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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
四章 犯人─Legit lunatic "I'm the Guide."─
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875783453.

 眠るたびにきみが死ぬ。

 熱に浮かされて見る幻は、正しく悪い夢だ。


 ──うわわ。汗びっしょりだよ。


 ふらつく視界を抑えて起き上がり、母親が置いてくれていたのだろう、溶けかけの氷が入っているグラスに経口補水液を入れ、一息に飲み干した。

 閉じられたカーテンから光が漏れている。

 夜は明けているらしい。雨もまた、上がったようだ。

 机上のデジタル時計が指すのは、10時12分。ずいぶん、寝過ごしてしまった。学校には休む旨を……いいや、行けるような状況ではないのか。法が云うには俺には刑事責任能力があるようだ。そうして今の俺は、犯罪少年に分類される。

 当然だ。三人。三人も殺した。

 数の問題でもないな……一人以上を死に至らしめた時点で、法律が決して許さない。他者に危害を加え得ると証明して見せた時点で、警戒されるに相応の〝危険〟だ。


 今日は6月16日。きみが殺されて三日目。

 

 一昨日に傘もささずに大雨の中をふらつき、当然のように熱を出してこの二日間寝込んでいた。父と母は病床の俺のもとへやってきて、俺の口から事情を聞き出し、父だけがどこかへ出かけていた。両親とも、俺の殺人には理由があるのだという前提を共有していた。

 なにか理由があった。

 ヒトを殺すに足るナニカが生じた。

 三人殺した理由が必ずや存在している。

 現場には、一人の少女の他殺死体が転がっていた。

 血と脂まみれのシャベルが転がっていた。三人はシャベルで叩き、突かれ、裂かれ、殺されていた。だが少女の死因だけが違った。少女の身体にシャベルによる傷はなかった。切断痕はシャベルによるものではなかった。現場には薬物が転がっていた。少女には薬物を投与された痕跡があった。少女が暴れた跡があった。殴られた跡があった。髪を引っ張られて抜けた傷口があった。少女の体内に残っている体液から、誰が少女を犯したかは判明する。暴れた少女の爪に皮膚繊維がもしもついていたら、事実がより補強される。

 警察が到着した時には、通報したと思わしき犯罪少年がいて、肉の塊が三つ分と一人の遺骸が転がっていた。


 ──汗、拭いたほうがいいよ。


 警察はどう思っただろう?

 最初に五人いた。そのうち生き残った一人の少年が裸の大人三人を殺し、少女一人を強姦した後に殺した? そうであるのなら、俺は今すぐにでも死ぬべきだ。己の行為を恥じ、人殺しのツラで生き恥を晒し続けるよりもさっさと死んで、もうお前に由来する何事も起こらないように適切に己を処理しろ。そうすべき。すべきだ。

 だが現状、俺は生きている。

 となれば人殺しではあるが、しかしながら恥さらしではないらしい。……いいや、数の問題じゃない。誰を殺したかの話じゃない。あの肉の塊たちにも、不幸が波及する先があったのではないか……考えても仕方がない。考えていても。あいつらは、自らの行いに報いを受けた。そうして俺は、あいつらがこれから先ものうのうと生きていく可能性がどうしても許せなかった。死んでほしかったんだ。どうしても。この手で殺したかった。どうやってでも。だから殺した。殺し尽くした。


 ──そこ、タオルある。


 殺人現場の状況を見て、やってきた警察のうちの一人が嫌悪感を露わにした。すぐに、隠そうとしていたが。 彼らは俺を警戒こそしているものの、彼らの頭の中では共通の仮説が出来上がっているように見えた。


 ──また風邪ひいちゃうよ。


 最初に四人いた。裸の三人が一人の少女を薬物で朦朧となった思考のなかで散々暴行したのちに殺し、後からやってきた少年が激高して我を失い、裸の三人をシャベルで殺し尽くした。

