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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
二章 胎児─Here you are.─
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デート日和

 あっという間に週末が訪れ、ダブルデートの当日となった。

 薄曇りの、灰色の空だった。天は味方せずとばかりに世界は薄暗く、今にも雨が降り出しそうなほどである。天気予報も現に午後からの降水確率を高く見ていた。傘が必要かどうか前日に『NEST』のグループ内で議論された結果、『雨降ったらどこか近くで買えばいいじゃん、傘』という花蓮と冬真の楽観的な主張が優勢となり、最終的には傘は当日いらないというところへ落ち着いた。『みんなでずぶぬれになれば何も怖くないよ』という花蓮から個人で送られてきた適当極まるメッセージが延寿の会話履歴の最新である。


 延寿は無言で、そんな空を見上げていた。

 広がりのある、どこまでもどこまでも遠くまで世は存在するのだと確証する空。晴れていればなおのこと、そこには奥行きがあったのだろうが。


(……行けたのだろうか)


 彼女は、停滞を恐れ旅人になりたがっていたあの子は。

 空の広がりを、世界の広がりを今、実感できているのだろうか。ここから遠く離れて、あるかも定かではない異世界の中で……。死んでいないのだから、分かりようがない。『案内人』に殺されていない延寿では、ことの真相には気付けない。


 延寿はすぐ背後にある時計台の文字盤を見た。

 長針と短針は、それぞれ『6』と『9と10の間』を指している。

 待ち合わせの時間は十時であり、今は九時半。


 今いる場所は、月ヶ峰駅の目の前にある駅前広場の中、天を突き刺さんばかりに鋭利に聳え立つ時計台の前である。周囲に人は大勢行き交っているものの、見知った人間は一人もいない。

 延寿が一番乗りだった。

 いつもの制服姿でもなく、普段の学校生活では絶対に携帯しない携帯電話を持ち、長身を人の群れからにょきりと出して待っていた。


 そこでふと、延寿のスマホに『NEST』のメッセージが入った。

 ポップアップには、『だーれだ♥️』と入っている。

 送り主は花蓮だった。だから花蓮だろうと延寿は結論した。

 文面はいつもの彼女のそれとは違うように思うが、彼女の携帯からなのだから彼女に違いないのだろう。そのために、今背後で自分の背中になにか先の尖がったものを突き付けているのもまた──すると。

 ぱたぱたと駆けてくる花蓮の姿が、()()()見えた。

 彼女はこちらまで駆けてくると、


「あれー? よっちんしか来てないの?」


 そう、きょろきょろと辺りを見回す。「おうおう本日の主役は二人ともまだきてねえのかー? あー?」上機嫌な言動。


「花蓮……」


 延寿の背中には、今もなおソレが佇んでいる気配。

 鋭利な先端を持つ何かを、ぴたりと背中に突き付けてきている。今目の前にいる花蓮を名乗った何者かが、だ。花蓮とはまず間違いなく違う誰かが。時計台と自分との間にいつの間にか現われた、ワケの分からぬ存在が。


「……よっちん? どうしたの、そんな険しい顔して」


 どうすべきか。どうしたらいいのか。

 延寿は必死に思考を巡らせる。意図は分からないが、それが決して前向きなものでないということだけは分かっている。幸いといっていいのか、花蓮は気付いていない様子。

 背後にいるのは、害ある者だ。

 自分のみならず、ともすれば花蓮にまで危害を加えるような存在。そんなものを彼女に近寄らせようなどと誰が思うか。


「……トイレ、行きたくならないか」

「へ? ならないけど。ついさっき行ったもん……ってなに聞くのよいきなり。デリカシーってもんがないんじゃないの」 


 花蓮をそうと分からせずに何処かへと去らせる方法の第一は、まず失敗である。

 怪訝そうな目で見つめてくる花蓮に、延寿は眉を顰めた。背後の気配は途絶えていない。なんとかして、なんとかして彼女を、彼女だけでもどこかへ……、


「ん……うん? おお? あれ、あれーっ?」


 考えている間に、花蓮は持っている小さなポーチの中を見、そして真っ白なフレアスカートのポケットを、無地の黒シャツの表面を触り……「スマホ、落としたかも」真っ青な顔で、そう言った。

 延寿が手に持っている自らのスマホへ、再びの着信が入った。『NEST』のメッセージだった。『振り向いてよ。答え合わせしなよ』背中に触れる鋭利な何かの主張が強まった。


「うわあ……どこで落としちゃったんだろ。ここに来る間に別に妙なことはしてないもんなあ……横断歩道を渡ろうとしているお婆ちゃんの荷物を持ってあげて、黒い髪で綺麗な顔立ちの男の子……いや女の子だったのかなあ、あの子……に道を教えてあげて……そんだけ、それだけだよなあ……分かんないや。どこで落としたのあたし。よっちん分かる?」

「……!」

「よっちん……? なんだか険しいお顔だよ。お腹痛いの? ぽんぽんがぺいんしてるっぽい?」


 花蓮はきょとんとしている。

 花蓮のスマホの場所は知っている。俺は知っている。俺の後ろだ。後ろにいる誰かが──いや、この圧は、敵意は、殺意は……恐らくは『案内人』が、すぐ背後にいるその連続殺人鬼が、持っている。


「花蓮」

「え、う、うん。なに?」

「駅の忘れ物センターを一度訪ねてみたらどうだ」


 目の前の彼女をここから離れさせねばならない。

 幸いにも彼女は気付いていない。周囲の人間も気付いていない……()()()()()()()()()()()? 確かにいる。いるというのに。背後に。


「でもあたし、駅に近寄ってないし」

「なら交番だ。落とし物を預かっている可能性がある」

「う、うん……ほんとうにどうかしたの、よっちん。なんだか、必死だよ」

「早くしないと冬真たちが来る。今のうちに行っておいた方が良い。ことがスムーズに運ぶためにも」

「分かったよ、もう……」


 不満そうに唇を尖らせ、花蓮が交番の方へと歩いて行く。

 これでいい。これでいい。彼女は離れた。しかも行き先は交番だ。警察がいる。警察が彼女を守ってくれる。彼女に危害は加えられない。


 受信。『制限時間、近づいてるよ』


(いったい、誰が……!)


