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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
三章 未遂─Am I a lunatic?─
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顔切ラレ男(既定)

    ◇


 ──代わりにぬいぐるみの仇をとってあげたよ。殺したいほど憎かったんだよね。正しいでしょ、ほめてよ。


 ノートを破った紙片上の文面にはそのように記述されている。殴り書きで、崩れた字で。

 体育館裏の外壁上に塗布された血液はひとつのシンボルを形成しており、筆替わりに用いたものは傍に投げ棄てておいた。断面が削られ、一部が外壁に付着した。脳細胞の一部が外壁上を新たな住まいにしたみたいだ。

 延寿は手元の紙片から、眼前の死体へと視線を移す。

 瞭然と殺されている死体だ。あの状態で生きていると思う者はまずいない。

 殺したのは『案内人』だ。そう名乗っている。

 殺したのは『案内人』だ。ぬいぐるみの仇をとってあげた。

 殺したのは『案内人』だ。望みを叶えた報酬として褒めてほしがっている。

  

「……違う」


 歯噛みし、小さく首を横に振り、延寿はそれを……()()()()に分かたれたそれを睨みつけた。呆気にとられた表情のそれは、片方は地面にべちゃりとただ落ちていて、もう片方は断面が削られて放られている。脳漿こぼれ出るその様は、つい先日の彼の親友の死に様と類似している。


「こんな行為が……!」


 殺してやろうかと、確かに思っていた。けれどももう殺せない。

 殺してやりたい程憎いのは当たっている。代わりに他の誰かが殺してしまった。

 

「正しいわけッ、ないだろう!!」


 だが実際に殺すのは違う。それは俺の正しきと真っ向から衝突する。それは俺ではない。憎いからと他人を殺し法を破る不正者は俺じゃない。頼んでもいないのに殺すな。そもそもが頼むことすら確実にない俺の望みを勝手に捏造するな……!

 

「どこまで、お前は……!」


 俺を……俺を苛立たせる! ──そんなことを、思っているはず。

 沸々と起こっている怒りを剥き出しに、延寿はぐしゃりと紙片を握りつぶしていた。

 

「……!」


 彼は深く息を吸い、吐き。それを数回繰り返し、なおも熱が引かない様子。憎悪の炎が鎮まらないご様子。眉間に深い皺を寄せて、彼の頭を彼の身体を雨が打つ。すっかりと身体は冷えてしまっていることだろう。

 そして彼は物理的に強制的に身体を冷やし続け、ようやく怒りが収まってきたようだ。

 さきほど転がるように駆けて逃げて行ったあの教師はまだ戻ってこない。まあ、やがては戻って来よう。警察を引き連れて、殺された者と殺した疑いのある者(殺していないのは瞭然だけど)のいる場所へと。


「……」


 雨に打たれて、延寿は同じく雨に打たれている原井和史のどう見ても死んでいる姿を眺めている。カッターナイフで切り付けられただけだったのならば、すぐに病院に運ばれればともすれば助かったのかもしれない。だが、それは顔がきちんと繋がっており、中身が零れ出たりしていなければの話だ。今には当てはまらない。

 今日、延寿がここに来たのは呼び出されたからだった。

 授業の合間の休憩時間、延寿のいる教室へとやってきた原井和史本人にだ。心底憎んでいるだろう双眸で延寿を睨みつけ、「放課後、体育館裏に来いや」と時代錯誤な呼び出し場所を一方的に指定し、そのままずんずんと去って行った。

 その光景を延寿のクラスメイトの多くが見ており、延寿の幼馴染の立ち位置を今となっては占めることとなった花蓮もまたそうだった。

 険悪な雰囲気だったのは明らかであり、剣呑な余韻を残す教室内で、花蓮は不安そうな表情で延寿へと近寄り、「行かない方が良いよ」とか細く言っていた。彼女はいつも延寿を止める。いつもは言葉で、涙で、ときにはその華奢な両手でもって、思い、切り……! 時期じゃない。安寺冬真と桐江汐音の件を含めた傷はまだ彼女の中では全く癒えていないようだ。癒えている筈がないか。そんなときにこれだ。彼女を不安がらせるような出来事を原井和史は持ってきてくれたのだ。その一連がまた、延寿の中の苛立ちのひとつとなっている。


