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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
二章 胎児─Here you are.─
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生徒指導主事と

 花蓮はすぐに見つかった。

 第一校舎棟にある図書室の前の廊下にいた。けれども一人ではなかった。

 花蓮は苛立たしそうな目で、もう一人を睨みつけていた。その睨まれているもう一人は、睨まれるに値する無神経さでもって花蓮の腕を引っ掴んでいる。いかにも荒っぽい、力に任せた掴み方だ。その光景を見た瞬間に自身の眉間に皺が寄ったのを、延寿は自覚しなかった。


「寺戸先生、いったいどうされたのでしょうか」


 花蓮の腕を掴むもう一人──生徒指導主事である寺戸昌夫へと椿姫が声をかける。

 延寿たちの姿を見つけると、花蓮は「あちゃあ」と気まずそうに視線を逸らした。


「おお、風紀の獅子舘と……延寿か」


 椿姫の身体を舐め回すように視線を這わせ、つまらなそうに延寿を一瞥して寺戸が言う。


「鷲巣が校内でスマートフォンを持っていたからな。指導を行っていたところだ」


 にやにやと下卑た笑みを浮かべる寺戸へ、


「腕を掴む必要はあるのでしょうか」


 延寿が言う。いつもの冷徹だと噂される凍った表情で。……多少の私情が入っているのは、否めなかった。

 理由があるからしているのだろう、とは延寿も分かっていた。腕を掴むことの是非を問うている自身すら、必要性なく腕を掴むことがあるとも知っていた。なのにその問いが出てきた。突発的にそのような問いが出てきたのだ。いや、これは問いですらないだろう。問いの姿をとった、怒りの断片だ。

 嫌がる幼馴染の腕をにやつきながら掴む大人。そんな場面を表面的に見て、延寿は正しくないと感じたのだ。その感触こそが思慮の無い短絡的なものと知っていながらも。


「あるのだからこうしている。逃げようとしたからなあ。仕方のないことだったんだよ」


 だから、寺戸のその言葉に、延寿は何も言い返さなかった。真っ当な理由がある。ならば、その行いは正当なのだ。


「寺戸先生、ここにちょうど私たちがいます。先生もお忙しいでしょうから、私たち風紀委員に後は任せてくれませんか? 携帯端末の持ち込み禁止について、きつく言っておきますので」


 社交的で柔らかな笑顔を浮かべ、椿姫が言う。


「おお。そうか。ならまあ、頼んだぞ」


 ぽん、と椿姫の肩に手を乗せ、寺戸は去って行った。

 寺戸が去っていくと、椿姫のにこやかな表情は剥がれ落ち、冷然とした顔つきとなり、


「生徒指導主事は、視線の動きをもう少し慎ましく控えめにされたほうがいい──そうは思わないか、由正」


 言葉を振られた延寿は、「……だが、言っていることは正しい」と眉を顰め、苛立たしげに視線を逸らした。そんな延寿へ、「お前はもっと私を見ろ」と椿姫は冗談めかして笑う。


「それで、鷲巣花蓮……私が言いたいことは、分かるな?」


 にこやかに、椿姫が花蓮へ迫る。延寿より低いとはいえ、上背のある椿姫に迫られて、花蓮はバツが悪そうにうへへと頬をかいた。


「……はい。分かっています」

「そうか。なら聞こう。お前が由正と話すつもりだった恋愛沙汰とは、なんだ?」

「……はい?」


 思っていた〝椿姫風紀委員長の言いたいこと〟とは違ったために花蓮の表情はきょとんである。


「由正が私に教えてくれないんだ……。だから、お前に教えてもらおうと思ってな」

「獅子舘委員長。まずは花蓮の──花蓮、スマートフォンを校内で使ってはならないと知っているだろう」  


 椿姫へ言いかけ諦めて、延寿は自らの言葉で指導の糸口とした。


「しって、るね」

「前回は涯渡生徒会長が見逃してくれた。今回はそうもいかない。没収のちに、反省文だ」

「えー?」

「えーじゃない。今は俺が預かり、後から生徒指導主事に預かってもらう」

「うええ……あのエロ親父にぃ? ねえよっちん、あたしね、それはちょっとマジに勘弁願いたいなー。だめ?」

「規則は規則だ。破ったのはきみだ」

「あいつ、視線がいちいちいやらしいんだよもー……。スマホなんて預かられたら、なにされるか分かんないじゃんかー。これ返してほしかったらパンツ見せろ~とか言われた日には……あー鳥肌たってきたわあ……」

「花蓮、こうなった原因を分かれ。規則がまずあり、きみはそれを破ったんだ。破らなければ負わずに済んだリスクを、きみがわざわざ自分で背負いにいった」

「うるさいなーもう」


 花蓮がいよいよ不機嫌になってきた頃合いに、「まあ待て由正」と椿姫が延寿の肩に手を置き、優しく横へどかし……「由正お前、体幹」どかせない。「少し動け」延寿は自主的に動いた。


「鷲巣花蓮。今回はスマホの没収はしないし、反省文も不要だ」

「委員長」

 

 延寿が言いかけるところを、椿姫がその唇に人差し指をそっと当てて、静かにしておくようにと抑えた。


「聞いているかもしれないが、ゆくゆくは我が或吾高校はスマートフォンの持ち込みが可能となるだろう。涯渡がそのように動いている」

「あ、聞きましたよその話」

「だが、今はまだ禁止なんだ。そこを理解してもらおう……なあ。鷲巣、花蓮?」


 ドスの効いたにこやさで、椿姫が言う。


「は、はい……」


 すっかりと気圧され、か細く花蓮は小さく頷いた。


「ならば口にしてもらおう。『私は今後絶対にスマートフォンを持ってきません』とな。この場にいる私と延寿、そして黒郷。その三人に対して、口頭の約束をたててもらう」

「言質とられる、ってわけですね……」

「そうだ。さあ、言え。鷲巣花蓮」


 もう観念した、と花蓮は「私は今後絶対にスマホを持ってきません」と言った。


「よしよし。それでいい。今の言葉を信用し、私はお前を信頼する」


 にこにこと椿姫は言うと、「だから」ぐいと花蓮に顔を寄せ、


「お前はゆめゆめ、私の信頼を裏切らないようにな……?」


 底冷えするような声で、そのように囁いた。


「……ひゃい」


 こくりと、怯えた様子で花蓮は深く頷いた。


「ではこれで指導は終わりだ。それじゃあ行こう。鷲巣もついてきてくれ」


 さっさと先導して歩き始めた。

 その後を黒郷が続き、その後ろに延寿と花蓮が殿しんがりとなる。


「獅子舘先輩が時々出してくるあのじめじめしたカンジは何なの……?」


 花蓮の耳打ちに、「知らん」と延寿は素っ気なく答えた。

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