 事情を聞かせてもらえますか、と警察の一人が俺に尋ねた。

 だから俺は、俺の口から彼らの頭にある悲劇的な仮説を語り、確固たるものとした。そうしてそれは真実だ。これを彼らがどう受け取り、どう判決が下されるのか。


 ──もう。


 きみの死体を見て俺は頭に血が上った。

 あいつらを殺す以外に感情の抑えようがなかった。

 なぜきみが殺される必要があった? そこにいたからか。ただ、いたからだけなのか。あいつらが生き返ったとして俺はあいつらをもう一度殺せる。もう一度だけではなく、何度だろうと殺せる。人殺しには報いを……あらゆる人殺しに苦果を。それが正しい在り方だ。理由がなんだろうと関係ない。犯した罪には罰があるのが当然だ。その例外になり得る者はいない。誰だろうと罰を受ける。誰だろうと。


 ──また考えごと?


 しかし。

 しばらくは自由を拘束されそうだ。家庭裁判所、という単語が父の口から出ていた。なるべく早く自由が戻ってくれたのなら、それがいい。


「ああ。これからどうしようかと考えていた」


 でなければ、きみの指の腐敗が進む。

 梅雨。指を保存するには向かない季節だ。湿気があり、暑い。いまは密封して氷で冷やしているが、長くはもたない。あの鋭利な刃物で切られたかのような切断面の指を……ふと、今更のような疑問が浮かぶ。

 刃物はどこにあった?

 あいつらがいた場所には、刃物は転がっていなかった。

 きみの指を切断したのはシャベルではないだろう。それ以外の刃物が、あの場にあったか? ……あの場になかろうと、あの屋敷にはあの場以外が存在している。そこに刃物が転がってでもいたのだろう。

 刃物の所在など……目下、俺のすべきことには関係ない、考える必要のない事柄だ。きみの指が腐る前に、……腐ったとして、行うことは変わらないが。


 ──あの。


 きみが、おずおずと視線をさまよわせる。


「……」


 ──あんまり、ね? 無茶を、しないでね。


 ためらいつつ、願うように俺を諭す。


「……善処する」


 心配。不安。

 その表情を浮かべさせてしまっているのは俺だ。


「心配をかけてすまない」


 ──もう。まったくだよっ。そのとおりなんだよっ。


 そうしてこれからもかけてしまうだろうことを、申し訳なく思う。

 死人は生き返らないのだと、理解している。だが、生きていてほしい人間がいたんだ。俺には、どうしても、今も生きていてほしかった人間がいた。


 ──……。


 怒りが収まっていないのだと自覚している。

 きみが理不尽に殺された怒りの矛先が、俺の中で迷い続けている。これを誰に向けてしまっても、俺にすべての否がある結果となるだろう。

 だから俺は抑えるべきなのだ。この怒りを、誰に向けてもいけない。俺がその人間の不幸となってしまっては、正しくない。それが俺の本意であるものか。


 ──っ……。


 あいつらがもう一度生き返ってくれないだろうか。

 一度ならず、二度も、三度も、四度も、五度も……生き返るたび殺してやろう。俺の怒りがおさまるまで、何度も、何度も……。

 殺す為に、生き返らせられないか。

 その手段は、方法、手口は、ないのか。


 ──そんな表情、しちゃダメだよ……!


 幻に窘められるとは。

 俺の良心が、きみのフリをしている。

 きみにこそそんな表情をしてほしくはなかった。


「分かっている」


 可能性を検討する。

 ソウを埋めた庭のほうへ、自然と視線が向いていた。

 あの屋敷の中に、何羽ものソウがいた。増えた、という過程以外に、あの現実を説明できる何かはあるのだろうか。

 ソウは、増えたのだ。

 その現象を説明するに、クローン、という言葉が最も近く思える。

 

「人間の欠片でも、その人は復元できるだろうか」


 あの屋敷に何らかの糸口がありそうだ。

 なぜだか分からないが、そう考えられる自身がいる。


 ──あそれ。私が言ったことだ。


 まずは、タイミングを見てもう一度屋敷へ向かおう。警察が引き上げてくれていればいいが……あの屋敷内に転がっている由来のしれない薬品の数からして、まだ捜査は続きそうではある。

 だが、必ず屋敷へ行く。

 俺のすべきことは、もうひとつあるからだ。


 ──人体の再生……うん。人の身体って再生できるものなのかなあ。


「再生能を外部から与えてやればいい」


 ──再生能? プラナリアやヒドラみたいに?


