或ル メ几
もはや自分に吐き続ける嘘を信じ切れなくなった。
認めよう。ああ、認めようとも。
俺を揺さぶる感情は確かに存在しており。
俺を惑わせる衝動は決して不在ではなかった。
俺はこの感情を、衝動を……身を蝕む呪いのようなものだと捉え、思考の奥底に必死に隠蔽しようとしていた。恥じていたのだ。厭うべきものだったんだ。だから誰にも見られまいとした。そしてそれが出来ていると確信していた。じじつ、隠蔽は完璧だった。
完璧だったからこそ、このような事態になってしまった。
愚かなものだ。唯々、大馬鹿野郎だ。俺も……キミも。
正しく在れ、と俺は云われた。
誰がそんな無責任な命令を下したのかと思い返した時、その命令を口にしている当人の顔は俺自身だった。
俺が。
俺に対して。
云ったのだ。呪ったんだ。強く、強く、呪った。
正しく在れ。不正を許すな。歪を許容するな。曲事を不法を歪曲して自己正当化し、確たる正を欠缺させた愛すべき軽蔑に足る隣人たちを憎め。侮蔑し圧倒し撲滅しろ。お前は正しく在れ。今のお前こそ正しく、正しく、正しく……!
歪であるもの全てを是正すべきなのは当然の責務だ。
全ての人間は生まれつき歪んでいる。それでもなお己を正そうとすることに意味がある。是正の過程の上に意義が坐し、辿り得た正に冥利が生じる。歪のままに辿る人生を俺は心の底から拒む。その道を辿る以外には死しかないと云われたら喜んで死んでやろう。
歪み切ったレールを修正する努力をしない彼らを常々俺は心の底から哀れに思っていた。そして同時に是正は不必要だと判断できるような人生を往ける彼らを羨ましくも妬ましくも思っていた。
ああそうだ。そうだよ。分かるだろう? 俺が俺へかけた呪いはまだ続いているというのは分かるはずだ。きみは聡明だ。愚鈍な頭ではない。呪いは続いている。俺は俺を呪い続けている。
だから、そうであるのだから……なあ? 分かっているだろう? きみは自分がしでかしたことを十分に理解し把握できる精神状態にあるのだからな。俺がどんな感情できみを見ているのかも知っている。だから分かっているんだ。俺が今からどのような行動をきみにとろうとするのか、もうきみの頭の中では予想出来ている。そしてその予想は正解だ。………もう止めよう。長々とした会話は苦手なんだ。きみなら、知っているだろう。
俺は常に正しく在ろうと心掛けている。
帰結として瞭然で、結末としては確然だ。
俺の目に映るきみは、実に歪だ。
俺は我が正しさに拝跪する。
従うべき最高位が為すべき指令を下すのだ。
そのような由により、俺は……俺ハ実行スル。
目ノ前ノ彼 女ヲ正サナケレバナラナイ。