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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
一章 旅人─Far away from here.─
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『案内人』ト

 ワケが分からなかった。

 ワケが分からないヤツがいきなし出てきやがった。

 ふわり、ふらりと真っ黒でぶかぶかなレインコートの裾を雨風で翻し。


「名乗りましょうか? 名乗りましょうか!」


 そいつが、俺の前に現われやがったんだ。

 どこから来たかも分かんねえ。気付いたら目の前にいた。さっきまでいなかった筈なんだよ。俺の前に続く道にはしみったれたリーマンもガキもジジイもババアも誰もいなかったんだ。ああもうワケ分かんねえよ。分かんな過ぎて腹立ってきた。


「アナタはそれをお聞きになりたいご様子です。ワタシには分かります。分かりますよ」


 ダチと別れて一人で帰っているときだったんだ。

 いつものサイコーの時間はずた袋女に会ったおかげで更にサイコーになったんだ。サルみたいに腰振り過ぎて疲れちまった。全身の倦怠感を覚えて腰も脚も怠くてフラッフラの頭で歩いていた。コンビニの傘立てから一本パクった傘を差していた。そしたらこれだ。目の前にワケ分かんねえヤツ登場ときた。はっ! バカか!


「ワタシは『案内人』────現在いまんでしまった人々を、なにもかもが新鮮な新世界へと案内して連れて行くのを至悦とする者です」


 そいつが、にこりと俺に微笑んだ。

 額に垂れている黒髪と、黒いマジックで雑にぐしゃぐしゃと塗ったみたいにどす黒い瞳。

 綺麗な──女、だった。

 見憶えがない。面識がない、はず。

 街灯から落ちる光を浴びて、さながらスポットライトに照らされるドラマとかの役者みてえに、そいつは両手をあげてクルリとまわった。

 そして俺に向けてもう一度笑顔を浮かべ、熱に浮かされたみたいな興奮で一人でしゃべり始めやがった。こいつもクスリやってんじゃねえのか。それかソウってやつ? 知らねえけど。


「ある少年は、可愛らしい女の子たちに囲まれた生活を望んでいました。だからワタシはその少年を案内しました。そこで少年は一から始まり──一からというのは受精卵のことですよ──同じ年頃の可愛らしい女の子と幼くして懇意になり、成長してからはもとの容姿は影も形もない、誰もが羨む様な美青年に育ち、同じく美しく成長した幼馴染と旅に出ます。そこで彼は、次々と、それこそ国を傾かせるような美女たちと出会いました。彼は、多くの国を脅かし続けた魔王を倒し、英雄として称えられて、誰も彼もに尊敬され続けたままその生涯を閉じました。素晴らしい、話でしょう?」


 小首を傾げて、そいつは俺に尋ねる。俺はなにも答えず、応えられず、気付けばしりもちをついていた。腰が抜けたんだ。


「ある青年は、漠然と英雄になりたいと考えていました。けれども、それまでの生涯が彼が英雄になどなれないことを証明してしまっていました。そもそも世界は魔物に脅かされてなく、いたって平和です。それは青年の生活の範疇の平和ではありましたが、それでも青年の世界が平和なことに変わりはありません。英雄になるには、もっともステレオタイプな英雄になるには、悪者を倒さねばなりません。それも、謀略というある種の婉曲的な方法ではなく、剣を握って真正面から堂々と打ち倒さねばなりません。そしてそれを観測する仲間達が、彼を英雄だと称えなければなりません。けれども、青年の生活には、悪者はいても、はっきりとした悪者ではありません。剣で倒そうものなら、裁判沙汰になって法に裁かれ、世間から後ろ指を指されてしまいます。だからワタシは案内しました。そこで青年は、とっておきの聖剣を手に入れて、魔剣を巧みに操る魔王を、何時間にも及ぶ死闘の果てに滅ぼしました。そして彼は英雄へと……どうです、羨ましい、話でしょう?」


 ぴちゃり、とそいつが水たまりを踏む。言葉が出ず、口からは空気だけが洩れた。ヤべえと思った。こいつはヤべえやつだと。街に行けば酔っ払いとか半グレっぽいおっさんたちだとかこええのはたくさん見たけど、それとはまた違った。あいつらはまだ目に理性みてえのがあった。会話は通じる相手だってのが分かった。

 こいつにはそれがないんだ。

 こいつに話は通じねえ。


「ある学校の生徒たちを、まとめて案内したことがあります。彼らは、思春期特有の妄想の殻に閉じこもっていました。男の子はヒーローに、女の子はヒロインになりたがっていました。だからワタシは、その望みを叶えるために、彼らをみーんな、天と魔の術式が相対する世界に送りました」