「ああ」


 プラナリア。ヒドラ。再生能。

 なぜ俺は今、きみとこれらの単語を用いた会話を可能としている? 聞いたこともない単語だと俺自身が分かっていて、なのに検討案として用いている。

 

「……」


 あの女に薬液を注入され、きみが生じた。

 結局、警察には薬液については何も言っていない。


 ──どうしたの?


「いいや。何でもないよ」


 なんであれ、どうだっていい。

 俺の目的に可能性を見せてくれるのなら、何だろうと掴んでやる。


「近いうちに、もう一度あの屋敷へ行く」


 なすべき二つの目的を遂げるために。

 一つは、きみの復元の可能性を探る。

 もう一つは、あの白い子猫の死骸を掘り返す。


 ──……無茶しちゃ、だめだからね。


「ああ」


 ──きみはきみを第一に考えるべきなんだよ。


「その通りだ。俺は俺のために行動するよ」


 殺された、小さな白い子猫の、首輪。

 それを飼い主に返す、という無意味で自己満足としか捉えられようのない行い……殺されたきみが、心配し、遂げようとしていた善行。


「ひとつ、きみにお願いがある」


 ──へ? い、いいけど。きみのお願いだもん。


「もしも俺がこれからする全てを失敗したときは」


 せめて俺だけでも子猫の死骸を掘り返し、首輪を確認する。

 住所がもしも記されてあったらそれを飼い主のもとへ届け、存分に疑いと怒りの矛先を受けよう。そうして俺はきみのできなかった善行を完遂する。


「弱い人間の見せた、実に……実に質の低い茶番だったんだと笑ってくれないか」


 一人の阿呆が、狭い現実のなかで思い詰めた末の愚行なのだと決定づけてほしいんだ。そうすることで何より、俺自身の気が済む。全てを失った瞬間にはきみの笑い声を聞いていたい。


 ──……。


 ああこれも、結局のところは自分のためだ。

 俺は自分のためにしか生きていない。


 ──前言撤回する。


 俺を見る幻覚きみは、見るからに怒っている。眉間にしわを寄せて口元をへの字に結び、俺を睨む。


 ──きみのお願いだから何でも聞くつもりだったけど、おことわり。


 俺のくだらない矜持が、俺を笑うことすら許していないらしい。

 どこまでも俺は愚劣な人間だ。笑えてくるほどに愚かだ。バカな人間だ。狭い人間だ。自分のことをしか考えていない、死にたくないからとみっともなく駄々をこねるような……情けない限りだ。本当に、情けない限りだ。


 ──言っておくけど、私の言葉だから。


「……?」


 ──()()、きみのお願いに反対しているの。


「きみは俺の幻覚だ」


 ──魂だよ。


「あるわけ──」──あるわけないだろ。


 俺の言葉にかぶせ、きみが目を細める。憐憫でも、侮蔑でもない。

 まるで慈しんでいて、愛おしんでいて……俺が望むから、きみはその表情を……──きみの言葉は、行動は、私の魂に刻まれ続ける。きみが今言ったダメなお願いもね。


「……」


 ──あんまり、背負いすぎないでね。


「……分かっているよ」


 きみは魂であり、きみの言葉で俺を案じてくれている。

 都合の良い言葉ばかりを吐く幻は、俺の愚かさに起因する。

 ……どちらなのかが分からない。


「分かっている」


 ──ほんとうに分かってくれた?


「ああ」


 前者ならば、そこまで優しい人間がどうして理不尽に殺されなければいけなかった。後者ならば、愚かな人間は愚かに動き、笑われながら終わればいい。


 ──うん。分かってくれたなら私も嬉しい。


 どちらにしろ、俺のすることは変わらない。


 ──私は、きみに不幸になってほしくない。


 変わりはしない。

 これからのすべては俺の愚かさのもとで行われる。

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