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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
三章 未遂─Am I a lunatic?─
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委員長と

「寺戸昌夫に噛み付いたんだって?」


 問いかける椿姫の表情は、実に楽しんでいる者のソレだった。

 放課後、文化棟にある部室へと延寿は来ていた。椿姫と黒郷亜沙美の二人はすでに来ていた。


「三年もお前の話で持ち切りだぞ。朝、風紀委員の延寿由正が寺戸昌夫へ思い切り噛みついた、とな。やるようになったじゃないか、お前も、由正っ」


 嬉しがる者のソレだった。いったい彼女は何を嬉しがっているのか。浅薄だと軽蔑されるような行動のどこに、喜びを見出したのか。理解できない。そんな怪訝を視線に込めて延寿はつまらなそうに目を細めて椿姫を見やると、


「誤解を否定しただけです」


 それ以上の言葉を続けなかった。続けたところで無意味だとすでに判断していた。


「はははっ。しかし小心者とは難儀なものだな。由正が人を殺すなどありえるわけがないというのに、そんな明らかな前提すら恐怖のために見えなくなってしまうのか。殺人鬼をそんなに怯えるなど、まるで自分が()()されるに値するような行動をとっているみたいだなあ……」


 機嫌よく声高に言うと、椿姫は窓の外に降りしきる雨──徐々に雨脚が強まってきた──へ向けていた視線を「ああそうだ」と流し目で延寿へ向ける。「涯渡が言っていたが」


「原井和史の件、ガイドではなく模倣犯の可能性が高い」


 分かっていることだ、と延寿は思った。


「それが誰か、を涯渡は知りたいらしい。どうしても、どうしようもなく知りたいようだ。そのように私には見受けられた。だから由正、今涯渡に模倣犯の正体を教えると、やつの中でお前の価値はさらに上がる」

「その言葉を俺に言う意味があるんですか」

 

 険を含んだ口調で、延寿は言う。


「ふふ、やる気を出すかと思って。涯渡は容赦のないところがあるが、そうであるが故に、お前みたいに似たような無慈悲さを持つ者を気に入っている。あいつは将来有望だぞ?」

「俺には不要の話だ」

「そう一蹴するなよ。涯渡が悲しむぞ」


 明らかに苛立っている様子の延寿と、楽しむように煽る椿姫。

 その二人を目の前に、黒郷亜沙美は縮こまっていた。やばいよう、と思っていた。


「そこで、だ。まあ、涯渡に恩を売ると色々と良いリターンがある……由正、亜沙美。模倣犯を見つけるぞ」


 模倣犯探しの話を今初耳の黒郷は「へぁ?」となっていた。延寿は黙り、底の分からない表情で椿姫を見つめている。


「おっと、亜沙美は知らなかったか。すまないな。涯渡沙夜生徒会長が、ガイドの真似をする不届き者をお探しになっているのでその手伝いをしよう、という話だ。ミステリでよくある犯人捜しだよ、証拠を集めて突き付けて、お縄にする」


 椿姫の説明に黒郷は「そうですかあ」と納得の表情をいちおう浮かべ、


「えっ、も、模倣犯ですか!?」


 遅れて驚きがやってきた。


「そう、模倣犯だよ。不届きに倣う、困った人間さ」


 椿姫が笑い、ついで、


「それじゃあ来週、抜き打ちで持ち物検査をしようか。風紀委員特権でな」


 そう言った。


「……はい」


 椿姫の意図を理解し、延寿は頷く。黒郷もとりあえずそれに倣い「わ、分かりました。頑張りますっ」と頷いた。彼女は風紀委員ではない。


「あははっ。亜沙美は違うだろう。まあ、事前に知れてよかったじゃないか。来週はスマートフォンを持ってくるなよ。まだ、或吾高校は携帯持ち込み禁止だからな」


 椿姫の言葉に黒郷は「はいぃ」と恐縮したようにうなずき、即座に「ひいぃぃ」となった。ついうっかり正直に返事してしまったやばいまずい是正ボックス行きだぁぁぁ、と絶望に震えだした。分かり易いな、と椿姫がさらに笑った。「普段から持ってこないように」と延寿は目をつむり、そう言った。珍しく、見逃されようというのである。


「おお、どうした由正。取り上げないのか?」

「……今、俺の目の前でそれを取り出したのなら、そうします」


 暗にそれは、今日は見逃すという意思表示だ。

 椿姫は目を丸くすると、そういうわけだ、と黒郷を見る。彼女はぶるぶると気の毒なほどに震えている。これから処刑でもされようかという怯え具合である。


「ふふ、ま、由正もそういう気分の日はあるだろうな──よし、各自模倣犯の情報を集めること。無論私も集めよう。そうして見つけ、涯渡の恩を買うぞ」


 椿姫の言葉を区切りに、その日は解散となろうとした──ところで。


 突如、部室の扉が開かれた。数センチほど、ちょっぴりと。

 扉の隙間からは瞳が覗き、


「延寿。少し、来なさい」


 そう呼ばれる。隙間から見える眼は細められ、じとっとした様子で、ご機嫌斜めなんですよと主張していた。


「取兼先生……です、よね?」


 椿姫が疑問形で尋ねる。声の調子と微妙に見える眼鏡越しの瞳とほんの少しだけ窺える白衣からの推定だった。


「はい。あなた方オカミス研究部の顧問であり、化学を担当する教師の取兼先生です」


 正解だった。扉の合間から覗きこんでくる不審者は名乗った通りの人物であり、判然と怒っていた。なぜ彼女が怒っているのかは、その場にいるオカミス研究部の部員三人ともが分かっていた。


(ずいぶんとご熱心なものだ)

 

 と、椿姫。


(……)


 そう、思考の中ですら無言の延寿。


(え、え? どどして延寿先輩が呼び出し喰らってっ……? ああ、あの原井さんとのこと? ふわあ……でもいつも怒る側の延寿先輩が怒られてるのってなんか珍し、レアな光景だぁ……)


 亜沙美はそんなことを考えて。


「延寿」また取兼が呼ぶ。はやく来い、との急かしだ。

 彼女がそうも怒り、感情を動かしているのは、瞭然の事実ではあろうけれども、ひとえに延寿のせいである。

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