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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
四章 犯人─Legit lunatic "I'm the Guide."─
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マワリ灯籠

 あれはもう、猛烈なヒトメボレだった。

 地下でミカちゃんと初めて会った瞬間、槐くん固まってたもの。面白いぐらいに彼の時が止まっていた。ヒトが心を奪われる貴重な瞬間を見ちゃった。


「ッ……!」


 息を呑む音、きみの音。

 きみの魂に、白くて灰色の女の子の存在が強く強く浸透した。

 無い無いあるわけ無い絶対無い確実に無いときみが否定ばかりしている魂とやらに、あの日お屋敷の地下で出会った真っ白な女の子の姿が刻みつけられたんだ。


「うわあ。きれいな子だね」

「……」

「でもどうしてこんなところにいるんだろ?」

「……」

「動いているから生きているんだろうけど……どうやって生きているのかな。あの液体? あれって栄養たっぷりだったりするのかな」

「……」

「ぜんぶ点滴だったり?」


 私の言葉ぜんぶ無視されていたり?


「槐くーん?」


 呼びかけてみるも反応なし。

 完全に心を奪われているご様子。分かる分かる。あの子綺麗な子だし、ちょっと私の周りに見ないタイプの綺麗さというか、フィクションの向こうの子みたい。にっこりと笑いかけようものなら、同年代の男の子が恋に落ちるのも致し方なし。いまの槐くんみたいにみんななる。……少しだけ違和感もあるけど。

 そんな白くて灰色の女の子は、今はもう、眠っているみたい。目をつぶって、でもゆらめくその表情には生気がある。


「眠ったの?」

「みたいだな」


 今度は無視されなかった。

 槐くんの意識が現実に戻ってきたみたい。私のことを認識してる。


「見たとしても、何もわからなかったね。お父さんがこの地下を私たちに開放した理由」

「まったくだな」

「ジオラマ部屋も実験室も分からなかったけど、あの子もまた全然分かんないや」

「ああ……」

「まさかお父さんの隠し子? 私たちにとっての妹、あるいは姉ってこと?」

「かもしれない」


 槐くんの返事は分かりやすくうわの空。まだ意識が戻ってきていなかったね。


「あの子のこと気になる? 好きになった?」

「そうだな……」


 あーん?


「俺があの子に興味を惹かれているのは確かだ」


 もしかしてデレてる? 私を差し置いて?


「あの子は、いったいなんなんだ」

「さあねえ分かんない」


 本当に知らない。

 私はあの子に関する何事も誰からも聞いていない。

 こんな大がかりな施設、お父さん一人では確実に造れない。上分さんや清身さんも知っていたかな。お屋敷にいる人全員、私たち二人を除いて知っていたのかもしれない。


「なぜ、ここにいるんだ」

「知らないよ」

「どうやって、ここにいる」

「どうしてだろ。ホムンクルスみたいに造られたのかな」

「どこで生じたのだろう」

「あの入れ物の中じゃない? 培養槽の中の少女、パラケルスス役はお父さん」

「いつからいる」

「明日以降じゃないことは確かだね」

「誰が」

「たぶん、私たちのお父さんだよ。いま病院で死にかけているお方」

「何が何だか……分からないことだらけだ」

「わくわくしてきたね」

「ああ……わくわくしてきた……」

 

 槐くんは今の状況を楽しんでいる。

 わくわく、とか云ってしまうほどに。


「何も分からない。何も分からないな……いつ、誰が、どこで、なにを、どうやって、なぜ、こんなことを……分からない、何も分からない……はは、ふっ……!」


 うん。とっっっても。たのしそう。


「はははっ……! 分からない、考えても考えても答えが出てこない……!」


 あの子を見つめる槐くんの眼は、爛々と輝いていた。眼だけが。ああこの瞳、幸せになれない瞳だ。初めて会った時に感じたあの印象を、今また、強く感じている。


「紗夜」

「なに、槐くん」

「俺たちは現状の疑問の全てに答えを提示できるだろうか」

「提示ねえ……誰に向けて答えを言い示すつもりなの?」

「神だ」

「ふーん……」


 槐くん、急に信心深くなったのかな。否定し続けていたのにあっさりと手のひらを返すのは違うんじゃないかなあ。違う。そんなつまらない心変わりをきみと同一視するのは抵抗がある。


「無論、神はいない」


 あ。早合点だったかな。よかったよかった。


「いもしない理外のモノに……能書きばかりの万能へ示してやろう」


 槐くんの視線はずぅっと、あの女の子に向いている。


「理外は実在する、だが(お前ら)は含まれない」


 私を一瞥すらしない。熱毒に浮かされているみたい。


「そう言い切ってやれる」


 さっきの違和感の原因……分かった。

 槐くんが心を奪われたのは、きっと確かだ。そうして同時に、望外な実験動物を得た喜びも混じっているみたい。あの女の子は常識的に考えてありもしないものだ。現実的に見てありえない存在だ。そんなものが、いま槐くんと私の目の前にいる。

