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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
二章 胎児─Here you are.─
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箱入リ娘

 箱の中には、球体が入っていた。

 肌色の球体で、見た目は正円よりも楕円に近い。

 産毛の生えている肌色の表皮だった。白く病的な肌色と、日に焼けた肌の二つのカラーが太口の家庭糸で縫い合わされていた。

 生々しい質感の皮には、鋭利な刃物で引き切られた痕。さながら特別な日に焼かれた七面鳥の切れ目から玉ねぎやハーブ、クルトンなどが転び出るように、その切り口からは、人の()()()()がこぼれ出ていた。ご丁寧にテーブルナイフとフォークを添えて。

 まず、右脳があった。そのままホルマリンに浸けて標本に出来そうな程に綺麗な切断面だ。次に角膜から視神経まで揃いぶみの眼球。二つ。乱暴に掴んで鋏で切ったみたいに雑な長さの黒髪が一房。真っ白な歯の生えそろった下顎。舌が二枚。右側の耳。薬指以外の左手が二つ。右肺上葉。心臓。子宮と精嚢。どちらかの乳房。折られた肋骨が一本。右腎臓。削がれた大腿部の一部分。細かくカットされた小腸に、大腸。右足。上唇と下唇。二十センチメートルほどの、指輪の嵌まった薬指を二本、おしゃぶり代わりに咥えた胎児。いずれの中身にも、どっぷりと真っ赤な鮮血がソース代わりと染みている。

 

 球体には、二枚の写真が画鋲で留められていた。

 いずれも死体を写したものだった。虚空を見上げる男と女のクローズアップ。哀れな彼らが、()()の材料なのだろう。

 球体の表皮は肌であり、中身は人のおおよそだった。

 剥がれた皮は明確に二人分あり、肝心の中身は三人分。


 場所は、月ヶ峰市内にあるとある公園の木の根元。

 そこは、冬真が運命的出会いを果たした公園である。つい数時間前に延寿と冬真が恐ろしい箱を発見した場所でもあった。その中身が、制服もののアダルト雑誌が大量に入っているのであったならば果たしてどれほど平和的で取るに足らないことであっただろうか。だが現実は残念ながら違う。そこには箱があり、腕が入っていた。

 そんな場所に、だ。

 先に述べたような人の凡そが詰まった球体の安置された箱があった。



 ひとつ、明確な事実であるために無意味となるだろう捕捉をすると──


 この球体となった三人を死に至らしめたのは、間違いなく『案内人(ガイド)』である。


    ◇


 放課後だった。


「怖いにゃん」     


 延寿は図書室にいた。延寿だけではなく、冬真と花蓮、そしてたった今『怖いにゃん』という旨の発言を行った、花蓮から『みーちゃん』と呼ばれる小比井こひい美衣みいがいた。猫のように真ん丸な眼と、猫の耳のようにぴんと立った髪(寝ぐせ)の、図書委員の一人である。

 

