親友の恋愛模様
「由正」
「なんだ」
「今度の週末、出かけることになった……放課後、相談があります。鷲巣花蓮さんにも言っておいて頂きますよう申し上げたく思われます」
朝っぱらからのどんよりとした全校集会から各クラスに戻る途中の移動時間、最初は集団となっていた各クラスの生徒がばらけ始めたとき、ふと別のクラスである冬真がどこからともなく延寿のもとへとやって来て、それだけを言ってまた去って行った。最後にそっと付け加えられた気まずそうな妙ちくりんの敬語には、なにか不穏な予感が含まれていた。
「とーま、何の用だったの?」
延寿と冬真の一瞬の会話を目敏く見ていたのか、花蓮がそっと近寄り聞いてきた。
「放課後に相談があるらしい」
「そーだん? ってことは例の件?」
「きみにも来てほしい」
「え、あたしも?」
「ああ。冬真がそう言っていた」
「いいけどさ。なんだろ、とーまのやつ、いやらしいことかな……」
「それはないだろう」
延寿は真面目な返事をすると、視線を花蓮から逸らした。会話は終わりだと暗に示したのである。
花蓮はそんな延寿の動作に、「へん」としょうがねえなとばかりに小さく肩を竦め、そのまま自然な動きで友人のもとへと歩いて行った。
二人に周囲の視線が集まり始めていた、からだった。延寿由正と言う人間は、上背という点でも日々の行動の点でも、良くも悪くも目立つ男子生徒だった。おおかたは悪い意味で目立っていた。そんな延寿と、主に男子生徒の目を引くほどの容姿である鷲巣花蓮がいっしょにいると否が応でも目立った。自分が嫌われるのは良いが花蓮にまでそれが及ぶのは、延寿にとっては正しくないことだった……それだけである。当の花蓮本人は、そんなことを露程も気にしていないというのに。よっちんってほんとにぶきようでくそまじめだなあ、とそう思っているだけである。
そうしてこうして時間は経ち、放課後となった。
「今度の週末、俺たちといっしょに行動してほしい」
傾斜九十度のお辞儀で、開口一番に冬真は言った。
オカミス研究部へ向かう前に、延寿は花蓮、冬真と図書室の中に居た。あの後、花蓮が場所を指定し、冬真が一番先にやって来てからのお辞儀による出迎えだった。
「いくじなし」
瞬時に事情を察したのか、花蓮が容赦のない言葉を発した。
「いくじなしなのは認める。だが最もな理由だってある。桐江さんは俺の一個下、男性とのお付き合いもない。それがいきなり年上の男と二人で行動となると、やはり不安となるところもあると思ってだな。こうしておま……いや、あなた達に頭を下げている次第となります」
「はあ。不安なのは汐音ちゃんだけじゃないでしょうが。とーまだってお付き合いの経験が無いから不安なんでしょ」
「ああねえよ。だがそれはお前だってねえだろ」
「あたしのことは今は関係ないっ、あんまりいやなこと言うと断るからねっ」
「すみませんっしたっ」
再びの九十度だった。
「……花蓮、お前は賑やかなやつだし、いちおう女子に分類されるし、いてくれれば桐江さんも心強いとは思うんだ」
「いちおう女子ってなに?」
「え、ああすまん、ちょっとポロっと出てきた。悪気はないんだ」
「いちいち失礼じゃないの、とーま。それに桐江さんが桐江さんがって、こうなるに至った原因を汐音ちゃんにまるっとかぶせようとするのはあたし、良い印象がないんだけど。とーまだって不安なんでしょ、だからあたしたちに頼んでる。汐音ちゃんに一生懸命見栄を張ろうとするのは見てて面白いから良いけど、あたしたちにまで見栄を張る必要はないんじゃない?」
口をへの字にして苦言を呈す花蓮に、冬真は「……まあな。不安でしょうがねえんだわ」とバツが悪そうに自嘲めいた笑みを浮かべ、
「頼む。由正、花蓮。いくじがなく度胸もない友人の為に、二人の貴重な時間を費やしてほしい」
そう、再三頭を下げた。
声色は真剣で、そこには本気が含まれていた。どうにかして前に進もうとしていて、その度胸を持つために友人達へと頭を下げている。
「どうするよ、よっちん」
そんな冬真を見、花蓮は延寿を見上げた。決定権を委ねつつも、花蓮の心は決まっていた。延寿もまた同様に、
「断る理由がないな」
親友に協力しようと、決めていた。
「……助かるよ」
冬真が頭を上げ、照れたように視線を伏せて、
「ダブルデートという体でいくからな」
そんなことを、ぽつりと。
「……んん? 四人で遊びに出かけるかんじじゃないの?」
花蓮の問いかけに、
「いや、ダブルデートだ。俺は桐江さんとデートをし、そこにお前たち二人組がデートという体となる」
「いやいや待って待ってよとーま、あたしとよっちんがデートということにする必要なくない?」
「いやなのか?」
「んぬっ……いやとかそういうわけじゃなくてっ。そしたらあたしとよっちんが恋人同士ということで汐音ちゃんに通さなきゃなんないじゃんっ。そうする利点は」「いっぱいあるだろ、少なくともお前には」「う、うっさい! よっちんだってそうでしょ? あたしと恋人同士となれば、風紀委員のよっちんとしても立場がないでしょっ。だってあれだよ、不純異性交遊云々に抵触しやしませんかい風紀のダンナぁっ!」
顔を赤くし、テンパり、パニくって、花蓮は延寿へ言葉を求めた。
「不純でなければ良いだろう。単なる異性交遊を、校則は禁じていない」
