂々ときみは入り、「由正も」と俺を待つ。


「そうだな。行こうか」


 こうして二人、打ち棄てられた敷地内へと立ち入った。



 結果、何も見つからず。

 結果、何も起こらず。

 鳥の集会とやらも見つけられず。



「なーんにも見つかんなかったねー」


 と残念そうな言葉を、満足そうに口にするきみと共に、俺たちは自分たちの場所へと帰った。 

 帰り道、疲労の色が濃かったきみに追い打ちをかけるかのように全力疾走をさせてしまったことを申し訳なく思っている。つい、口にしてしまった……疲れているのに走るきみもどうかとは思うが。

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