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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
二章 胎児─Here you are.─
27/166

新参者ト

「ふひぃ」


 それが延寿を目にした女子生徒の第一声だった。

 場所は化学実験室の前だった。オカミス研究会が顧問の取兼先生の厚意で借り受けている臨時の部室の目と鼻の先である。


「こ、こにちゃっ……ふす……」


 ふひぃ、と言われ、こにちゃっふすと目の前でびくびくと怯えつつも呟かれた延寿は表情こそ常の冷徹な鉄仮面だが、内心は戸惑っていた。そのような挨拶をする言語圏を延寿は知らず──怖がっているからなのだろうが──震えてすらいる女子生徒へ何か柔らかな言葉を発することもできずに押し黙る結果となってしまった。

 明らかに怖がられている。

 曲がり角を曲がった瞬間に虎と出くわしたときのハムスターのような驚愕の表情を浮かべたのち、口をふにゃりと媚びるように半開きにし、目は先ほどから絶えず激しく泳ぎまわっていた。首元に巻いているスカーフが青色であるため一年生だ。延寿の一つ下となる。

 胸まであろうぼさぼさの長髪の合間から見える眼が、卑屈に歪んだ。笑うしかないから笑ったのだ。このような事態において、彼女は笑う以外の術を知らない。

 

「え、延寿しぇんぱいでいらっしゃいますでしょうかぁっ……!?」

「……はい」


 独特な敬語に延寿しぇんぱいが是を示す。

 すると女子生徒はギギギと油の切れたブリキ人形のようなぎこちない動作で延寿に背を向けた。

 もさもさとした後ろ姿が、何やらぶつぶつと小さく呟いている。


「ああ、あの恐ろしい風紀委員の延寿先輩がいる同好会に来るなんてでも知らなかったしいるなんて分かんなかったしオカルトとミステリーなのになんでその二つのジャンルと無縁そうな先輩がどうしているのかって話だしでもああそうか花蓮先輩と延寿先輩って仲が良いから花蓮先輩は読書好きでその流れで延寿先輩も読書好きかもででもこんなところで会うなんてもしかして延寿先輩もオカミスに入っているとかそんなことないこともなさそうでしっ……あああぁぁぁどうしよどうしよう延寿先輩間近で見ると本当に怖いよおっかないよ逃げたいよぅ……」


 怯え方がべらぼうだった。


「取兼先生は今いないが……その口ぶりからして、きみは入部希望者なのか」


 延寿が気持ち静かに、怯えさせないように訊ねる。


「ひぃ」


 肯定でも否定でもなく、小さな拒絶が返ってきた。

 どうしたものだろうか、と延寿は眉を顰める。この部屋の前に来る理由としてはまず取兼先生に用事があってのことだろう。そうでない場合に初めてオカミス研究会への入部希望者と見ることができる。なによりも彼女は呟きの中でオカミスがどうこうと言っている。一年生である彼女がオカミスと繋がった中継点は果たして……


「伊東だな」


 延寿は、一年生であり風紀委員の後輩でもある伊東の素朴な顔を思い浮かべた。

 先日、彼に乞われ喫煙の注意に行ったとき、オカミス研究会を好きそうな人間に勧めておいてくれと言ったのだ。


「い、伊東っ。そうです、その伊東くんですっ。伊東くんから聞いてアタシ、ここに来たんです」


 知っている人間の名前に安堵したのか、女子生徒が食いついて来た。


「そうか。伊東が……」


 正直なところを言えば、延寿は期待していなかった。

 まあ来ればいいか、ぐらいに考えていた。そしたら来た。感謝だった。


「入部希望者なら、まずはきみの名前を聞かせてもらおうか」


 延寿は自然体で言う。彼にとっての自然体とはすなわち常の鉄仮面である。まるで詰問される被疑者のように女子生徒は怯えの表情を再び浮かべ、


「こ、黒郷こくごう亜砂美あさみですっ。平凡な名前ですみませ、注意しないでくださいぃ……」


 名乗られ、謝られ、懇願された。言葉の選びが忙しいな、と延寿は淡々とそんな感想を抱いた。


「見た限り、きみは何も違反していない」

「で、でも普通に人に比べて私の髪はもさついてますし……」

「髪の毛のもさつきは特に禁じられていないよ」

「梅雨の時期は特にもさついてしまうんです、でもでもアタシ長い髪の方が好きででもでもでも延寿先輩がもさつきが風紀的に駄目だとおっしゃられるなら切ってしまいまう……!」