「ばーかっ! よしまさのばーかばーかばーか!!」
羞恥と戸惑いとなんやかんやの感情が混じり合い語彙力を失った花蓮の罵倒を受け、延寿は気にすることもなく、
「桐江さんは知っているのか」
「ああ。俺が先に言ってしまったからな……『俺の友人のカップルが今度の週末出かけるらしいから、きみが良ければ俺と一緒にあいつらと遊びに行かないか』とな。だからこれは事後承諾だ。マジすまん」
「過ぎたことだ。しかし、その言いようだと俺たちが出かける中心となってしまうが、何処に行くかはきみが決めるのだろう?」
「それはもちろんだ。そこまで手を煩わせねえよ。予定が決まれば連絡を入れる」
「ああ、分かった。そういうわけだ、花蓮」
そう、延寿が花蓮へ向くと、ジトっとした涙目に出くわした。
「……ばーか」
おそらくはきっと肯定の返事なのだろう。延寿はそのように受け取った。
集まりはそこで解散となり、延寿はそのまま、オカミス研究部の現状は三人だけしかいない集まりに出席するため、文化棟へと向かった。
「あ、延寿くんやっと来た」
アルカイックな笑みが、部室に入った延寿をまず出迎えた。
「生徒会長……なぜ、ここに」
涯渡紗夜が椅子のひとつに姿勢よく着席していた。窓際には、獅子舘の後姿があった。その少し離れたところに黒郷が着席し、ノートに何かを記入している。
「ん、ちょっと遊びに来たんだ。そのついでに、日誌についてもね」
紗夜は黒郷の方を一瞥し、延寿へ言った。
「今、黒郷さんが書いてくれているのが、部活動日誌。日々の活動記録だね。定期的に私たち生徒会が見させてもらうよ。ちゃんと生産的な活動が出来ているのか、を……もしもできていなければ」
「ぷちっと潰されるぞ。優しそうに見えて、紗夜は冷酷だ。目的を叶える為ならば手段を問わないところがあるしな」
窓の外を眺めていた椿姫が振り返り、からかうような笑みを多分に含んでそう言った。
「椿姫。冷酷はひどいんじゃないかな。私はただ、だめなものにだめって言ってるだけだよ」
もう、と紗夜は不満げに眉をひそめた。
「あはは。それは悪かった、生徒会長殿。部に昇格させてもらい、さらには部室まで宛がってもらった恩がある、これ以上は何も言わないさ」
「私はすべてに平等だよ。贔屓とかは一切しないから、しっかりとした活動をね」
「承知している」
それじゃあ、と紗夜は立ち上がり、入り口に立ったままの延寿の前まで来ると、「ちょっと延寿くん、こっち来て」と延寿の袖を引っ張り、部室の外の廊下へと連れ出し、
「身体は、平気?」
小声で尋ねた。先日の巌義麻梨の件について言っているのだと、延寿は分かった。
「症状は何もありません。投与された量がそこまで多くなかったのも幸いしているのかと」
「うん。それなら良かった。でも何かあったら、すぐに病院に行かないといけないよ。私に相談してくれても良いけど、たぶん、頼りにはならないから。私は医者じゃないし。まあでもとりあえず私を頼りたいなら頼るだけ頼ってくれてもいいよ……当てにはならないけどねっ」
「はい。分かりました」
「頑張って」と紗夜は囁くように言うと、にい、と延寿へ笑みを向け、去って行った。
延寿が部室に入ると、獅子舘が「これで揃ったな」と席へ促した。
「涯渡生徒会長に潰されないためにも、建設的な活動を日誌に記録するとしよう」
冗談めかして言うと、「さて」と椿姫が咳払いをした。
「ニュースなどで耳に入っているかもしれないが、WWDWの使用による意識不明者などの数が少なくなったようだ。そもそもの供給が絶たれたためだと、私は推測する──今回の活動記録は、そのWWDWについてにしよう」
そして椿姫は延寿を見ると、目を細めた。笑った、と思われる……不思議で、静かな笑みだった。
「由正、WWDWの供給が絶たれた理由について、お前は心当たりがあるか」
心当たりは大いにある。だがそれを言ってもいいものか、延寿は考える。
今、WWDWについての真実を知るのは、自分と、涯渡紗夜と、沙花縞伊織と、当の巌義麻梨だけ……いや、あのトイレで出会った下着姿の正体不明の女もそうだ。五人いる。
「……いなくなったか、死んだか。したのかもしれません」
現にWWDWが出回らなくなったということは、あの下着姿のずた袋女も、巌義麻梨も、もう動いてはいないということである。気が変わったか、潜んでいるだけなのか。延寿にはそこまでは分からなかった。
「そうだな……直近の、月ヶ峰市内の殺人やらの死者を探ってみるか。いつ頃からWWDWが出回らなくなっているのかも。それにより仮説を立てる」
椿姫はそう言うと、ちらと黒郷がノートに記入している姿を見、部室内を見渡し、
「ここでは調べようがないな」
そう小さく呟いた。
スマートフォンなどの通信端末を密やかに持っている黒郷はもちろん言い出せなかった。風紀委員が二人いる室内で、しかも携帯電話持ち込み禁止と校則で謳われている学校の敷地内では取り出せるはずがない。取り出した瞬間に目の前の怖い二人組からボコボコにされるのは目に見えている。
「図書室だな」
その言葉で、オカミス研究部は図書室へと向かい、設置されているローカルの新聞紙と備え付けのノートパソコンを借りて月ヶ峰市内のニュースを見、特に収穫も無いままその日の活動は終了した。