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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
四章 犯人─Legit lunatic "I'm the Guide."─
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どこにいる?

「お屋敷の地下室へようこそ」


 殺人鬼が微笑みかけてくる。

 無害な人間のフリをした彼女が。「ここには左側の無骨なボイラー室と右側の無機質な電気室しかないよ。あとは意味深いみぶかな行き止まりだけ」

 

 もし今、疑念を突きつけたのならどんな反応をするのだろう。

 『お前が案内人なんだろう?』と言ったのならば……


「この扉を開ければ、平凡な電気室が待ってるんだ」


 一笑のうちに殺されるのだろうか、あの模倣犯の腕を斬り飛ばしたときのように。


「きみと私、あとはこのお屋敷の中をあまねく光で照らしてくれるの。全員にスポットライトを無理くりに当てて、きみが主役なんだよって皆に押し付けるんだよ。主役になりたくない人だっているのにね」

 

 かつての夜の公園で、あの薬物売買の女の首を通り過ぎざまに刎ねていったように、いとも簡単に命を刈り取っていくのか。


「延寿くん、考えごと?」


 疑念が思考を占有しているために反応の鈍い延寿を、紗夜が首をかしげて問いかける。


「鍵はかかっていないんですか」

「電気室の? うん。鍵はあるけど、普段は施錠しないかな」 


 侵入する人もいないし、と紗夜。「ここに入り込んだとしても、待っているのは薄暗くて無骨な部屋と、停滞した空気だけだよ」


「開けるね、扉。照らしててほしいかな」

「分かりました」

「しっかりときみのスポットライトで、扉を懸命に押し開ける私の雄姿を捉えてて」


 ふふ、と何故だか自慢げに紗夜は延寿に背を向け、『電気室』と掲げられている鉄扉を押す。「よい、しょ……」ささやかな気合とともに。


「生徒会長は、自分が主役であることに忌避感はないんですね」


 その後ろ姿へ、延寿が声をかける。先ほどの紗夜のスポットライト云々を受けての言葉だった。


「うん」


 押すのを止めた紗夜からまず返ってきたのは単調な二文字だ。「後ろ暗い人生を送っているわけでもないしね。スポットライトでも、お話的に云えば私の主観でも、どんどん描写して、照らしていってねって心意気でいる」その後、長い返答がきた。

 

 依然、紗夜は扉へ手を当てた状態だ。

 一向に開けようとしていない。その無防備な後頭部に、片手でその背中を照らしつつ、延寿はシャベルを握るもう片方の手に一層の力を込めた。

 いま殴れば、目の前の彼女は素直に死んでくれるだろうか。

 この、後ろ暗い人生を歩んでいないと言い切る殺人鬼は。


「エンジュくんは?」


 聞き返された。


「エンジュくんは、どう?」


 延寿の返答を待たず、紗夜は問いを重ねる。「きみは主役である自分自身を受け容れられてる?」


「……散々、手垢のついた言葉がある」


 延寿は紗夜の後頭部へ言う。


「どんな?」


 後頭部が続きを促す。


「自分の人生の主役は自分自身だ」

「だから、受容云々以前にそうするしかないんだって諦観? つまんない答えだね」


 紗夜の言葉には明らかな幻滅が含まれていた。「その手垢のついたありがたいお言葉の続きが聞きたいかな、きみの言葉で」


 紗夜が続きを催促する。もう一度機会をくれてやる、とばかりに。

 他人様の金言ではなくお前の拙い言葉で述べてみろ、と。自分の人生に、自らの生涯に、何ら後悔なく、不足なく、何も欠けた個所のない黄金のような日々を過ごせた──と。


「当然、受け容れられています。俺の人生に後ろ暗いところはひとつもありません──生徒会長と同じく」


 もちろん、言える。

 延寿は確信している。確信している自らを認識している。発言は本心からであり……「その言葉の割には、眉のしわがすごいよ?」紗夜が肩越しに振り返り、愉快そうに見つめている。


