表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
三章 未遂─Am I a lunatic?─
75/166

お風呂時間

 道中、長い廊下で出くわした女性へ延寿が会釈し、「まあ由正くん。お久しぶりねえ」と言われ、その後ろで伊織がたどたどしく頭を下げ、「あら……あらぁ! 由正くんの彼女ぉ!?」と驚かれ、「い、いや、違うんです違くて、僕は男でっ……」と伊織が慌てて訂正して、を数度繰り返し、脱衣所へとたどり着いた。「脱衣所ひろっ……」伊織がぽつとそんな感想をこぼした。


「この家お手伝いさんいるのかよ……」


 憔悴した様子で伊織が言う。「どんだけ金持ちなんだよっ……」吐き捨てる。

 そして服を脱ぐ前にちらと浴場の扉を開けて覗き見て、


「お、温泉だ……」


 大理石に大理石の大浴場を目にし、驚愕の声を漏らした。

 湯気立ち込める中に見えた一般家庭の十倍以上はあろうかという大きさの浴槽に伊織は面喰った。


「道場にくる門下生や指導者にも開放しているとのことだ」

「ああだから、着替えもあるのか……」


 そう言って伊織は延寿へ目をやり、「っ!? な、なんでもう脱いでんだよっ」

 長身で無駄な肉のない引き締まった裸体を直視し、その下部が視界に映り、慌てて目を逸らした。


「どうしてきみはまだ脱がないんだ」

「脱ぐようるさいな!」

「きみの声の方が」「分かってるようるさい!」


 延寿に背を向け、伊織は来ているパーカーに手をかける。フードは敷居を跨いだときからとっており、真っ白な髪と灰の瞳を外界に晒していた。そしてズボンを下ろし、シャツと下着と靴下だけの姿となり、


「お前……なに、僕を見てんだよ」


 振り返り、延寿を睨みつけた。

 延寿にとっては他意はなくただ待っていただけだったのだが、「視線がいやらしいんだよ。先入ってろっ」なんか怒られてしまった。「洗濯物は籠の中とのことだ」それだけを言い残し、延寿は大浴場の洗い場へと向かった。


「……くそ。くそっ」


 真っ白な髪と灰色の瞳。華奢で真っ白な体つきに、体毛の薄い……というよりもほぼ皆無の肌。先ほど見たときに思わず比較してしまったが、あれと比べてあからさまに頼りない下腹部のソレ。そして……意味が分からない、動悸。

 風呂に入るまでもなく、伊織の頬は上気し紅く染まっていた。

 分からない分からない。ああ、分からない分からないこの衝動が分かりたくもない。



「なあ」


 洗い場でもはやアメニティーと呼んでも差し支えないほどにきちんと用意された備品で髪を洗い身体を洗い、今二人は浴槽に浸かっていた。全身がほどよい温かみに包まれ、延寿と延寿三人分ほどの間を空けて、伊織はお風呂という幸福に浸っていた。


「お前、あの……獅子舘椿姫と付き合い長いのか」

「長い……だろうな」

「じゃあ、涯渡紗夜、だっけ。あいつとは」

「高校に入ってからだ。獅子舘さんの友人とのことで、紹介された」

「はーん……」


 伊織が喋りかけなければ、延寿は一人で何事かを思案しているようでずっとの無言である。


「どんな馴れ初めだったんだ」

「獅子舘さんとか?」

「うん」

「……元々は、偶然だ。必然性のない切っ掛けだったが、結果的に必要な出会いとなった」

「もっと分かりやすく言え」

「獅子舘さんは……」


 そこで延寿は躊躇う様子を見せた。何か口にするのを躊躇するような出来事なのだ。


「言っておくが、僕は口が堅い。その上何かを報告し合うような友人もいない。広まらないよ」

「そうか……」


 延寿はその視線を伊織の方へ向けて、「こっち見るな」怒られて、また視線を伊織から外し、


「獅子舘さんは、中学生の頃に誘拐されたことがある」

「誘拐……」

「俺はその誘拐先にいた」

「お前も誘拐……されるわけないな。お前誘拐するぐらいならほかのもっとやりやすそうなのにする。なんでいたんだ?」

「……飼っていた鳥を探していた」

「逃げたのか」

「ああ、逃げた……探していて、その……そこは引き払われた工場か倉庫の跡地だったんだが、俺はそこにいた。そしたら獅子舘さんと誘拐犯二人がやってきて、いかがわしいことをしようとした」

「強姦か……中学生相手に、ロリコンの変態野郎だったんだな。分かったぞ。そして延寿、お前はその場に居合わせ、獅子舘椿姫を助けたんだ」

「結果的に、そうはなった」

「はっ。誘拐されて犯されかけたときに助けてくれた正義のヒーローか、確かに好きになりそうなシチュエーションだな」


 口を引きつらせ、伊織は延寿を見やる。視線を受け、延寿も伊織の方を向き、「こっち見んなよ」そして怒られた。


「見るのはいいんだよ。見られるのはどうも嫌なんだ」


 弁解するように伊織は言う。自分のことながら言い訳がましいと感じつつ。


「そうか……すまない。気を付けるよ」


 表面上は理不尽な言い分なのだが、延寿は殊更に追及することなく、そのような反省の言葉のみを述べ、また沈黙した。

 白い髪、灰色の眼、全身の色調が白に傾いているその姿……特異的だと、周りの無神経な視線に晒されてきたのかもしれない。本人がそれを不愉快と言うのなら、受け入れるだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