箱の中
「ね、猫なんて可愛らしいものじゃねえなぁこれはよお……!!」
強張った笑みを浮かべて冬馬は声を震わせ、膝を折る。
信じられないものをみたとばかりに、目を丸くして箱の中を凝視している。
延寿はといえば、
「……」
眉を顰め、いつもの冷徹で厳格な面差しには不愉快が兆していた。
「いまどき……! いまどきエロ本捨てるやつなんているもんなんだな由正! デジタル化している現代でこんなアナログなっ……しかもこんなにたくさんときた!」
男子中学生のような興奮模様で、高校二年生の冬真は箱の中に積まれた本を一冊手に取る。未成年さを前面に押し出した制服姿の成年の女性が蠱惑的な表情を浮かべて科を作っているという表紙だった。
「制服ものだな……現役からするとやっぱ老けて見えるわ。これも制服、これも制服着てる……これも、これもだ……」
一冊一冊吟味し、やがて冬真は顔を上げ、
「……箱ん中の全部制服ものだわ。よほどの制服フェチなのか、これ捨てたやつ。どう思うよ?」
「かもしれないな」
「だよな……お前も見る?」
「遠慮しておく」
「なんで見ないんだよ」
「どうして見なければならないんだ」
「いや、そりゃお前、気にならないのか。エロ本だぞ?」
「ならない人間もいるのだときみは知れたな」
「お前それでも男か」
「男だ」
「制服、嫌い?」
「嫌っているわけじゃない」
「つまりお前もこれを捨てたやつと同類か」
「特に好んでいるわけでもない」
そんなやり取りをしていると、
「そこのお前ら! なにをしている!」
男の怒鳴り声が聞こえた。
声のする方を見ると、ひとりの男が明らかにこちらへと向かってきていた。
着崩したシャツに紺のズボン。短く刈った髪には、厳めしい眼鼻が貼りついている。延寿も冬真も良く知っている男だった。
「やべっ、生徒指導の寺戸じゃねえかっ……なんで今このタイミングで来るんだよ。エロ本に惹かれてきたのか、夜中の蛾かよあいつ」
冬真が小声で毒を吐き、手に持っている一冊の本を箱の中へ投げ戻した。
ずんずんとした足取りで寺戸昌夫が二人のもとへと近寄る。延寿も冬真も、特に悪びれもせずに厳めしい生徒指導主事の顔を見ていた。反抗的な視線だと、寺戸は捉えたようだった。
「何を見ているんだお前ら……ん? 風紀の延寿もいるじゃないか。いったいなにを……なんだこれは……」
寺戸が段ボールの中を見、顰めた眉の皺を更に深くした……と思えば、
「二人して、アダルト雑誌あさりか。しかも風紀の延寿までとはなあ」
嘲るように口の端を吊り上げ、延寿を見た。
「お前はもっと厳格な生徒だと思っていたのだが、これはこれは、人間とは見た目によらないものだ」
「いや、これここに落ちてたんすよ先生。俺らのじゃねえっす」
「お前たちのではなくとも、興味を持って見ていたのは事実だろ? なんだ、兄と弟というのは似るものだな。兄とは違って、弟の方は生身よりも写真の方を好むようだが」
はっ、と寺戸は冬真へ向ける。明らかに馬鹿にしている口調に、冬真の眉間に皺が寄り、反感が露わとなった。
「処分の方法を考えていました。このようなものが公園にあるのは、教育上よくないでしょうから」
延寿が淡白に言う。考えてはいたことだった。
「いや、いい。その必要はない。俺の方で処分をしておく」
「いいんですか」
「いいんだよ。持って帰れずに残念だろうがな」
そう言うや否や、寺戸はさっさと段ボール箱の蓋を閉じて持ち上げ、何も言わずに一瞥すらせず歩み去って行った。
「そもそもあいつのものなんじゃねえの。あいつ援交してるって噂立ってんだぜ、だから女子高生の制服だって大好きなんじゃねえのかな。WWDWの件だって、あいつが関わってたって話もあるし……あのエロ教師が、クソッ……」
冬真が苛立たしげに吐き捨て、「帰ろうぜ」と歩き出した。
「さっさと帰って、俺は桐江さんに連絡をして、ついでに花蓮のやつの依頼品を作らななんねえ」
延寿は無言で、さっさと帰る冬真に連れ立ちそのまま帰宅した。
その日、この公園内で。
一人の女子生徒が箱の中で発見された。