「馬鹿なことを言った、と後悔しているだけです」


 自らの返答に虫唾が走っているのもまた、事実だ。

 どの口が? この口が言っている。潔白であることを潔白だと断言してなぜ不愉快を覚えている? 俺は正しい。常に正しい……くたばってしまえ。


「やっぱりきみはままならない人生を送っているんだね」


 紗夜が微笑む。慈しみ濃く目尻を下げて。

 この瞬間、彼女は確かに俺へ慈愛を向けているのだろう。隠し切れない憐れみとともに。


「早く扉を開けてください、生徒会長。俺のままならない人生を早く照らしたいので」

「人使い荒いなあ。いいんだよ? この体勢のまま動かなくなってしまっても」


 鉄扉に手をかけたまま、紗夜が挑戦的な笑みを浮かべる。延寿は遠慮のない渋面を浮かべた。さっさと開けてほしかった。


「電気室を封印してあげよっか? もう、このお屋敷に光が灯らないように」

「そのときは俺が無理にでもあなたを引き剝がします。別に明かりをつけるのは生徒会長だけにしかできない役目でもありませんので」

「ちぇっ。延寿くんは光から背を向けて暗闇の方へ歩き続けたくならないの? ナメクジとかプラナリアみたいにさ」

「なりません。俺はナメクジでもプラナリアでもない」

「けっ。じゃあなんなのかな。人間?」

「はい。早く開けてください」

「けっっっ」


 不満そうな鳴き声を発し、紗夜が存外素直に扉を開ける。

 

「うわあ。まっくら……当たり前だけど。やだなあ、こわいよお……怖いものがでてきそう、後ろにはシャベルを持った正しさの権化みたいな人がいるし……」

 

 電気室の中をライトで照らしつつ、紗夜は楽しそうに嘆いている。

 コンクリートで固められた無骨な室内に、恐らくは発電機なのだろう機械が鎮座していた。停電の影響で暗闇に包まれている室内を、紗夜が慣れた様子で奥へと歩き、「やっぱり主電源落ちてる」言い、「これで良し、と」


 電気室の外、地下室の通路へ煌々とした光が差した。

 廊下に、屋敷内に明かりが戻ったのだ。


「ほらついた。これで私たちのミッションコンプリートっ」


 でも一応この部屋の電気もつけて、と紗夜がスイッチの個所を指さし、延寿はそれに従った。電気室内にも明かりが満ちた。


「もうライトはいらないね」


 明るくなった室内で、紗夜が満足気に微笑んでいる。紗夜はスマートフォンを、延寿は懐中電灯をポケットに突っ込んだ。


「これで延寿くんはシャベルを両手で持てる」


 振り回しやすくなるよ、と紗夜が冗談めかしてやはり笑う。彼女は上機嫌だ。


「それじゃあみんなのところに戻ろっか。今ごろ電気が点いたぞって咽び泣いている皆様のところにっ。私たちのおかげなんだよって自慢しにねっ」


 弾む言葉とは裏腹に、紗夜は鉄扉のノブを掴むと────「でも」閉めた。


「その前に」


 自らと延寿を電気室の中に閉じ込めるように。


「さっき、停電する直前」


 紗夜の表情は変わらず、上機嫌ににこやかだ。


「なにか、私に聞こうとしてたでしょ?」


 鉄扉を背に、電気室の出入り口を塞ぐように紗夜は佇んでいる。


「『花蓮は、』まで、聞こえたよ? 鷲巣さんのこと? それとも別のこと?」


 延寿は確信した。


「ここは防音がしっかりしているから、早々音は洩れないんだ」


 紗夜は、自身が疑いの目を向けられていることを理解している。「聞きづらいことがあるなら、いま言っておいたほうがいいよ」


 機会があるうちに、と紗夜。


「例えば────運命を信じますか。前世からの業はどうやったらすすげますか。魂はあると思いますか。神さまはいますか。もう世界の真実は始まっていますか。現実の真相は既に上演されているのですか」


 運命。業。魂。神さま。世界の真実。現実の真相。

 軽やかに紗夜が口にするすべての要素が、延寿にとって阿呆の愚言以外の意味を持たなかった。馬鹿々々しい。馬鹿々々しすぎる。とても真っ当な人間の口から出てくる言葉じゃない。とてもとても理性ある思考生物から発せられる考えじゃない。頭の熱毒が主張をし始めた。赤い血文字を幻視していたときからなりを潜めていたはずの邪魔者が起きてきたようだ。ずっと眠っておけばいいものを。


