実ル恋、箱詰メノ想イ
冬真の恋はあっさりと実った。
それはもう、あっさりと────
「いやっほおおおおおおおおおい!!」
奇声を上げて歓喜する友人の傍で、延寿は静かにベンチに座っていた。
昨日の雨は上がり、夕焼け空のもと、頬を撫でつける涼やかな風を感じていた。
放課後である。
場所は、冬真と件の桐江汐音が運命的な出逢いを果たした公園となる。
冬真は公園の真ん中に立ち、喜びを全身で大きく表現していた。今日半日、溜めに溜めた喜びだった。
冬真曰く、昼休みに売店までクラスの友人と歩いて行っている途中、汐音本人に訪ねてこられたそうだ。そこで頬をりんごのように紅くした汐音に四つ折りの手紙を渡された。汐音はすぐにそそくさと立ち去り、残った冬真は最初呆気にとられていた……が、すぐに意識が戻って来た。なんだそれなんだそれと群がる友人を蹴散らして、こっそりと手紙を開くとそこには──『私もあなたのことが気になっています』というそれはもう綺麗な一文(冬真談)があり、紙の下部分には控えめに小さく『あなたに倣って、私も番号を書きますね』と綴られ、11桁の数字がハイフン付きで記されてあった。冬真は無表情無言でそれをポケットに後生大事にしまうと、友人たちに向き直り「……行こうぜ」と何もなかったかのように言い、当然のように手紙と汐音について言及されたが、「ああ……あれだよ、人違いだった」で無理やり押し通したとのこと。
その後は放課後まで表面ぼんやりの中身大歓喜で過ごし、放課後は延寿のいるオカミス研究部にまで押しかけてきた。掃除中だった延寿を見、「俺、やったぜ……!」とサムズアップし、にやにやしている椿姫の視線を受けつつ、「ありがとう、きみのおかげだ」と黒郷に全力で礼を言い若干怯えられて、ついでに掃除を手伝わせられていた。
掃除が終わった後は、椿姫が「あまり遅くなるのはいけないからな」と早々に帰宅の指示が出て、延寿と二人、帰宅と相成った。そして帰路の途中で公園へと寄り道し、今に至る。
因みに黒郷は朝に桐江汐音の姿を見かけた時点で冬真の手紙を渡したようだ。
汐音は最初何のことだから分からない様子だったが、手紙の中身を見るとすぐに合点し、ぽんと頬を染めたらしい。自らが望みを吐露して号泣しているときに居合わせた同年代の男子、元々気にはなっていたのだろう。そして半日で決断して手紙を認めて、冬真へと返答をした──前向きな返事を。
「ありがとよ延寿。それに花蓮もだ。礼を言っとかないとな!」
絶賛喜び中の冬真に、延寿は「そうだな」と空を眺め見た。青と朱のグラデーションがかかっていた。カラスが隊列を為して飛んでいた。どうしようもなく夕暮れだった。
よっこらせ、と冬真が延寿の横に座り、
「でもさ……付き合えんのかな、俺ら」
打って変わって感傷的に、そう言った。
「きみ次第だろう」
「まあ……だな。今夜、電話してみる」
「俺は……大丈夫だと思う」
延寿の言葉に、冬真が「お前の言葉なら心強いな」と笑った。
「でさ、由正……お前風紀委員だし、先に言っておこうと思う」
「なにをだ」
「そ、そのよ……俺と桐江さんが、か……カップルになれた暁にはさ、ひょ、ひょひょっとするとお前と対立するような事態が、おこ……起こるかも、しれねえじゃん?」
「……ああ」
冬真が言わんとすることを延寿は分かっていた。
冬真は延寿の友人であり、延寿がどのような人間か知っていてなおも延寿の友人だった。
「不純でなければ、校則の範囲内だ」
さも独り言かのように、ぼそりと。
延寿は冬真がなにかを言うよりも先に、そうこぼした。
それを聞くと冬真は一瞬目を丸くし、「ふ……! はははっ! そうだな、不純でなければいいんだ」やがて笑い始めた。
「然るべき時が来るまで純粋なお付き合いをする。約束する」
冬真が言う。
