後日談のⅡ─207578C5H5N55931C5H6N2O2169291─
「ようこそ、ロンクーラへ。勇者さま候補様」
『さま』が被っているのはワザとか。
「まず私から名乗っておきましょう、私の名は、ユニ、です。そこらの平民とは比にならないほど高貴な身分に当たりますので、ユニ様と呼んでいただいて一向に構いません」
金髪碧眼、身にはおとぎ話の姫みたいに華やかな服……実際、姫だろうな。淡々と傲慢さを出してくる様子から見ると、性格はあまりよくないように見える。まだ、第一印象ではあるが。
「あなたでちょうど……今日、何人目の転移者でしたか。十人目とか三十人目とかそのぐらいだったように思います」
「テキトーだな」
「仕方のないことです。遠い遠い昔にオリジヴォラ様がぱぱっと造り上げたとされる『人類救済の門』の門扉は常に娼婦の股のように開けっぴろげになっていまして。私たち人類が閉じ方を失い幾年もの歳月が流れての今です。おかげさまであなたのような転移あるいは転生者が掃いて捨て……おっと、けふんけふんっ……ええと、掃いて捨てるほどいらっしゃるわけですね」
「今言い直そうとした必要あったか?」
余計失礼になっただけだと思うが。
そんなワタシの言葉を聞き流し、目の前の女はふてぶてしく言葉を続ける。
「ここへいらっしゃるときにオリジヴォラ様に頂いたお名前は──セレベル、でよろしいですね?」
「そのオリジヴォラって誰のことだよ」
まあ、誰なのかという予想はつくんだけどさ。顔も浮かんでるし。
「質問の答えを得たいのなら、まず私の質問に答えることですよ」
「……セレベルでいい」
「はい。それでは勇者さま候補様改め──セレベル様、とこれからお呼びします。セレベル様のご質問であるオリジヴォラ様とは誰か、とに対するこれは答えとなりますが──オリジヴォラ様とは、女神、です。この世界ロンクーラを創りあげたと伝えられる、偉いという言葉を置いてけぼりにするほどには、それはそれは偉い人です……追いついてしまいましたね、まあとんでもなくえら……えろ……高みにいる人だと認識していただきたく思います。くれぐれも余人の前で呼び捨てはされぬように。女神を信仰する者は多く、その度合いも多様です。様をつけなかっただけでも殺されかねません。実際つい最近やってきた殿方もさくっと殺されていましたし」
物騒なことを、女はとてもつまらなそうに言ってくれる。
「オリジヴォラ様に私たちがお目にかかったことはございません。ただ、セレベル様のように門からぺいっと排出された方々は皆一様に、真っ白な空間で真っ白な服を着たいやらしい体つきのお姉さまから名を貰ったと言っていたと記録に残っております。伝え聞くその姿は私たちの知る壁に描かれた女神オリジヴォラ様に似ているため、たぶんそれオリジヴォラ様だなという推測のもと、こちらの対応もそれに合わせたものへとなりました」
「なんか、適当だな……」
すると女はこほんと咳ばらいをし、改まったように目に鋭さをまとわせた。
「さきに言っておきますが、私たちロンクーラの民は、あなたがた転移者の方に重荷を背負わせるつもりはございません。来てしまった者はしょうがない、と受け容れます。あなた方が口々に尋ねる『敵』も、いはしますが、倒してくれとは言いません。どうしても倒したいのなら、まあ、べ、べつに倒しに行ってもらってもかまいませんけれどっ」
ふん、と腕を組んで顔を真横に逸らし、ツンツンとした口調でけれども無表情に女は言った。
若干イラっとしたが、仮にも目の前の女は説明を聞く限りでは姫にあたる。言葉を抑えておいた方が後々の為にも良いだろう。
「……私たちは、あなた方に期待をしておりません」
冷ややかに差すような瞳で、姫が言う。それまでも無表情ではあったが、今のこいつの顔は冷徹で鉄仮面めいていて……相手を冷たく突き放すような、鋭い表情だ。誰かを思い出すような……誰かを、ダレかを、ダレカヲ。
「はっ。薄々分かっちゃいたが、そっちが本性で、本音なわけだ」
「はい。転移者の方は大勢来られて、ロンクーラの大地には多くのお墓が増えました。治癒士も葬儀屋も大繁盛ですよまったく。あなた方は確かに女神様から天恵を賜っています。ですがそれは『敵』が強大であることを証明する以外に役に立っていないのが現状です」
「ははっ。けど今度は違うかもしれないね」
「期待しております。あなたの言葉が事実であることを、心から……」
そこで姫は口角を吊り上げ嘲るように、仄暗く灯った眼光を真正面から向け、
「どうぞ、この蝕まれつつある哀れな世界に救いのご慈悲を、勇者さま」
ああ、腹立つ……こうまで皮肉たっぷりの言い回しをされると。意地でも、何が何でも救ってやりたくなるほどに。
「我が国の解析官が、あなたが授かった天恵を視てくれることでしょう。こちらへ」
ウェーブがかった金色の長髪を翻し、ついてこいとユニがワタシを見る。煌びやかなドレスを身に纏う後ろ姿についていくと、灰色に囲まれた殺風景な小部屋に入れられた。木製の簡素な机があり、奥側の椅子には一人の男が座っていた。
「手を出してください。どちらの手でも構いません」
なんだ。手相占いか?