「どんなスピスピしたことだって言っていいんだよ。延寿くんが急に()()()ても、私は優しく抱きしめてあげる。つらいことがたくさんあったんだね、って」


 笑みが向けられる。これは冗談でしかないんだよと示す笑みが。本当に聞きたいことの前置きで、ただの茶番なんだよ、と。


「それとも私のことが良いかな? 涯渡紗夜先輩について知りたいことがあったりする? いいよ。答えてあげる。ふふ、いま私何だか気分が良いんだ。停電直ったからかなっ」


 意図の知れない微笑みに目を細め、紗夜の口角が緩む。


「いえ。その中に俺の聞きたいことはありません」


 答えると、紗夜は笑ったまま、「やっぱりエンジュくんは」笑みを維持した表情で、


「そのぐらいの興味も私に向けてはくれないんだね」


 さらに表情に込められた感情を深くする。彼女の笑みが深くなる。「きみが見ているのは何なんだろう。考えても考えても分からないや」言葉に含まれる明らかな落胆とは裏腹に。「ふふふ、全然わかんない」小さな笑みを束の間浮かべ。

 

「他にはなにがあるかなぁ……きみがいま浮かべていそうな疑問の候補」


 頬に人差し指をあて、紗夜が思案する。

 彼女が何かを思いつく前に、延寿は口を開いた。


「サロンに伏せられた写真立てがありました」

「うん……ん? そんなのあったっけ」

「写真ではなく手書きで、家族が描かれていた」

「あったっけ……」


 首を傾げ、更に傾げ。


「あった……?」


 怪訝そうな目で、紗夜が中空へ視線をやる。記憶の中を探っている。


「あれを描いたのは、巌義ですか」


 紗夜が記憶の中から写真立てを探り当てるより前に、延寿は問うた。207号室に散らばっていた画用紙は写真立ての絵と似ていた。そしてそこにいたのは巌義麻梨だ。彼女は遠い幻に焦がれていた様子だった。誰か達との満たされた過去を見たがっていた。


「うーん……」


 なおも、紗夜は思い出そうとしている様子を見せている。


「それに関連して、当然の疑問がひとつ出てきます」


 延寿は構わず続ける。


「なぜ、巌義がこの屋敷にいるんですか」


 勝手に忍び込んだとは、とても思えない。

 巌義麻梨の吐しゃ物には自分たちも食べたビーフカレーが含まれていた。勝手に食べたのでなければ、巌義の為に用意され、それを彼女は食したのだ。

 では、用意した者、振舞った者は?

 清見さん、上分さん……引いては、この屋敷の主人だ。

 それなら、この屋敷の主人は?


「……」


 涯渡紗夜だ。

 黙し、延寿を見つめるこの屋敷の主人だ。記憶を探る旅は終えたのか悩む素振りもなく、湛える笑みもなく、真剣な……捉えようによっては無表情に延寿を見つめる彼女だ。まるで感情の見えない、得体の、知れない……


「204号室の机の下に、血痕が付着していた」

「結婚? マリッジのほうかな」


 紗夜のたわ言を延寿は無視し「ブラッドのほうです」なかった。紗夜の無表情に一瞬、笑みが差し込んだ。「今のちょっとずるいよ」だが、小さな文句とともにすぐにまた無表情に戻る。


「204号室の血は、誰のものですか」


 延寿の問いが続く。ひとつも答えを得られないまま。


「生徒会長。知らなかったら知らないと答えてください」


 真っ直ぐ。

 延寿は紗夜の目を見る。無表情の視線が返される。逸らされもせず、真っ向から受けて立ってくる。彼女の眼は怯えていない、敵視もしていない、怒っておらず、哀しみもない。観察。目の前の人間をただ観察しているような眼差しだ。


「花蓮は、どこにいますか」


 シャベルを握りしめる。

 強く、汗で滑らないように固く。

 振るう瞬間が訪れることを確信しつつ。


 対する紗夜は、ふ、と表情を崩した。「エンジュくん」


「その疑問は、どの観点からの疑問?」

「はあ?」


 思い描いた最悪の展開とは異なる、意図の見えない疑問に延寿は思わず雑な聞き返しをした。するりと自然に、延寿の中からそんな乱暴さが出てきてしまったのだ。

 