 見てしまおうか。見なければ進まない。

 そしてもし──もしも、『案内人』がそこにいるならば。

 俺に何ができる? 俺に何が出来よう? 叫ぶか。捕まえようとするか。できるのか。果たして。『案内人』による被害者の数が一人分増えるだけに終わるかもしれないのに。いやそれでも。そのために死に直面しようとも。その死は間違いなく()()()のだ──!

 意を決して「ッ!」延寿は一息に振り向いた。


「……」


 誰もいはしなかった。

 延寿の背後にはただ、時計台があるのみだった。

 そして視界の下、敷き詰められた御影石の上。ひとつのスマートフォンが落ちていた。


 拾い上げる。その色合いは、見知った人間のものだった。

 ついさっき交番へコレを探しに行った花蓮のスマホだった。


「……」


 スマホを見つめて呆然と、いったい何分経ったのだろうか。

 

「ないってさー」


 花蓮が戻って来た。「あれよっちん。それ……ううん? それ、あたしのじゃね?」


「きみのだ」

「なんでよっちんが持ってんのよ」


 そう言う花蓮にスマホを渡しつつ、


「きみが来た方向の道の上に落ちていた」


 延寿はそのように言った。


「え、うそ。なんで落としちゃったんだろ。あたしに嫌気がさして逃げてったのかーこいつー」

「なあ、花蓮」

「なに?」

「『NEST』のトーク履歴を見せてほしい」

「いいけど……誰との?」

「俺とのだ」

「……自分の見ればよくない?」

「きみのを見たい」


 延寿の言葉に、花蓮は「どゆこと」と頭から疑問符を出しつつも素直に『NEST』を起動させ、履歴を表示した。そこには、さきほどの『だーれだ♥』『振り向いてよ。答え合わせしなよ』『制限時間、近づいてるよ』の一連のメッセージが残っており、全て既読がついていた。


「……なにこれ。憶えがないんだけど」

「きみじゃ、ないんだな」

「あたしのわけないじゃん。時間だってほら、ついさっき。あたしがスマホ失くしてた時のでしょ。え、なにこれ。誰かがあたしのスマホ使って、よっちんにこんなハートマーク送ったってこと?」

「そういうことになる」

「えあー……私、ハートマークなんて使わないよ。よっちんも知ってるでしょ?」

「知ってる。だから疑問に思った」

「え、こわ……なにこれ、こわあ……」


 ぶるりと震えると、花蓮はスマホをポーチの中にしまった。「個人情報とか抜かれてないよね……」「今度からロックをかけておくと良い」「そうするー……ひゃあ、考えれば考えるほどこわくなってきたんだけど……」


 我が身を抱く花蓮の向こう側から、知っている一人と、見たことのない一人が連れ立って歩いてきているのが見えた。

 冬真と汐音だった。


「来たみたいだな」


 延寿が言うと、「へ?」と花蓮は振り返り、「おーおー、主役たちのやっとのご登場ですかー」と途端ににやつき始めた。からかいモードに入ったようだ。


 延寿と花蓮の二人組の視線を受け、冬真は申し訳なさと若干の照れくささを混ぜ合わせた表情で、ようと手を挙げた。額には、怪我でもしたのか正方形の絆創膏を貼っている。傍らには大人しそうな同行者が一人、恥ずかしそうに連れ立ち、礼儀正しく深々とお辞儀をした。


「ようこそようこそ、こんにちはーしおん。今日はとーまくんのお守りよろしくね」


 開口一番に、花蓮が言う。冬真は不満そうな目をした。


「それでね、こちらの電柱みたいな人がよっちん。あた……かれ……わたっ、わたしの彼氏のえんじゅよしまさ先輩なんだよっ。ねえよしまさ!?」


 顔を紅潮させた鬼気迫る形相の花蓮に促され、延寿は頷いた。冬真が顔を伏せた。


「鋼鉄のような表情はデフォだからね、別に怒ってるわけじゃないよ、気にしないようにね」


 電柱呼ばわりされた延寿は「初めまして。冬真をよろしくお願いする」と小さく頭を下げた。「お前もかよ由正!」耐えかねた冬真からの突っ込みが入った。


「こちとらね、待ってる間にホラーな体験したんだからねっ」


 ああこわこわ、と花蓮。


「なにがあったんだ」


 尋ねる冬真に、「あたしが無くしたスマホからよっちんにメッセ入ってた」と花蓮。取り出したスマートフォンをひらひらと振り、「誰かぜんっぜん分かんないのがまた恐ろしいの」


「ロックかけとけよ」

「かけるよ今度からっ。よっちんもとーまも同じこと言っちゃってもう」


 そして花蓮は、「それで、とーまとしおんは、どして遅れたの?」

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