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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
三章 未遂─Am I a lunatic?─
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新たな日

 事情を知った後、花蓮はしばらくの間無言だった。わなわなと震え、やるせないと首を振り、歯を食いしばり、両手で顔を覆い……、


「……こんなの、ないよ」


 絞り出すように、そう吐いた。

 悲しみを憤りを、彼女は吐き捨てた。なぜこのようなことが起こった、起こり得た、そんな馬鹿なことが、起こっちゃいけないことが……だが現に起こったのだ。既に発生した事柄を、もしもそんなことが起こらなかったら、などと空想するのは不毛だ。その空想の中に救いを見つけども、背後に打ち捨てられてしまった過去など──そして時間は前へ前へとしか進もうとしない確然の摂理が為に──もう決して掴めないのだから。

 

「ごめんよっちん。ちょっと、今日はここまで。これからのこと、また後で話そ。日程も決めなきゃだし」

「……分かった」


 意気消沈した彼女にかけるべき言葉を、悲しいかな、延寿は持たない。

 だがそれでも、何かを言わなければというのは知っている。「花蓮」


「なに?」

「俺たちが気に病みすぎることじゃない。もう過ぎたことだ」

「それはっ、そうかもしれない、ん、だけどさぁっ。でも……!」


 彼女の声には怒りがこもり、息遣いのみとなる。歯を噛み締め、涙をこらえて、やり場のない矛先を延寿へ向けねばならない自身に軽蔑すらを込めつつ、嗚咽が漏れかけるのを尚も抑えて、


「…………ううん、ごめん。これ以上話してたらね、わたし、たぶんよしまさにこのもやもやをぶつけてしまいそうだから……また、あした」


 そうして今度こそ、会話は途切れ、別れとなった。


「……」


 延寿は無言でしばらく頭上にあるカーブミラーを見上げ、やがて静かに目を瞑った。暗闇と無音。内側に燃え盛る何かを、鎮める時間が必要だった。


(…………なぜ、邪魔をするのだろう)


『案内人』は歪の極致だ。そして自らを正すこともしない。


「…………いったい、誰だ」


 誰かではある。 

 花蓮ではない。冬真でも汐音でもない。それ以外の誰か。

 あまりに多くの容疑者の中に紛れ込んでいるソレは、悪影響しか及ぼさない。前向きであろうと後ろ向きであろうと、意識的にしろ無意識にしろ、あまねく生きようとしている人々の足を引っ張ろうとしている『案内人』なる人殺しに、その存在に、見いだせる一片の価値もないように思えた。



 次の日、寝覚めの悪い朝を経て、或吾校内に延寿はいた。


「きみ、シャツが出ている。すぐに入れろ」

「はあ? 何だおまっ……ぁ、はぃ。すみません……」


 いつものように、ズボンからシャツを出しているずぼらな男子生徒に注意し、反抗の眼差しで振り返ったその男子生徒を無言の直視と圧で鎮めているところで、ばったりと椿姫に出くわした。

 

「由正」

「どうしたんですか委員長」

「……」

「……」

「……」

「……獅子舘さん?」


 呼びかけたというのに何も言わずにじっと見てくるだけの椿姫を、怪訝そうに延寿は見る。


「安寺の件は……残念だったな」


 椿姫の言葉は、慰めだった。


「……そうですね」


 そう言うと、もうそれ以上に話す言葉はないと立ち去ろうとした延寿のその背中に向けて


「ああそうだ。いちおうお前に伝えておくが、今日、涯渡が部室に来るぞ。内容は聞いていないが、何か話したい事があるとのことだ。だからお前に覚悟する時間をやろう」

「分かりました」


 背中で簡潔な返事をし、延寿はさっさとその場から立ち去った。

 


 放課後になった。『案内人』の被害がまた出たのだと、今度もまた或吾高校内の生徒であり、二人いて、一人は先日に殺された安寺秋一の弟である……そのような話題が過ぎ去っての夕暮れだった。

 文化棟に向かうために延寿が廊下を歩いていると、


「あ、延寿ー」


 呼びかけ、ぱたぱたと駆けてきた誰かが、背後から延寿の肩に手を置いた。


「廊下を走るな」


 延寿の第一声は振り返りもせずの注意だった。「ごめんにゃさい」軽く謝り反省の様子皆無のその者へ、延寿は振り返りつつに、


「……何か用なのか、小比井」


 小比井美衣は一瞬戸惑ったように口ごもると、一転して真面目な表情を浮かべ、


「冬真と汐音ちゃんの件、あれ、やっぱりガイドにゃん?」


 そう尋ねた。


「ああ」


 心底くだらないと吐き捨てるような延寿の答えに、小比井は「マジかよ」と言葉を失い、「あ。マジかよにゃ」と訂正した。


「用事はそれだけか」

「え、ああ、それだけ……にゃん。それじゃあ」


 思い出したようににゃんを付けて、小比井はまた何処かへ去ろうとし、


「ああそうだ延寿、もしも花蓮や誰か人に会うつもりなら少し表情を柔らかくした方がいいにゃん」

「……?」

「自覚ないのね、仕方にゃいけどさ。今の延寿、人殺しみたいな眼をしてるよ。もう既に何人か殺したんじゃないの? ってカンジの眼つき。今振り返った延寿の目ぇ見たときにぇ、『あ、わたし死んだ』と思ったもん。正直めっちゃ怖いにゃ」


 じゃ、と今度こそ小比井は去って行った。きちんと歩きで。恐らくは図書委員の活動か、入っているかは分からないが部活だろう。

 

(人殺し……)


 そのようなつもりはかけらもなく、至っていつも通りの表情をしている。

 友人を『案内人』に襲われた男という印象が、怒りを纏っているように思わせたのだろう。それか本当に、人殺しのような目つきを……「……正しくない」人など殺すか。そんな法に背く行為を、俺が、するものか。してはならない。あってはならない。


 眉間の皺をより深め、表情の険の度合いを強めつつ延寿は文化棟へと向かった。

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