「肉体、意識……魂。エンジュくんは、どの行方を聞いているの?」


 紗夜はいま正気なのだろうか。

 ……彼女が本当に『案内人』ならば、もうずっと彼女は正気ではないことになる。


「肉体と意識の両方だ」


 律儀に延寿は答える。

 回答に魂を含めなかったのは、そんなものはないからだ。


「聞かなかったってことは、エンジュくんはカレンちゃんの魂の行方を知っているの?」


 延寿が問われる側になっていた。


「ワケの分からないことを言わずに、生徒会長。俺は花蓮の行方を聞いているだけです。対するあなたの返答はどこにいるのかいないのか、あるいは知っているか知らないか、それらだけでいいはずだ」

「うーん……仮にだよ?」


 そんな前置きをし、紗夜が人差し指を立てた。


「肉体と意識が別々の場合は? どっちを先に知りたい?」


 紗夜は既に正気ではない。

 延寿のなかで、その考えが確立しようとしている。


「どっちだと? 肉体と意識は同一の場所だ」


 苛立つ自らを、延寿は自覚する。肉体があるのなら意識は当然ともにある。いや当然ではなかったか……意識のみがあるとは考え難い。肉体のみがあるのなら……、失神か、もしくは……。


「まず、俺の質問に答えろ」


 思い描いた最悪の結果が、覚悟している最悪の返答が未だ保留であるという懸念が、焦りが、増々延寿の頭に血を上らせる。


「そ、そんな怒らないでくれないかな……私も悪意があってこんなまどろっこしい聞き方をしているわけじゃないんだよ? 私とエンジュくんとの間に認識違いがあるかもでしょ?」


 弁明をするように、紗夜が両手のひらを延寿へ向けた。

 弁明は弁明でも、狂人の理屈から浮かんできたものだろう。まともに相手をしてはいけない。「早く答えろ」自らが『案内人』であるのなら早く明かせ。

 そうすれば。

 そうすれば俺は。


「待ってってば。肉体と意識と魂、エンジュくんがどの鷲巣さんの行方を尋ねているのかをはっきりさせないと、答えようがないでしょ」

「どの花蓮? 花蓮は一人だ。散在しているはずがないだろ」


 このシャベルを振るうに足る理由を得られる。

 不安のままに振るい、紗夜の頭を叩き割り、息の根を止め……そうして、


「そうかなあ。本当にそう、思ってる?」


 そうして、……どうする?

 人をひとり殺し、何食わぬ顔で伊織や冬真たちと合流を?

 確実にバレる。理由を話すのか。紗夜が『案内人』だった。危険だったから殺した。……信じて、もらえるのか?


「肉体と意識と魂が常に同じ座標にいてくれるという確証を、延寿くんは本当に持っているの? ねえ、延寿くん。どうだろう、エンジュくん?」


 神経を逆撫でするように、紗夜の笑みが問いかけてくる。考え渦巻く延寿の苛立ちが増していく。


「肉体だけがあるかもしれないよ? 意識はデータ化してサーバーに保存されているかも。魂だって厭な大きな手が持ち去ったのかもしれない」


 花蓮がこの屋敷内にいるか、それともいないのか……答えは単調であるはずなのに、紗夜は無意味に複雑化させようとしている。そうして一向に譲ろうとしない。

 後始末のことも考えないといけない。

 紗夜が──『案内人』が死んでくれたら、の話だが。

 紗夜が『案内人』という証拠を得て、それを持って伊織たちを……警察へ訴えかけるか。正当防衛だ、と判定をしてもらうか。


「なら、さっきも答えたが……肉体と意識の両方の場所を教えろ」


 紗夜が知っている前提で、延寿は再度答えを促す。「魂は言わずで良い」


「そんなものはないから?」

「ああ。無いものの場所について教えられても無意味だからだ」


 延寿の言葉に紗夜は相変わらずの崩れない笑みを向けている。


「いるのか、いないのか。あるいは知らないのか。それだけでいい。そこまで長引かせるような問いかけじゃないはずだ」


 言い、延寿の足が一歩、二歩、紗夜へ近づく。

 片手にシャベルを握り居場所を聞き歩み寄るその姿は、脅迫のそれに近い。じじつ、紗夜は不安そうに眉をひそめた。両手のひらを再び延寿へ向け、落ち着かせるように口を開いた。


