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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
四章 犯人─Legit lunatic "I'm the Guide."─
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きみじゃない

 殺人鬼がこの場にいてはならない。

 ……ここではなくとも、どこにも在っては為らない。


「生徒会長」

「どうしたの?」


 不幸は波及する。一人を殺せばその一人と関係のあった者達に悲劇が浸透する。二人を殺せば二人分、三人殺せば三人……多くを殺せば、殺した分以上の人間を不幸せへ蹴り落とす。殺した理由なんてどうだっていい。他者に危害を加え得ると自らの手で証明してみせた時点で、その者は即刻消え去る、消滅する()()愚者だ。

 

「……」

「うん?」


 殺人鬼がいる場では、何も非の無い人間がいたとして被害を負うだけだ。

 立ち去らせるべきである。すぐにでも。安全な場所へ。危害の加わらないところへ……危害を加えてくると予感させる者から可能な限り遠ざけて、少しでも逃げられる時間を、距離を、稼がせる。 


「どうしたの延寿くん、黙っちゃって……はっまさか!?」


 やはり……連れてくるべきではなかったんだ。

 意地を張られようとも、悪い予感に根拠なく漠然なものであったとしても、それが現実に、明瞭な姿で持って現れたときにはもう、手遅れに近いのだから。


「延寿くんも私のことを呼んでみただけってこと!?」


 驚愕の表情を浮かべどこか嬉しそうにする紗夜へ、「そうではありません」延寿は首を横に振る。「理由あって呼びました」


「ふん、じゃあ早く言いなよ」


 ころりと紗夜の顔に不機嫌が差し込み、促された延寿は伊織を一瞥し、再び紗夜へ向き直ると、


「伊織を、先に冬真たちのところへ戻らせます」


 言う。提案ではなく、既定の提示である。

 紗夜に決定権を委ねない。「おい」伊織にも決定権は無い。不満の声が背中から聞こえたが、続きは聞こえてこなかった。伊織とて理解してくれている。この判断の理由と現状の危険性を……だからこそ、あんなにも不安な眼をしていた。


「そっか。エンジュくんは私と二人きりになりたいんだ。いいよ」


 不自然なほど明るい笑みを浮かべ、紗夜が軽々しく快諾する。さっきの不機嫌など忘れたかのようにころころと、その表情が変わる様はどこか不安定にも延寿には映った。いやに彼女は高揚している。


「ごめんねえ伊織くん、そういうわけだからっ」

「やけに嬉しそうだな」


 声を弾ませる紗夜へ、伊織。


「だって二人きりになりたいだなんて照れちゃうよ」


 冗談の空気を前面に押し出し、紗夜が自身の両の頬に手を添えた。


「どうしよう、急に情熱的な告白とかされたりしたら。私、その勢いに負けるかも……!」


 いやにしおらしく眉尻をさげる紗夜の表情には気安さが濃く表れている。


「こいつが誰かに告白なんかするものなのかね」


 伊織がせせら笑う。笑いつつ、「そもそもお前誰か好きになることあんの?」毒づきつつ、反応を窺うように延寿を見た。


「好意的に思うことは人並みにはある」

「好きってそういうことじゃないんだよ延寿くん、そこからもう一歩進んだところなの。延寿くんのは隣人愛なの。美しき博愛精神なの」


 律儀に答える延寿へ紗夜が食いつき、「私たちが聞きたいのは恋慕のほう。患って落ちてしまう愛のほう。だよね、伊織くん?」


「ああ。バカバカしいほうの愛だな」

「傍から見て馬鹿々々しくなってしまうほど誰かを好きになるその全身全霊さが尊いんだよ。分かってないんだねえ伊織くんって」

「はん。他人の恋愛ごとなんざ、ぜんぶ喜劇みたいなもんだろ。誰かに依存したくてたまらない弱い人間と弱い人間が織りなす質の低い茶番だ」


 停電した屋敷の中、雨音が止まない廊下で場違いに言い合う紗夜と伊織を、延寿は「早く電気室へ行きましょう」と中断させようとした。


「延寿くんは、自分が誰かを愛せる人間だと思う?」

「無理だろ」

「伊織くんが延寿くんの代わりに答えてもさ、そこには伊織くんの邪念が混ざってるからダメ。私は延寿くんの口から聞きたいの」

「なんだよ邪念って……」

「ヨコシマなネンのこと。ひょっとすると伊織くんが延寿くんに運命を感じていて延寿くんが他人を愛せない人間だって周りに吹聴して結果的に独占しようという可能性だって、ゼロじゃないでしょ」

「っ……あるわけないだろゼロだよッ。気色悪いな……!」

「そう? そんなに可愛らしい顔なのに? 私が見た限りでも周りにはちょっといないぐらいには綺麗だなあって思うのに」

「馬鹿にしてるだろッ……! 第一だ! 男と男だぞ!」

「古い一般論に縛られてるね伊織くんは。誰が誰を好きになろうと等しく自由だよ? それにさ、逆に延寿くんが伊織くんをどうしようもなくタイプだって可能性もあるね。ヒトメボレだったりして」

「ッ……!?」


 だが二人の会話は止まらず、さらにはヒートアップすらしている。中断に失敗した延寿へ、紗夜がにやついた視線を、伊織が縋るような眼を向けてくる。


「延寿くん、私が何を尋ねようとしているのか、分かってるよね?」


 紗夜が言う。

 延寿は分かっている。

 伊織がタイプにあたるかどうか、それを聞こうとしているのだろう。

 紗夜の眼、伊織の眼、ともに答えを待っている。……答える必要のない、戯れの問いかけだ。ただ、答えなければ目の前の二人は納得をしてくれない。三人でここに居続ける羽目になりそうだ。


「……俺は」


 ずた袋に、俺は誰を見た?