 

 少し前、月ヶ峰市内の、俺たちとは違う高校で……ロ高のとあるクラスって聞いたが……そこの生徒全員が、その担任も含めて皆殺しにされていた事件があった。現場はもうひどいものだったらしい。

 肉食の猛獣が、そのクラスにだけ放し飼いにされたかのような。

 そんな凄惨さだったと、そのときの警察関係者がメディアに漏らしたらしい。ベテランの警察ですら嘔吐をしていた、と。ヤベえ話だ、と俺たちは笑っていた。ラリッた頭でへらへらと笑っていた。自分の身には降りかからねえんだと無意識に信じこんで、能天気に。

 ああクソ……普通に降りかかってんじゃねえか、ばっちりとよお!


「見ればアナタは、今を退屈しているご様子です」


 バチャバチャと、そいつは歩き始める。俺に向かって。水たまりを楽しそうに踏みつけながら。


「分かりますよ、その気持ち。いくら親しい友人だろうと、毎日会えば退屈です。いかに面白い本だろうと、幾度も読めば新鮮みが薄れていきます。いかに素晴らしい日々だろうと、次第に慣れて、その変化のなさが苦痛と化します。だからアナタ方はクスリなんかに頼られる! いかに素晴らしい世界だろうと、それが現実であるならば途端に夢のないものとなってしまいます。しかしこれは異世界には当てはまりません。現実いまこそが、つまらないのですから。この世界は生きるに退屈です。生命ある者は皆、日ごとに澱を溜め込みます。倦怠という名の澱を……だから発散させなければなりません、異世界ではアナタが澱を溜め込むことはありません。退屈とは無縁になります」

「う、うあ……。っ……!」


 なんとか身体を起こして、後ろに向かって俺は走り出した──「みんな、異世界へと案内しました。そこで彼らは、彼女たちは、素晴らしい出来事に出会ったのです。尊敬される人間へと変化を遂げたのです。ワタシは『案内人』……アナタを、アナタの退屈から救うもの……」逃げて、逃げて、逃げなければ──「逃げる。なぜ、逃げるのですか。きっと良い体験ができますよ。なにに未練を感じるのですか。家族ですか、友人ですか、恋人ですか、学校ですか、財産ですか、ペットですか、異性ですか、性別ですか」あいつから──「すべてを棄てておしまいなさい。それらはアナタを束縛しますが、アナタを幸せにしてくれるわけではありません。それに反して、異世界は正直です。すべてがアナタに都合のいい、夢物語のような世界。夢見るアナタに、相応しい……お金があれば奴隷が買える世界に行きますか? 剣の腕で社会的地位が決まる世界に行きますか? 魔法文明が発達した世界に行きますか?」殺される。あの殺人犯に、殺されてしまう。


「アナタは、今に退屈しているのでしょう?」

「来るなあああああああああああああああああああああああああああ!!」


 叫び、俺は走った。

 住宅街の道路を。繁華街の通りを。

 周りの奴らが驚いたように俺を見やがる。見やがるだけだ。なんで誰も助けてくれねえんだ! 路地に入る。ビルとビルの間にクモの巣のように広がる路地を、ひたすら走った。なのに、背後から聞こえるあいつの声が離れない。歩いているはずのあいつが、全力で走っている俺に追いついている。ありえない。ありえない話だ! クソッタレがァ!!


「ワタシには分かります。アナタのその眼が、語っていました。ああ、なんと世界は退屈で、どうしようもなく退屈で……、って!」


 おかしい。おかしいおかしいおかしい。

 道が、終わらない。

 さっきからずっと路地を走って、大通りに出ようとしているのに。一向に出ない。まるで、同じところをぐるぐると廻っているかのような。誰でもいい。ああ誰でもいい! 誰か俺を助けてくれ。助けてくれよ! 和史、悟志、裕士! 冬真でもいい! 親父! おふくろ! 誰でもいい。誰でもいいからっ……!


「だからアナタを、案内ころしに来ました」


 そいつはひときわ弾んだ声で言う。

 ほんとうに自分の行いになんら疑問を持たないやつの明るさだった!

 次第に息が切れて、走るペースが落ちてきて。

 脇腹に走る激痛に耐えかねて俺は立ち止まり、ふと、後ろを振り返った。


「ようこそ異世界こちらへ」


 刃物を振り上げたそいつが、


「サヨウナラぁ♪」


 俺を見て、笑っていた。

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