「……切る必要はない」


 どうやってもネガティブな方向へ向かおうとする黒郷に、延寿がどうしたものだろうかと手を焼いていると、


「おい。おいおいおい。見ろよ花蓮。由正が一年女子を脅してるぜ」

「おーほんとだ。よっちん見損なったわー……ってあれ? あさみんじゃんか」


 知り合いが二人、いつの間にかやって来ていた。

 一人は幼馴染の鷲巣花蓮で、もう一人は──「冬真。そうか、今日からだったか」


「おう。ちょい久しぶりになるな。良い休暇が取れたわ。はははっ」


 延寿の視線の先にいたのは、冬真と呼ばれる──延寿の数少ない友人の一人だった。「探してたんだぜ」真っ黒で耳にかからない程の短髪を外側へはねさせ、快活に笑っている。


「あさみーん? 大丈夫かー。よっちんに是正されてない? きみのもさもさは規則違反だ、すぐにストパーかけろ、とか言われてない? もさみー?」

「か、髪の毛のもさつきは規則違反にならないと言われました……! でですがひょっとすると規則違反にならないわけでもないのかもしれないです、そしたらアタシストパーにならないとっ……!」

「おお……パニクってんねあさみん。落ち着きなって。よしよし」


 黒郷(もさみ)を花蓮が撫でつつ会話している傍で、冬真は延寿へ、


「ま、由正。お前の気にすることじゃあねえよ。ろくでなしがろくでもない目に遭って死んだだけさ。今死ななくともいつかは死んでたようなヤツだよ、俺にゃあどうだっていい」


 と、延寿の肩を軽く叩いた。


「──で? お前、一年のもさみちゃんにいったい何を絡んでたんだ?」


 にやつく冬真の追及に、


「オカミス同好会に入りたいらしい」


 と延寿は視線を黒郷亜砂美もさみへと向ける。延寿の視線に気づき、黒郷はひいと花蓮の陰に隠れた。その様子に冬真は「あははっ。怖がられてんなあ由正」と快活に言うと、


「しっかし物好きだなあ。うちのオカミスにわざわざ入りたいだなんてなかなか稀少なんじゃねえの」

「ああ。俺もそう思う」

「お前部活の先輩になるじゃん。怖がられてんのに大丈夫か?」

「それはこれからどうにかすればいい──黒郷さん」


 呼びかける。


「は、はいぃ……!」


 延寿の呼びかけで一気に緊張に顔を強張らせての返事だった。


「入部届は獅子舘さんが常に携帯している。もうすぐ来るだろうから、そのときに貰い、記入してほしい」


 常に持ってんの? と花蓮。

 部員に飢えてんだろうなあ、と冬真。


「にゅ、入部試験とかはぁ……」


 恐る恐る、の黒郷の問い。

 本当にあるのだと覚悟しているかのような表情だった。入部試験はない。

 妙な真剣さを放つ彼女に、延寿は微かに笑み、


「そんなものはない。当同好会はきみを無条件に歓迎する」

 

 そう言った。

 オカミス研究会のメンバーが一人増えた。


「ホラーやミステリーに関する造詣はふっかいよおこの子。図書委員の先輩として断言できる」


 花蓮が言う。黒郷もまた、図書委員であるらしい。


「もさついた後輩だけど良い子なんだ。もさみをよろしく頼むね、よっちん」

 

 そう幼馴染は笑い、「あんまりもさみもさみ連呼しないでください」と黒郷に注意を受けて「ごめんねー、あさみん。そんな怒んないでよー」と朗らかな笑みを返していた。

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