 サンルームに横たわる少女の姿に、誰を重ねた?

 亡骸を見たことで、どのような感情が吹き荒れた?

 突き落とされる瞬間の夢を、この屋敷に至る数日の間に見続けた。彼女の行いは正しく、俺に正しさはないのだと、夢の中で理解していた。彼女が突き落とすほどなのだ、きっとそうに違いない。俺の為に殺人鬼に奇跡を願い、結果として行方をくらましているような彼女が突き落とさなければならないと判断したほどの行いを、夢の中の俺は途方もなく愚かなことをしでかしたのだろう。たとえば、……、


「な、なに黙ってじっと見てんだよ、じっと見られるの嫌だって言ってるだろっ……!」

「すまない」

「すまない、って。別に怒っちゃいないんだけどさ、嫌だってだけで……」


 あの白くて灰色の亡骸の、生きている姿にもう一度出逢おうとした……ああ、恐ろしくしっくりくる理由だ。恐ろしくしっくりくる、狂気の沙汰だ。死人は生き返らない。死人は生き返らない。死人は生き返らない。


「俺は」


 死骸に囚われてはならなかったんだ。もう一度出逢おうとし、出逢おうとして、俺は何をしでかしたのだろうか。誰かを犠牲にしようとしたのだろうか。近しい誰かを。誰か達を。したのか。だとしたら、死んでしまえ。殺人鬼がこの場にいてはならない。どこにもいてはいけない。エンジュ(お前)が例外なわけないだろう。お前がその最たるものだ。


「……」

「……」


 思考に黙る延寿を、眼前の二人もまた無言で待っている。

 一人は無表情に、一人を不安をひた隠そうと眉をひそめ。

 ようやく延寿が、口を開く。


「運命の相手が、常に異性であるとは限らない」


 運命、という単語を持ち出している時点で相当に自分が答えに窮しているのだと、延寿は発言した瞬間に自覚した。運命というあらゆる理由を無責任にない交ぜにした単語に、延寿は常に忌避を抱いている。すべてが自分自身の責任の上に成立し、報いを受けるのならそれは自らが招いた結果だ。「だが、」そのような可能性もあるのだと前置きしたのは、これから口にする言葉を少しでも和らげようとした罪滅ぼしのようなものなのだとも、延寿は理解している。


「……ッ!」


 伊織の眼を見る。

 その強張り、既に痛苦に塗れている表情を見る。

 この言葉は、目の前の()()を確実に傷つける。

 そう理解し、「だが」分かっていてなお、口にした。


「正しい形ではないんだ」


 否定、ではない。

 肯定でもない。

 紗夜の云う〝古い一般論〟を、繰り返しただけ。


「ッ……!!!」


 その瞬間の伊織の表情を、眼を、延寿は真っ向から受けた。

 突き刺すような憎悪の視線に、混じる諦観と、湛えられた悲哀がこぼれようとする姿を、真正面から見た。一瞬の憎悪はすぐさま悲哀に変わり、それも数秒のうちに諦観の表情に移ろいだ。「はハッ……」伊織の表情に笑みが浮かぶ。自嘲の歪みだった。

 

「やっぱり正しいことばっかりだな、オマエはさ」


 白くて灰色の少年が、すべてを嘲るように口角を歪ませている。



「そう言うって、ボクは分かってたよ」



 すぐに伊織は振り返り、「さあ。バカみたいな茶番は終わりだ終わり」真っ暗な廊下を照らしながらひとり逆方向へ歩み出し、「さっさと停電なおせよっ」振り返りもせずにそう叫び、「さき戻ってる」と走り始めた。


「……」


 延寿は無言で、伊織の走り去った廊下を、角に消えた姿を見ていた。

 

「……ごめんね」


 傍にきていた紗夜が悄然とした様子で、延寿へ謝る。「まさか、イオリくんがあんなにエンジュくんを……これじゃ私、殺されても文句言えないかも……」


「……早く、電気室に行きましょう」


 紗夜は「うん」とだけ返すと、すぐに二人は歩み出した。


「奥の、ボイラー室の近くだから。電気室」

「分かりました」


 これで、伊織は一時的にも危険から遠ざかった。

 延寿の表情は平生と変わらず鉄のよう、ただその瞳はかすかに下へ焦点を合わせており、固く結ばれた口は思案げに憂いを帯びている。


「後で、仲直りしよう……私も、延寿くんだって」


 ぽつ、と紗夜が言う。「延寿くんが答えざるを得なくなった原因、私なんだけどね……」悄然とした声。落ち込んでいるのだ。


「……はい」


 伊織に少なからず想われているのだと、これで確定した。

 白くて灰色の少女の面影の濃い少年が、俺を好いているのだと。そうして俺は、傷口とともにその好意をたった今突き返した。


「……」


 どうすればいいのか、延寿は分からなかった。

 ただ、後に顔を合わせたときに、どのような痛罵だろうと受ける心づもりでいた。今はひとまず、


「もう、着くよ」


 眼前を歩く〝危険〟を、どう()()するか。

 殺人鬼は、どこにもいてはならない。

 シャベルを握る手に滲む汗が不愉快だった。

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