サア、誰ガ殺シタ???
蛇口から勢いよく流れ出る水を手で受けさせる。
手を洗い、鏡に映る自らを何となく眺め見た。いつもの自分だ。待ち人を下駄箱の前でぽつねんと待たせている、自らである。多少を思考の時間に費やしたとて、あの男は知る由もなく、また言及もしてこないだろう。単にお手洗いが長引いた、ぐらいにしか思わないんじゃないか。
……或吾高校の生徒は今に至るまでに複数人殺されている。
安寺秋一は、映像上では首を刎ねられていた。単調だ。面白みのないその手口、『案内人』もつまらない遂行だったに違いない。
巌義麻梨は、下腹部──子宮に当たる箇所をぐちゃぐちゃにかきまわされて、首を断たれていたようだ。子宮。女しか持たない臓器。巌義麻梨の女の部分をぐちゃぐちゃにする、怨恨、憎悪の線がある。下手人は当然『案内人』だ。となれば巌義麻梨はガイドの恨みを買うような何かを行った……。
安寺冬真は、顔を斜めに断たれていたと聞く。そして桐江汐音は、トラックに身体をバラバラに潰され、一部がぬいぐるみに詰められてその上で『案内人』に両断された。両者が『案内人』に断たれたのは同時刻だ。つまり同じ瞬間に死んだ。後者は既に死んでいたが。奇しくもそれは、『模倣犯』による別件の殺害と同日だった────慣らしと、とある要望の下で遂行された殺人だった。選ばれた彼女には、多少なりとも同情するよ。
『ごめんね』
腰を屈め、謝罪の言葉を口にしたのが記憶に新しい。その後、手を触れた──もう動かない、下級生の肉塊へと。
肉塊のものだろう、およそ一生徒の身分では手も届かないような、私でも聞き覚えのあるブランド名のロゴ(対称のCが重なり合ったかのような)が入ったハンドバッグがあった……我が校ではバイト禁止だ。だというのに、よほど熱心にバイトをしたようだ。割のいい何かがあって、羽振りのいい誰かが、いた。制服ではなく慎ましやかに着飾り、肌にはファンデーションが薄く塗られ、盛られたまつ毛に、引かれた紅、髪は巻いていて……なんとも、お上手なおめかしだ。いったいどんな上客に逢うための手間だったというのか。
恐怖と呆然にわずかに開かれていた口に両手を入れ、無理やりにこじ開けた。硬直は始まっていない。なにせ、殺したて、だったのだから。
口に手を突っ込み、取り出したボタンを舌の上に乗せて。
現状、月ヶ峰市内で他殺死体を発見した場合、誰もがまず『案内人』を疑う。だから私は私を主張したのだ。模倣犯は、或吾の校章の入ったボタンを残していくものだ、という……ただまあ、現場に校章の入ったボタンがあったとしてもだ、誰がそこに本物の『案内人』との差異を確信できるのだろうか。手口による確定もできるが、最も容易なのは『案内人』本人が見覚えのない他殺体を見ることに他ならないのではないか。偽物をそうと区別できるのは、何よりも本物に他ならない。
そしてゴム手袋を外し、ポーチの中に突っ込んだ。厳粛であり当然の如く化粧禁止の我が校へ持ち込むことのできないコスメが入っているポーチだ。故のそれは休日の証左である。今日は持ってきていない、故の平日となる。平日の校内では、常に眼を光らせている怖い怖い風紀委員たちがいるのだ。怖い怖い、風紀委員の誰かさんが。今も下駄箱の前で銅像のように突っ立って目を光らせているに違いない。
人間には……生きている人間には到底不可能な体位で折れ曲がっている肉塊を背後に置きざりに、その日の私はさっさと帰路へと就いたのだ。同日に、安寺冬真と桐江汐音が死亡した。そちらはまず間違いなく、『案内人』が関わっている。
「ふっ……」
身体の怠さと頭の重さ……それに加えて、かすかな疼き。
万事が既遂となった場合……あの獣は、いったいどう思うのか。どう感じ、どんな表情を見せるのか。考えるだけでも、愉しくなる。
被害は依然、続行される。
安寺兄弟に、巌義麻梨、桐江汐音……被害者たち。
そして我が親友殿は行方不明ときている。きっともう、死んでいるはずだ。
……そろそろ、出ねばな。
あまりにも長居をしてしまえば、いくらあの男とて、万が一にもともすれば大の方だったのか? という疑問を抱きかねない。抱いたところでどうでもよいが。
「……」
気分は高揚し、鏡に映る今の私は中々の上機嫌だ。あの冷血漢から珍しく誘ってくれたという経緯からの喜びも当然ある。冷血漢の皮をかぶった、あの世にも恐ろしい獰猛な獣が、だ。
「あぁ……」
まったく、どうにも私はあの男に参っている。
疼きが止まない。火照りが止まらない。
獣め。獣さん、あのね。
早く気づけ。事実に気づいて。
誰が殺しているのか、誰を殺そうと企てているのか。
お前に、正しきをかなぐり捨てる理由をやろう。
あなたに、自分をさらけ出す切っ掛けをあげる。
そのときに、私は、あなたに、お前に。
獣よ、獣よ──問うぞ、答えて。
私は──── ?
頷いたのなら、並ぶもの。
私はあなたに並びたい。