「ちょ、ちょっと待って。落ち着きなよ延寿くん、落ち着いて? ね? さっきは冗談でシャベルを振り回せるねとか言ったけど、本当に振り回してほしいわけじゃないからねっ……?」

「じゃあ答えろ。涯渡紗夜」


 案内人。


「居場所を知っているのなら、俺をそこに案内しろ」


 そうして何かしらの()()発見……し、それを証拠として伊織たちと警察への弁明とする。殺人という罪に、正当防衛を紐付ける。

 案内、という言葉を発した延寿は紗夜の反応を注視した。

 心臓が早鐘を打っている。シャベルを握りしめる手には汗が滲んでいる。

 不利なのは常にこちらだ。

 今は戸惑っている様子の紗夜だが、もしも彼女が真実『案内人』であるのなら、常軌を逸した身体能力と殺人を一切忌避しない異常な精神性を持ち合わせていることになる。殺されるのはこちらだ。

 いくらシャベルで脅しているように見えようとも、不利なのは自分なのだ。


「花蓮ちゃんは……」


 言い淀むように紗夜は口を開くと、視線を気まずそうに逸らし、終いには目を伏せた。言いたくないことを言おうとしている。もしくはそういうフリか。

 延寿は紗夜をもう信用していない。


「う、うん。いる」


 限りなくクロだった紗夜は、クロだと確定した。

 だが、反応だけが予想と違う。ここまで不安そうな……まるで花蓮を純粋に心配するような表情を見せるとは考えていなかった。


「地下室が実はもう一か所あってね。少し離れたところなんだけど……今、そこにいる……でも、ちょっと怪我しちゃっててね、て、手当はしたんだよっ? それで今眠っちゃってて、起きたら……起きたら本当は延寿くんたちにも言おうと思っていたけど……」

「どこにいる」


 すると紗夜は、「こ、こっち……」電気室の外へ出て、先ほど〝意味深な行き止まり〟と言っていた地下室通路の突き当りへと向かった。


「ここから、その地下室に行けるの」


 突き当り近く。

 コンクリートで固められた壁際の、何もないところへ紗夜が手のひらを当てると、ピピという電子音がし、ガチャリという開錠音が続く。すると行き止まりになっていた壁が真横へスライドした。


「……」


 奥に、コンクリートの通路が通っていた。

 天井には自動で電灯が灯り、奥は再び行き止まり。


「曲がり角になっているんだ。実はこっちの地下室から繋がっていたんだよ。私も……ん、私たちも、後で気付いたんだけどね。地下にゴボゴボしている部屋があるんだけど、そこからこっちの地下室まで通路が伸びていたんだ」

「ゴボゴボしている部屋?」

「うん。まー、見たら分かるかな。おっ、ゴボゴボしてるーってなると思う」

「ふざけているのか」

「ご、ごめんなさい……そんなに怒った顔しないでよ。いまの延寿くんシャベル持ってるのもあって怖いんだから。本当にそれで叩いてきそうだもん……」


 延寿はそのつもりでいた。

 紗夜が正しく『案内人』の────殺人鬼の振舞いをしたなら。


「絶対にコツンっじゃすまないよ、それ。ゴシャッ、とかグシャッだよ、それ……」

 

 こうも怯えた様子を見せなかったのなら。


「行こう」


 紗夜が先に立ち、隠し通路を歩きだした。


案内あんない、してあげる」


 警戒を解いてはならない。

 脳裏で、延寿は自身に言い聞かせる。再度。再三。証拠さえ得られたら、逃れようのない〝紗夜=『案内人』〟の証拠さえ得られたら……すぐにでも、彼女の息の根を。


「……」


 延寿は無言で歩む紗夜の後頭部を見つめる。

 涯渡紗夜の言葉は嘘に塗れている。もはや信じるに値しない。

 いま、殺しておくべきだろうか。


「…………」


 延寿は迷っている。

 足音のみが響く無言の通路内を歩みながら。

 証拠さえ得られれば、この殺人に正当性を付加できる……証拠。さっきから散々考えるこの〝証拠〟とは何だ?


「………………」


 ……分かっている。

 紗夜が『案内人』だと決定づける最も有効な証拠は……花蓮の、死体だ。


「……………………」


 花蓮。

 きみを発見次第、……俺は、きみの仇を討とう。

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