テラトーマ
心の何処かでは、誰しも大切な人が不死身だと思っている節がある。
実際のところそれはありえないのだが、願望が常識の顔をして居座っている。
複数に分かれた少女の傍にうずくまる少年──安寺冬真もその例外ではなかった。
死ぬかもしれないが、死なないだろう。
そのような前後で矛盾した考えを無意識下に控えさせていた。
「……」
冬真は濡れた地面に膝を付き、大粒の雨を全身に受け。
無言で、少女の遺骸を凝視していた。さもそうし続けることで彼女の身体が自然にくっつき、また動き出すと信じているかのような純真さと無知さを醸し出していた。
「……死んだ」
口に出し、冬真は我が言葉を耳で聞く。
死んだ。どう見ても生きていない身体に彼女はなった。だから死んだ。
「そうか……死んじゃったか」
トラックに轢き潰されて。俺を押して助けて。
驚くほどの冷静さを、冬真は自覚していた。冷静な頭は冷静に、理屈を打ち立てていく。
「トラックか……ハハ。『案内人』にじゃあ、ねえのな」
『案内人』であれば、ともすれば異世界へ彼女は行けていた。
あの、希望と期待を抱いていた異世界にである。
桐江汐音が微かに行きたいと思っていたであろう広い広い世界にだ。
だが、トラックだ。ただのトラックに人を異世界へ飛ばせる何があるという。
「ガイドなら、せめてお前は……」
『案内人』ならば。
『案内人』であれば。
『案内人』がここにいれば。
『案内人』が死因であったのならば。
『案内人』に彼女が殺されたのであれば。
『案内人』が桐江汐音を殺したのであれば。
『案内人』ならば、異世界へ、案内してくれたのではないのか?
「いや、まだだ……! まだ手はある。あるんだ。あるに決まっている……!!」
そう望んでいた。
桐江汐音はそのような望みを持っていた。
広い世界を見たがっていた、病弱虚弱な彼女は!
異世界、異世界異世界異世界────ああそうだ。そうだそうだ! 異世界こそ!! 彼女の望みを叶えるに相応しいじゃないか!!!!
「っ!」
放り投げた買い物袋の中身を取り出す。
不要であろうものを、放り投げる。
「俺は、お前の望みを叶えたい」
必要なのは──
「叶えたいんだよ……!」
ソレを覆える生地と、縫い合わせられる糸。
そのための裁縫道具。
「すぐに、叶えてやる」
彼女の身体たち。
「少しだけ待っていてくれ」
冬真は彼女の傍に蹲り。
頭を。
髪を。
腕を。脚を。骨を。皮膚を。脂肪を。肉片を。脳を。臓器を。
入れられる限り、買い物袋の中に詰め込んだ。
「作ってやる──そして『案内人』に連れて行かせる」
胎児を創ろう。
異世界に転生した最初の姿に相応しい胎児を。
「死んだけどさ、汐音。まだ、終わっちゃいないよ。終わっていいわけがない。望みが叶っていないだろ。だからさ、ダメなんだ、終わらせてはダメだ、ダメだ……! 俺が、終わらせないからな……!」
胎児のガワに彼女のおおよそを詰め込み。
「待ってろよ、汐音」
そうして『案内人』に、殺させる。