「ああ……」
右手を差し出すと、がしっと掴まれた。
「それでは、少々失礼を」
男が言うと、
「ヅっ……!?」
掴まれた右手に灼けるような痛みが走る。手の表面を光点が走り、レーザーで焼かれるみたいに煙が立ち上る。ジジジと手の表面が焼かれ、耐え難い痛みに裂かれていく。
「おま、え、なにをするんだっ」
抗議の声に、「通過儀礼です。もしもセレベル様が『敵』と戦おうというおつもりなら、それ以上の痛みと苦しみに出会えますよ」というお姫様の有難いお慰めが返ってきた。くそったれが。
「終わりました──セレベル様には、『隠密』の素養が与えられているようです」
光点に縦横無尽に焼かれた右手の平には、幾何的な模様が浮かびあがっていた。三角形が幾重にも重なった、よく分からない形の中に……小さな円が二つ上と下でくっついているものに、なんか……崖を真横から見たみたいな記号、そしてこれは円の右側だけがなぜか欠けているやつに、そして……なんだこれ、円の左だけ欠けているやつの上に、直角……にしか見えないものな、直角が乗っている。それで、……あー……縦線二本のちょうど真ん中に、横線。そうとしか言えないし……そして、縦線が二本、だけ。そのあとにも何か記号がめちゃくちゃ続いていて……あー、意味わからない。どういう意味合いなんだ、これ。
「その文字列は──フービタオビ」
「ふうび、たおび……?」
「オリジヴォラ様が用いるとされる言葉です。ロンクーラの大地やら樹々やら岩やらに刻まれていたり────いなかったり」
ワタシの手のひらを覗き込み、ユニは神妙な表情でふざけてるとしか思えない言い回しをする。
「ちなみに私は一級のフービタオビ解読士です」
えへんと胸を張るユニ。
「じゃあこれなんて書いてある?」
「さっき言ったじゃないですか。『隠密』です。この程度の長さのフービタオビなら余裕過ぎて虚しさすら感じます……ああ、意味の説明までご所望でしょうか、隠密というのは、暗がりに隠れて生きる、後ろ暗い生をゆく者の素質ですよ。罪人……暗殺者向きの天恵ですね、がんばって」
ユニの言葉は平板で、ただそうだからそうと言っているだけだった。憐憫も侮蔑も、おおよそ感情というものがそこにこもっていない。その振舞いに、なぜだか無性に腹が立った。
「セレベル様、試しに『出てこい』と叫んで頂けますか」
「は? なんでだよ」
「なにか出てくるかもしれません」
なにか出てくる、ってなにが出てくるんだよ怖いな。
「……出てこい!」
……………………。
「……ぷぷっ。出てきませんでしたね」
「おい!!」
「まあまあそう怒らずに。そういうこともあります。ちなみに出てくるときはなにか出てくるんですよ。書物とか、杖とか、刃物とか、根菜とか。何か出てくるんです。私たちもよく分からないんですけどなにか出てくるんですよ。セレベル様は何も出てきませんでしたが」
「ああ、出てこなかったな……」
「ぷぷぷ」
「この……!」
やっぱりこの女ムカつく。
「セレベル様に丸腰で城の外へ出させるわけにもいきませんから、武器庫からお好きなものを一振り…………」
言葉の途中で、ユニの視線がワタシの右手に固定された。ワタシの目線も、ワタシの右手に向けられている。
「出てきたではありませんか。なにかよくわからない服? のようなものが。ひとまずおめでとうございます」
お祝いの言葉。
ワタシの右手には、
「……?」
真っ黒な、綺麗に折り畳まれた服のようなもの。材質はすべすべとしていて、少なくとも布ではない。広げてみると、
「……雨合羽」
雨合羽だった。
ワタシにはぶかぶかの、大きなレインコート。ああ、アレが駆けてくる。一人で来たワタシが愚かだった。一人で来る羽目になった事態を引き起こしたワタシがバカだった。刃物、刃物が、ワタシの、ワタシを、殺そうと、首筋を────「セレベル様。いかがなさいましたか?」
ユニの言葉に、ワタシは自分が蹲っていることに気付いた。冷や汗と、身体の震えもある。真っ黒なレインコートは石床の上に放り投げていた。
「そのアマガッパ? とやらに恐怖されているのですか。確かにそれからは、大きな力を感じますが……」
なぜ、ワタシはこれを恐怖しているのだろう。
分からない……アあ、分かラなイ。