「その約束をするのは俺じゃないだろう」
延寿が言う。冬真はふはっ、と笑った。「そう。そうだな。あの子に、桐江さんと約束をすべきだったな」延寿はその言葉に微かに口元を綻ばせ──ふと、視界の隅にそれを見つけた。
「……まあそれも、今後次第なんだが。あんまりがっつくのって嫌がられそうだし、そういうのは俺の本意でもねえわ……俺は、あの子を大切にしたいんだ。本心なんだよ。今は直感的なものでしかないけど、それが一瞬の感情でないこともなんとなく分かるんだ……」
隣で冬真が語る決意を耳にきちんと聞きつつ、延寿の視線はそれに釘付けになっていた。
(あれは、この公園に俺たちが来た時からあったのだろうか)
柵で囲まれた公園の敷地内の端、植えられた木の根元に置かれていた。あまりにも自然と置かれすぎていて、一瞥したぐらいでは見逃してしまいそうだった。
「うん……? 由正、どうしたんだよ。お前、どこを見て……」
それは、茶色の箱だった。
段ボール箱だろう、と延寿は見当をつけた。
「なんだあれ。捨て猫でも入ってんのか」
ベンチから立ち上がり、延寿は箱の傍へと歩む。
(これは。これはいったい。これは……)
ちりちりと、脳の奥底で嫌な予感がした。
背後から冬真がついてくる。箱へ近づく。
辿り着き、上から覗き込む。
箱は開いていた。
「なん、だ……これ……!」
そこに入っていたのは────左腕。
紫に変色した。誰かの。誰の──行方不明者の。
「お、おい由正! 触っちゃダメなやつなんじゃねえのこれ!」
叫ぶ冬真をよそに、延寿は箱に手を入れ、左腕と共にある四つ折りの紙切れを取り、開いた。
その紙は──
『正しいでしょ? ほめてよ』
きっと誰かから誰かへと向けた、想い。
決してその行いが正しいものではないと自覚した上での。
「ッ……!」
怨嗟めいて殴り書かれていた。
呪詛に満ちた皮肉と吐かれていた。
「由っ、由正! お、おいっ……!」
正しいわけがない。
正しいはずがない。
「……」
この腕は、誰の腕?
「さっさと警察呼ぶぞ!」
堂々と通学用の鞄からスマートフォンを取り出す冬真へ、その行為から連想される彼もまた授業に携帯端末を持ち込んでいる者の一人だという事実へ、
「……ああ。頼んだ。校内はスマートフォンの持ち込みは禁止だ、冬真」
通報を頼み、それでいて注意を行い、
「今そういうこと言ってる場合じゃねえだろ!」
正論を返された。延寿から見ても冬真の言はその通りとしか思えなかった。悠長な指導は、この場においては不適切だ。ただ、
「それでも反しているのなら言わなければならない。……いずれは言わなくてよくなる筈の、だったが」
真っ黒なスポーツバッグからこちらの瞳を覗き込んでいたあの双眸──角膜が濁り、虚ろで光を宿さない目の下には特徴的な泣きボクロがあった──あれは生首だった。ボウリング球ほどの大きさが入るだろうスポーツバッグの中に、ボウリング球ほどの大きさであろう人の生首ならば容易に入る。……生首でしか人間は入れない、とも云える。
「けど誰のだ、誰のなんだよこの、腕……腕って……! なんで腕だけなんだよっ!」
動揺に手を震わせつつも冬真は言い、スマートフォンを片耳にあてた。
「……なぜ、なのだろうな」
延寿は考えている。
生首。腕の片方。行方不明者。
判然としない事柄の群れの中で只一つ明言できるとすれば──殺したのは『案内人』だ。安寺秋一や巌義麻梨を始めとした一連の殺人を犯した者と、まず間違いなく同一人物となるだろう。雨の中、花蓮とともに見たあの真っ黒なレインコートの誰かが、ソレだ。
ソレが誰かは、未だ分からない。
「まったく、猫なんてかわいらしいもんじゃねえわこれっ」
ようやく通報まで行きつけたのか、強張った笑みで冬真はスマートフォンを片耳にあてた。




