バスタイム
「ふーん。そんな馴れ初め?」
「ああ。そうだよ。その時の誘拐犯は居合わせた由正が落ちていた鉄パイプで気を失うほどに殴打した。恐ろしかったなあ……私までもが殴られそうだと思ったんだ」
「へえ……」
トリートメントを馴染ませるために長髪をステンレス製の櫛で梳いている椿姫の、その微かな動きにつられて誇らしげに揺れる胸部を恨めしそうに見やり、湯船に浸かっている伊織は自らの控えめな乳房を見下ろした。ちっちゃいなあ、と肩を落とした。ボクのおっぱいちっちゃい……。でも色彩。色彩はボクのほうが清らか。勝ってる。
「あの瞬間の由正は、獣みたいだったんだ。いつものあの鋼鉄みたいな無表情さはそのままだというのに、双眸には憎悪の炎を燃やし、殺意に塗れていた……獣だよ。ああ、獣だ。なんであの男は、その獣たる自身を押し隠そうとするのだろう……その獣めいた側面が、ああも逞しく私を助けてくれたというのに……」
「獣ねー……へぇー…………ところでさ、獅子舘椿姫。ボクが今聞きたいのって、そんな発情した猫の鳴き声みたいなノロケ話じゃないんだよ、キミの身体の調子はどうかってことなんだよ?」
「上々だ。万事、上手く行くさ」
櫛を片手で握り、ぐ、と椿姫は力を入れる。元気であるというそれはアピールだった。
「上手くいったら、たぶんキミ、とんでもなく怨まれるよ?」
「…………」
椿姫は沈黙し。無表情。
伊織はじっとその顔に視線を向ける。
「それこそ──」
にぃと、壮絶に口の端を引きつらせて、
「望むところだ」
椿姫は、嗤った。
笑い、握りしめていた櫛を、伊織へと投げ、伊織はそれを掴んだ。
「だが、解せないな。沙花縞伊織。なぜ、あの子の死を望むんだ」
振り返った椿姫に問われ、伊織は、
「不要だから」
表情の消えた口で答え、「相手を想うが故に背中を押す者もいれば、その逆でどうやってでも止めようとする者もいる。スプライシング、なんだってさ」口元を引きつらせる。笑ったのだ。
「まあ、私の目的が叶えば、後はどうだっていい」
「あれ、そういうのでいいんだ? きみ、風紀委員のトップなのに」
伊織の指摘に、椿姫はくつくつと笑うのみだった。
そして伊織は今しがた受け取ったステンレス製の櫛の惨状を見、
「うわ、メスゴリラー……」
引き気味の感想を漏らした。




