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鳥かごの中は退屈だった──
届かない青空が憎らしく思えた──
そもそもがいったい、閉じ込めて飼ってくれなどと、養ってくれなどと、誰が頼んだ?
(考えられる理由はある)
あの子が俺のもとから逃げだしていく理由なんて……ないわけがなく、現にこうして並べられる。阻まれない自由を求め、囲まれない解放を望んで、だからこその逃亡……ああ違う、これを逃亡と呼ぶのは、無意識に自分の方を相手よりも高く置いているが為の傲慢だ。もっと他に言い方がある、言い方が……ある。
(懸命に翼を羽ばたかせていく姿が頭に残っている。小さく白い後ろ姿を、俺はすぐに見失ってしまった)
「どこに行ったんだろうね」
(逃げたかったから、逃げた。あの子にとってそうすることがただ、正道であるだけ……)
「由正?」
「……うん?」
「『……うん?』って。考え事しててボーっとしてたなさては」
咎めるように細められたきみの眼は、すぐにハッとした様子で拭い去られ、
「い、いや……無理も、ないだろうけどさ。心配でしょうがないだろうし」
ぷいと顔を背け、ぶっきらぼうにそんな言葉を。
「ごめん。長々と付き合わせてしまった」
「ちょ、なんで謝んの。自分の意思できみに付き合ってるんだよ、わたし。別に頼まれたわけでもないし」
「もう、日が落ち始めている。暗くなる」
「なに? だから帰って、って? やだよ、断る」
「けれど」
「けれどじゃない。ソウのやつ、まだ見つかってないじゃん」
「……見つからないほうが良いのかもしれない」
「とりあえず聞いてみるけど……なんで?」
「鳥かごもあの家も、狭かったんだ」
「それは、ソウにとってってこと?」
「ああ」
「だから、逃げた。由正、きみはそう言いたいの? 自由が欲しくて逃げただろうから、ソウの思うままにさせてあげよう、って」
「うん」
「由正、ちょっと屈んで。背伸びしたくないし」
「……?」
不機嫌そうに俺を見上げるきみに従い、膝を少し折って屈む。すると、
「優男、かっ」
ぺし、ときみは俺の額を叩いた。……叩いた、というよりも触れた、と言った方が近いか。
「……やさお、とはなんだ」
「きみみたいに慈悲深い人間のこと。優しすぎて文鳥のお気持ちを代弁しちゃう人だよっ。言っとくけど褒めてないよ」
「誉め言葉ではない、んだな」
「今わたしが使った場合においてはね。きみったら、なんでソウが飛んで行った理由をそんなネガティブなものだけだと断定しちゃうのさ」
「他にあるのか」
「ちょっと遠出しようと思っただけかもじゃん?」
「遠出……?」
「遠くまで遊びに出かけて、戻って来ようとしたら『あれ、家どこだったっけ?』とかさ。要するに迷子になっちゃったんだって」
「まい、ご……」
「迷子って、心細いよ? わたしもなったことあるから分かる。いつの間にか知らない場所で、知らない人たちだらけで、すごく、不安になる。そんな状態かもしれないソウを放置しようとするきみの優しさを、きみ自身はそれが優しさだと心から納得できる?」
「……きみは、想像豊かだな」
「由正だってそうでしょ。本人……ん、本鳥って言った方がいいのかなこの場合は……その、本鳥しか知り得ない理由をわたしたちがあれこれ考えたって、言ってみれば全部不正解だよ。なら、どうする? わたしなら、わたしのしたいように、わたしが正しいと思った行動をとるけど……由正、きみは?」
思い当たる理由が全て不正解でしかないのなら。
もはや、自分が正しいと思った行為をとるしかない。
「……」
「悩んでるね……ねえ由正、自分の表情って、自分では見えないんだよ」
「どういう、ことだ」
「由正、今悲しいんでしょ。そんな顔してる。きみの表情っていつもお硬いんだけど、意外と分かり易いし」
「俺は……」
表情を動かしているつもりはなかった。
悲しんでいるような顔つきを浮かべたつもりはなかった。
「眼、だよ。由正の顔って鉄面皮……は、あんまりいい言葉じゃないよね、鉄仮面……そう、鉄仮面だよ、そういうので覆ってるけどさ……眼、だけは隠せない」
「……」
「探そうよ。どこまでも付き合うよ」
「…………ありがとう」
感謝してよ、ときみは微笑んだ。