夕暮れ、別れ
「今日は楽しかったねー」
ふふふーっ、と上機嫌に笑い、笑い、花蓮が買い物袋を片手にくるりと回る。
延寿たち四人は背中から入相の朱に押され、帰宅の途についていた。
朝の待ち合わせ場所である月ヶ峰駅の駅前広場まで来たところで、
「ここらで別れよっか」
そのように花蓮が切り出した。延寿と花蓮が帰る方向と汐音の家は方角が違っているということもあるが、なにより、
「きちんと家に送り届ける約束なんでしょ、とーまぁ?」
「当然だろ」
一日の余韻を二人きりで浸ってほしいというのもあり、そして微かに冗談めかして本心隠し、
「よっちんは荷物持ち兼護衛であたしと来てほしいかなー?」
そのような目的も僅かにだがあった。「そうだな」といつも通りの鉄仮面で頷く延寿に、「ありがと」と花蓮は溢れ出る嬉しさを抑え込んだ。
「しょうがねえな。なら、ここまでだ」
意図を察したのか冬真は余計なお世話をとばかりに笑って言うと、「今日はありがとう」と礼を言った。傍の汐音も「ありがとうございました」と頭を下げている。
「礼を言われるようなことしてないってば」
花蓮は笑うと、「じゃーねー」と手を振り、延寿も軽く会釈をし、二人となった帰宅の途についた。
延寿と花蓮の帰路は他愛のない話と一日の感想と冬真と汐音の微笑ましさに関しての話題で埋め尽くされ、『案内人』の陰も形もない、平穏な帰り道となった。
一方で、冬真と汐音は。
「今日……ほんとうに楽しかったです」
「そうか。それは嬉しいな」
車道の端に設けられた歩道を二人、のんびりと歩いていた。
「冬真さんは、どうでしたか」
「楽しかったさそりゃもちろん」
「ふふふ」
太陽はもう地平線の奥に落ちていき、夕暮れは霧散し街中には薄闇が混じり始めている。黄昏どきだった。
このまま歩いて行けば平穏無事なまま、汐音を家まで送り届けられる。
ソーイングセットやら大量の生地の入った大きな買い物袋は冬真が持ち、車道側を歩いていた。車道には車が行き交っている。目の前には交差点が見えていた。
「延寿さんが風紀委員ということは知ってて、怖い人だってことは聞いていましたけど……」
「はは。話に聞くほどの怖さじゃなかったろ。静かで背高いから威圧感はあるけど、曲がったことが許せないだけの良いヤツなんだよ、あいつ。まあ、規則違反しなければの話でもあるけどよ」
会話は途切れない。
「花蓮さんも明るい人で、気も遣ってくれてて……優しい人です」
「うるさいんだけどな。気を遣う、というのも……まああるなあ。悩んだりもしてるだろうし……中々踏み込めていないところを見るとなあ……」
交差点まで来たときだった。
冬真と汐音は横断歩道の前で信号待ちをしていた。他に歩行者はいなかった。
左右の道からは、法定速度を遵守した車が行き交っていた。なんてことはない、それだけの光景だった。
何も無ければ何も起こりようのない……それだけの。
行き交う車の運転手の中には寝不足の者はおらず、眠りかけているものもいない。携帯電話を触っている者も、ハンドル操作を誤るような何かをしている者は一人もいない。……殺されている者だって、いない。
確実に、この場において事故は起こらない。
「あ────」
ソレに、先に気付いたのは汐音だった。
ソレは冬真と汐音が渡ろうとしている横断歩道の向こう側に、いつの間にか立っていた。
「あれって」
冬真も気付く。
真っ黒な、真っ黒なレインコートを着た