「……にゃんはねえわ。雑なキャラ付けかよ」


 冬真の言葉はさながら鋭利な刃物だった。


「お? 冬真くんったら、そんなひどいこと言わないでにゃん♪」

「心が強いなお前……」

「あんまりひどいことばっかり言ってると、桐江女史に冬真くんの異常性癖を暴露してやるにゃんにゃんっ」

「いや異常性癖とか持ってねえわ……いや待て。お前っ、小比井お前なんで知ってんの!?」

「んー? 知ってるって何が? にゃんは今なんとなく桐江女史の名前を出しただけなんだけどー?」


 お手本になれそうなほど堂に入ったチェシャ猫のようなにやつき方で美衣は言う。


「花蓮……?」


 冬真が花蓮を見た。花蓮は目を逸らした。それが答えだった。


「言いやがったな」

「ほら、女の子って恋バナ好きだし……? や、でもでも知ってるのあたしとみーちゃんとあさみんだけだから。この三人からは広まらないと信じてもらってもいいからっ」

「はあ、ったく……そうだといいがな」


 溜め息を吐き、冬真は「それは今はいいんだ」と話を打ち切り、延寿の方を向いた。


「あの公園、だよな。ニュースで言ってた変死体が見つかった場所って」

「ああそうだ。昨日、俺ときみがあの段ボールを発見した場所となる」

「はは、そうだな……いやな光景思い出しちまったよ。警察にも疑わしげな視線で見られるしよ」


 疲れたように冬真が言う。


「それで……誰の腕かは、分かったの?」


 花蓮が言う。


「まだ分からない。警察ならもう知っているかもしれないが……可能性が高いのは、今行方不明となっている人間だろう」


 延寿が答える。誰もがその行方不明者の姿を思い浮かべ、場に沈黙が数秒満ちた。


「ひどい話だよ、まったく。そんなことをできる人間は異常者だね」


 やれやれと、美衣が言う。


「……にゃんはつけねえのな」

「にゃんをつけるような話題じゃないから」


 冬真がぽつりとこぼした指摘に、美衣が真っ当な答えを返した。


「本当に危険なんだなあ、と思うよ。今のこの街は……冬真、きちんと守ってあげなよ?」


 ふふんと笑みに悪戯っぽさを含ませ美衣が言う。


「言われなくても守るっての」


 視線を斜め下に向け、照れたように冬真は吐き捨てた。


「ま、暗い話はこんなところでやめとこうかね。とーま、例のブツを」


 花蓮が水を向けると、冬真は「ああ」と足元の紙袋に手を突っ込み、テーブルの上にそれを置いた。


「わー。かわいらしいにゃんっ」


 にゃんが戻ってきた美衣が目を輝かせる。


「すごいな……」


 延寿が感心したようにそれを見る。


「はんっ。どーよ皆の衆、これが我らの実力だっ」


 花蓮が控えめな胸を大きく張った。「お前外観のふわっとしたリクエストしかしてねえだろ」冬真が突っ込み、しーっと花蓮が人差し指を立てる。


 それは、ぬいぐるみだった。

 真っ白な鳥が足を放り出して、翼を広げて一冊の本を読んでいる──それをデフォルメし、パイル仕立てで綿を詰め込んで全体的にもふっとさせたものだ。


「とーまが作ってくれたこのぬいぐるみ、図書室のマスコットキャラクターとなります。つきましては皆さんに、この子のお名前を頂戴いたしたく思いまする」


 恭しく花蓮が頭を下げる。「あ。あととーま、これお礼ね」と封筒を机上に楚々と滑らせ差し出した。


「いらねえよ。好きで……やってるわけでもねえけど、暇つぶしでやってるだけで労力なんて大してかけてねえし」


 と冬真が突き返す。


「ま、見てみなよ。中身を見てみるときっと欲しくなるから」


 そう、花蓮が更に突き返した。


「は? なんだよいったい……」


 怪訝な顔で冬真が封筒の中身を出すと、そこには図書券(5000円分)と一枚の写真。


「……なぜに?」


 写真から視線を外さないまま、冬真が尋ねる。

 写真の中には、照れたように微笑む桐江汐音とその横でわはーと2ぐらいしかないであろうIQの笑顔でピースする花蓮が映っていた。ツーショットだった。


「お願いして撮って印刷してみた。きちんと『冬真にあげていい?』とも許可をとっておいたよ。『はい……』だってさ、顔が真っ赤っかなのもう。好かれてんな、とーまぁ」

「いやお前……お前……」


 花蓮は、どこからかはさみを取り出し、


「あたしのところを切り離せば汐音ちゃん単体の写真になるよ」


 そんなことを言う。「貸してみ」と冬真から写真を取り上げ、ちょきりと分割する。


「切り離した私のところは……よっちんほしい?」


 急に花蓮に話を振られ、延寿は微かに眉を上げる。


「必要ない」

「……胸ポケットに入れておけば、いつか不意に放たれた銃弾から守ってくれるかもしれないよ?」

「だが……」

「だがもじゃがもないっ。持ってろおらー。それ呪いのアイテムだからもう手離せないからっ。手離すと死ぬ、よっちん死ぬよ、不運にも空から降ってきたモアイ像に潰されて死ぬ」


 と、花蓮は強引に延寿の胸ポケットに写真を突っ込んだ。延寿は眉を顰めたものの、抵抗自体はせずに渋々と胸ポケットから取り出し、とりあえずはと言った具合に、そもそもそれ以外に挟むものが無かったために生徒手帳のページの間に挟み込んだ。


「冬真の方は、いらないの?」

「いるかいらないかだったらまあ、いるけどよ」

「よしきた。持ってなさい。きちんとその写真を自分と汐音ちゃんのツーショットにまでグレードアップさせなよぉ?」

「余計なお世話だっ」


 冬真もまた延寿の行動を倣ってか、財布の中に写真を入れ、


「なあ由正。知り合いの女の子の単体の写真を持ってる俺らって、普通に考えてやばくねえか」


 延寿へ言った。


「……ああ。やばいな」


 延寿が答えると、だよなあ、と冬真は苦笑した。「花蓮の言う通りだ、早めに二人で映った写真に変えとかねえと」


 会話する男連中を、花蓮と美衣は見つめつつ。


「……ツーショット、花蓮も頑張るべきだにゃ」


 事態を眺めていた美衣が、ぽつりと小さく花蓮に言う。

 

「あはは。でも、強敵なんだよなあ。獅子舘先輩もいるしさあ」


 困ったように花蓮が小さく笑い返した。彼女の視線の先には延寿がいる。いつもの鋼鉄みたいな表情で、冬真となにやら話している。「ほんと、強敵だよ……」と花蓮はか細くこぼした。


「それでそれでっ、名前だよなーまーえっ。この子の名前っ」


 仕切り直しだと、花蓮は冬真の作った鳥のぬいぐるみを抱えて言う。


「鳥でいいだろ」


 てきとうに冬真。「シンプルすぎ。ダメ」


「本を読む鳥」


 真面目に延寿。「そのままじゃんか。ダメ」


「鳥さんが微睡みに落ちるまで」


 何も考えずに美衣。「寝落ちしてる。ダメ」


「花蓮、お前の意見はないのかよ」 


 冬真が言うと、「んー」と花蓮は唸り……「どくとりん?」


「読書の読に、鳥、そしてさいごの『ん』は緩さを……どう? 今とっさに思い浮かんだんだけど『読鳥ん』ってどうどう?」


 花蓮の言葉に、三人は頷き賛同を示した。他に特に何も思いつかなかったというのもあった。  


「よし決まり。この子の名前は『読鳥ん』ですっ。かざっとこ」


 そしてその場はそこでお開きとなり、延寿たち四人はそのまま帰宅した。オカミス研究部の活動は、本日は休みだった。

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