 放課後になってすぐ、言われたとおり延寿は体育館裏へとやってきた。

 いつものごとく一人で肩を怒らせて先に到着していた原井和史()()()()()は律儀に地面の上に行儀悪く胡坐をかいていた。頭部のほうはといえば、首元を離れて、斜めに分断したために地面に落ちていた。本来ならば和史の頭がついている箇所には代わりに変色した腕──彼女の()()を刺しておいた。


「……」


 延寿は疑問に思っているだろう。

 原井和史の身体にはきちんと両腕がついている。

 だというのに、彼の身体の頭部がある筈の場所に、新たに腐った腕が生え出ているんだから。

 その第三の腕は腐乱の途上にあった。首から先がなくなってしまったから、ひょっとすると身体がどうにか欠損を補おうと腐った腕を生やしたのかも。絶えかけている生命の灯を無理に燃やすことにより腕を生やしたという可能性も一蹴するのは早計だ。とりわけ、現状を鑑みれば……


「なんで、こんな真似ができる……」


 内燃する感情とは裏腹に、延寿の口から出てきたのは冷静で、淡々とした疑問だった。人間どこまで気狂えば、ここまでの所業が可能となるのだろう──そんな疑問に満ちた眼。

 外壁に描いたのは子どもみたいなシンボル──込めた意味は()。あんまり上手く描けなかったのが悔やまれる。斜めにすっぱりと断たれた頭部。座す首無しの胴体に突き立てられた第三の腕……見渡す延寿の視界の内に、映る凶器はひとつもないはず。

 人の頸部と顔面をこうも手早く綺麗に切断できるようなものはこの世界のどこにもありはしないだろう。


 パトカーのサイレンの音が遠くに聞こえ、近寄ってきている。


 クラスメイトは今日ここに延寿が来るかもしれないことを知っている。来て、彼が和史と揉めるだろうことを予期している。そして現に和史は死に、延寿は生きている。あの寺戸という名前の教師にこの場──殺人現場を発見され、転がりながら逃げられた。さて、誰が殺したと思うだろう?


「……俺は違う」


 うん。違うよ。

 幸いなことに、和史は首をすっぱりと切られ、その上で顔を斜め半分に断たれている。

 人間の頭部と胴体を切り離すのは一苦労だ。切断用の道具もいるだろう。顔だってそうだ。頭蓋に阻まれる。今ここにはそれらの道具がない。時間だってない。確実に俺ではない、って顔。そう、確実に延寿キミではない。

 やがて寺戸が大勢の制服警官を引き連れてやってきた。

 来た時には死んでいた、と延寿は正直に事実を伝えていた。

 そして延寿は、ただ『案内人』の犠牲者となった気の毒なぬいぐるみ傷害犯の第一発見者となった。皮肉なことに、犯行の手際があまりにも人間離れした域にあったが為に延寿は除外されたのである。これが彼にも可能な犯行であったのなら、工作用の大型カッターナイフで首を切っただけの人間味あふれる殺害であったのならば、彼には殺人の疑いがかけられただろう。幸い(幸い!)にも、殺人鬼は人を外れたわざでもって、延寿にかかり得た冤罪を消し去ったのだ。

 『案内人』か『延寿由正』か。

 その二択だけの容疑者から、『延寿由正』を抹消してくれた。すると残るはひとつだけ、この殺人は『案内人』の仕業であり、理由の全ては、外壁に残したシンボルに集約する。だって、その男の子は確かに望んでいたんだもの──憎い憎い憎い傷害犯、大切なぬいぐるみを傷つけた許せない先輩を、どうか、だれか、俺の代わりに殺してくれ、って!


    ◇

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