顔切りつけられ男(決行)
原井和史が殺されたようだ。
よう、ではないか。殺されている。目の前で。
延寿由正の目の前に、原井和史の死体が転がっている。
あいにくと降り出した雨に打たれ、或吾高等学校の体育館の裏で、灰色の放課後の時間が背景に流れている中、昨日の昼休みに延寿と和史が衝突したその場所に今、顔を切りつけられたらしき原井和史が微動だにせず転がっており、その傍には凶器と思わしき工作用のカッターナイフが刃を全開まで出して放り出されている。哀れな被害者は顔のみではなく、首までもがばっくりと切られて……勢いよく飛び出ただろう多量の血液を雨が洗い流し始めたこの場──殺人現場には現在、延寿しかいない。
故に、原井和史の首を切りつけて殺した犯人は延寿だ。
動機もある。和史は延寿の親友であり先日『案内人』に襲われた安寺冬真の製作したぬいぐるみであり延寿の幼馴染である鷲巣花蓮が所属する図書委員会の所有物である『読鳥ん』をあろうことかカッターナイフで切り付けて傷を負わせたのである。それも自業自得の私怨でだ。そんな事実が存在する。しかも現在の一日前にこの場所で、延寿と和史は揉めた。そんな過去がある。
動機はある。十分すぎるほどにある。
延寿由正は原井和史を殺害するに足る経緯を持っている。
傍から見ればそれは既遂の殺人で、念願叶ったりのぬいぐるみの仇討ちに他ならない。
「延寿!! お、おおっ、お前! なななな何をやっているんだ!!」
その為に。
和史の死体の傍で佇み、手にしている一片の紙切れを呆然と眺めている延寿を発見した寺戸昌夫生徒指導主事の中では──延寿由正が私怨により原井和史をカッターナイフで切り付けて殺したのだと、確定した。
「警察、そうだ警察だっ……! いや救急車なのか!? ええい両方だ!!」
「……」
転がるように逃げて駆け往く寺戸の後姿を、延寿は無言で見送り、また手元の紙切れに視線を戻した。
──『ガイドが異世界に送りました』
几帳面に折り畳まれていたB5サイズのルーズリーフ上の文面にはそのように記述されていた。丸っこい、少女のような字で。
折り畳まれた紙を開いた際、或吾高校の校章が入ったボタンが落っこちた。
(模倣犯……)
涯渡紗夜の、言っていた。
延寿は周囲に視線を巡らせる。こちらを窺っている者は一人もいない。体育館の外壁で視線がとまる。飛び散った血液の夥しさがいやでも分かる。眼下に転がる原井和史の首は余程の怨念を込めて切りつけられたのか、中身をさらけ出している。彼は殺されている。殺されているのだから、殺した者がいる。
殺したのは『案内人』だ。そう名乗っているのだから。
殺したのは『模倣犯』だ。ボタンという証拠があるのだから。
殺したのは『延寿由正』だ。そうするに足る理由があるのだから。
容疑者は三択だ。
「……馬鹿な真似をする」
『案内人』ではない。この名乗りは偽りだ。
「……」
『延寿由正』ではない。しないからだ。
「…………」
この犯行においては……『模倣犯』が、犯人だ。
涯渡紗夜が前もって教えてくれていた『模倣犯』という存在がこの殺人を行った。