 だから槐くんは、現実に転がり込んできた未知を認めざるを得なくなり、興奮している。非現実的ななにかを散々否定しておいていざ目にしたら高揚を隠せていない。それはそう。過剰な否定は羨望と憧憬のはっきりとした裏返しだもの。誰よりも否定し、誰よりも欲しているのに絶対に認めないひねくれもの。その正直な歪さがきみだよ。


「女の子を前にして大興奮だね。変態みたい」

「きみは、楽しみにならないのか」

「いちど私を見てみたらどれだけ楽しみにしているのか表情で分かるんじゃない?」

「そうか……」


 それでも私を見もしない。このやろ、と思う。

 槐くんの視線はその後も裸の女の子にくぎ付けだった。こう言うと本当に変態みたい。いいや。好奇心でおかしくなる人は変態と遜色ないでしょ。変態化学者。それがきみ。

 たぶん、そのあとすぐに私と会話した内容だって槐くんはロクに憶えてないよ。適当にひっくるめて大雑把に流したんじゃないかな。モノローグ的に言うなら『紗夜と少女について言葉を交わしてすぐに地下室を後にした』とかだと思う。私はこんなに詳細に憶えているのに。業腹。


「お父さん、やっぱり死んじゃったね」

「答えを聞けなかった……いいや。教えるつもりなんてなかったんだろうな」


 槐くんは地下室から出た後も、しばらくの間うわの空になっていた。受け答えはできるけど心はあの地下室に残してきていた。どういう方向から話題を投げても槐君の返答があの地下室に関連する何かに帰結するんだもの。


「ねえ槐くん」

「どうした」

「ううん。呼んでみただけ」

「ふざけるな」

 

 あの子は未知の塊だ。可能性の詰まった宝箱だ。

 宝箱を開けてみれば、その中には永遠が詰まっているのかもしれない。不老不死を、叶えたかった望みを叶えてくれる糸口が無造作に転がっているのかもしれない。心が奏でたがっていた音階を、旋律を、はっきりと実現させてくれる手段であってくれるのかもしれない。


「ねえ槐くん」


 あーあ……かもしれない、ばっかり。


「……なんだ、また」


 いくら可能性が見えていようと()()()()()()であるだけなら。確定では、ないんだ。当然のこと。でも、たまに忘れてしまうこと。


「楽しそうだね」

「……」

「ふふ」

「…………楽しいよ」



 そうして実際に開けてみて、そこに永遠はなかったんだって絶望するんだよ。



「ねえ。延寿くん」

「どうしましたか」

「ううん。呼んでみただけ」


 背中からついてきている延寿くんに、ちょっとしたお茶目さを見せた。「何でこんな停電真っただ中でふざけてんだよ……」伊織くんの苦言が飛んできた。


「生徒会長」

「なあに。エンジュくん」

「この屋敷に電気室以外の地下室はありますか」

「あるよ」

 

 あるある。あるよ。見てみたい? また、驚いてみる? 今度は別の理由で、別の女の子を発見して、心をまた奪われて……呆然と、唖然と……、


「案内、してあげよっか」


 わざと、この言葉を使った。案内する人に向ける感情は、いまの月ヶ峰市に住む人たちにとっては恐怖だ。無意味に殺して、無意味に死体を増やしている……頭のおかしな狂人のせいで。 


「停電を復旧させてからお願いします」

「あははっ、堅実な判断だ。真っ暗だとどこかで躓きそうだものね」


 なんでも聞きなよ。

 なんだって答えてあげるよ。

 なにが聞きたい? 鷲巣さんが何処にいったのか、どういう姿になったのか。とか? なぜ巌義さんがこの屋敷にいるのか。地下室にはなにがあるのか。案内人は誰なのか。『案内人』は誰であるのか。WWDWのこと? 動物殺しの犯人? トリガネセンセイのこと? どんな質問でもお構いなくぶつけてみて。


「まずは、電気室だね」

「はい」


 答え頷く延寿くんの視線が、その背中に隠れるようにくっついている伊織くんへ向く。不安そうに、伊織くんが視線を返している。どうするんだろ、伊織くんをついてこさせるのかな、それともどこかへ逃がそうとするのかな。どちらでもいいよ。私の目的は伊織くんじゃないし。


「すぐに目的地に着くよ」


 真っ暗なお屋敷の廊下に、雨音だけが響いている。

 か細いライトに照らされる延寿くんは、真っ直ぐに私を見、私の背の向こうをライトで照らしている。にこり、と笑いかけるも無反応だ。瞳には、猜疑と、警戒の色。


「こわいものが出てこないといいけど」


 ぜんぶ答えてあげる。

 お礼はきみの魂が良いな。

 待っていたの、待っていたんだ、私、待ってた。きみの魂、きれいなきれいなきみの魂、この手のひらで包めたら、そのとき私はどれだけ幸せなのだろう。誰にも渡したくない。私のものにしたい。私だけのものに。


「もし出てきたら逃げます」

「そうなの? 立ち向かうかと思った。その手に持ったシャベルで」

「……これでどうにかできそうな相手なら」


 延寿くんの警戒が、更に強くなる。「どうにもならない相手なら、すぐに逃げる」


「ふふ、賢明なご判断」


 逃げられるといいね。

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