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キミモ異世界イキタインデショ?  作者: 乃生一路
四章 犯人─Legit lunatic "I'm the Guide."─
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化ケ屋敷(夜)

 大きなお屋敷の、窓から光がたくさん差し込む大きな部屋。

 みんなはサロン、って呼んでいる。談話室と書いてサロンだ。みんなで仲良くお話する為の部屋。私とお母さんはテレビのバラエティを見ながらお喋りをしていて、お母さんに書斎から無理やり連れてこられたお父さんは鉄みたいな表情でタブレットをスワイプしている。仕事関係のものなのかな。そんなお父さんの肩にはカナデがとまっていて、お父さんの見ているタブレットの画面をいっしょに見ている。カナデはお父さんのことをちょうどいい止まり木だと思っている節がある。静かだし、高さもあるし。お父さんのほうも肩にカナデが止まっているのを気にした様子はない。


「興味があるのか。勤勉な鳥だ」

 

 お父さんのお褒めの言葉(希少)に気をよくしたのか、カナデはお父さんの肩の上で控えめに跳びはねつつ、ピュイチューイとさえずっている。メスの文鳥がさえずるのは珍しいんだよ、ってお母さんが言っていた。機嫌がよかったりすると鳴くんだって。だから今のカナデはとても機嫌が良いんだろうなって、そんなことを考えながらちら見をしていると、


 ガチャリ。


 控えめに扉が開かれて、入ってきたのはお姉ちゃん。

 真っ白な髪はいつ見ても神秘的で、銀色に縁どられた眼鏡の奥の瞳は宝石のように灰色で、雪みたいな肌は少し赤くなっている。血が繋がっていないから当然なのに、お姉ちゃんの顔は綺麗すぎて、私の顔って平凡なんだなあって思ってしまうことがある。けっこうある。でも悔しさとかは、たぶんない気がする。綺麗なお人形さんを見ているような気分で、根本的に私とは違うような感じがするからなのかな。どうなんだろ。


「エンジュ」


 また、あの塔の中にいたみたい。お姉ちゃん、よくあの中にいるし……私は『待っていれば機会は訪れる』ってお父さんに予言みたいなもったいぶった言い方で拒否られて塔に入れてもらえないんだけど。お母さんには『カレンには今は早いかな。もっとお勉強してからだね』と拒否られるし。別に気にしてないけど、ちょっと不満ではある。別に気にはしてないけど。いったい何があるんだろうって別に気にはしてないんだけど思ったりもする。勉強が必要な何か……、巨大なコンピューターとか? もしそういうのだったらあんまり興味がわかない。どうせならもっと面白そうなのが良い。ちっちゃな遊園地が地下に広がっていたりとか。そういうの。


「訊ねたいことがあります」


 お姉ちゃんの視線の先には、お父さん。

 

「言ってみるといい」


 タブレットからお姉ちゃんへ視線を移し、お父さんが言う。鉄みたいな視線だ。カナデの視線もお姉ちゃんに向いている。ヂ。あ、ちょっと鳴いた。言ってみろって言ってるのかも。


「運命はあると信じますか?」

「ない」

「……」

 

 お父さんの断言にお姉ちゃん黙っちゃった。室内にちょっとだけ満ちようとした静けさを、バラエティの笑い声がどっと掻き消した。私の意識はもうお父さんとお姉ちゃんの会話に向いていて、お母さんも、カナデですら黙って二人の会話に視線を向けている。テレビはもう、背景に流れる音になっていた。

 

「ミカナは、信じているのか?」


 お父さんが尋ねた。

 その眼つきは鉄だ。お父さんは何事に関しても基本的に鉄。金属みたいに無機質で冷たいけど、たぶんお父さんとしては聞き返しただけなんだと思う。いつもあんな金属みたいに冷ややかな眼つきをしてるし。それはお姉ちゃんも分かってる、とは……思うんだけど、うん。

 

「私は、あると思っています」

「……あると信じるのはきみの自由だ。事実と違おうともな」


 お父さんは大概ひとこと多い。ふたことや、それ以上多い時もある。


「エンジュはどうして運命が存在しないのだと言い切れるのですか」


 お姉ちゃんの質問に、お父さんはタブレットを机の上に置いた。一瞬だけ何か細々とした英文やら数式やらのわけ分かんない画面が見えたけど、すぐにスリープ状態にされた。


「運命とは、もしもあるのならそれは歩む足跡の詳細な情報なのだろう。自らが歩んだ痕跡の、歩む前にどうしてか存在している正しい解が記述された解答用紙だ。誰かが親切にも用意してくれた、敬虔な言い方をすれば生のお導きというものだよ」


 完璧な解答。これからなにがあってどうするかが全部書かれた解答用紙。カンニング的なやつなのかな。問題に挑む前にはもう、答えを知っているって感じで。ずるい。


「今を構成するあらゆる分子の動きを一分いちぶの瑕疵なく把握し、原子と分子が熱を生じさせながら騒ぎ立てることでどう現在の秩序が崩れていくのかを予測し、物体ごとの固有時を織り込んだ上で現実がどのような座標にどういう姿勢でどれほどの時間をかけて歩むのかという未来を、今、歩む前に誰かから無遠慮に押し付けられるという、存在しない事象だ」


 お父さんの視線は、真っ直ぐにお姉ちゃんを射ている。


「ヒトは未来に関する完璧な解答を導出できず、よって誰かにそれを押し付けることはできない。だから、運命は存在しない。あると錯覚するのならそれは推論を礎にした予測であり可能性から導き出されたひとつの仮定を、運命なのだと見間違えようとしている虚しい期待だよ」


 お姉ちゃんはお姉ちゃんで、そんなお父さんの鉄製の矢じりがついたような視線を真っ向から受けている。きっと、お姉ちゃんはお父さんに挑戦しているんだ。


「歩んだ後に振り返り、自らが残した痕跡を見てああこれは運命だったのだと思うことの蒙昧さに、ミカナ、きみは気付いているはずだろう。彼らが見ているのは単なる過去だ。自分の意思と責任で足を動かし、各々の歩調でもってつけた痕跡だ。それを運命だと、誰かが用意した気まぐれに過ぎないのだと、自身が辿った足跡は自身のものですら無かったのだと錯誤しようとする、誰かの神聖なお導きなのだと思い込もうとする精神の歪さに憐れみこそあれ、信じるには値しない」


 お姉ちゃんは真剣な瞳で聞いている。というかもう睨みつけている。お父さんの言葉に紛れ込むかもしれない、言い返せそうな言葉の穴を探しているみたい……というか、たぶんそうだ。


「ヒトでは無理でも、より高位の知能を持つ存在なら可能です」


 お姉ちゃんのその言葉を聞いた瞬間、お父さんの視線が鋭くなった。怖い目つき。あんな眼でもし見られたなら、私はたぶん、何も言えなくなる。お姉ちゃんだって怖いはず。なのに、お父さんを睨みつけている。


「それは、なんだ?」


 聞かれて、お姉ちゃんはきゅっと唇を結び、唾を飲み込んだ。決意の目だ。


「神様です」


 その単語は、お父さんに対する挑発で、挑戦だ。お父さんが嫌っていると分かっている上で、あえて口にし、真剣にその反応を見ている。


「ミカナ。俺は人間の話をしている。人間と、現実の話をだ。もしきみが俺と空想を交わしたかったというのなら、少し、俺の認識と齟齬があったようだな」

「神様ならできます」

「……全知全能だからか?」

「はい」

「全知全能であるのなら当然、ヒト個々人の意識を形成するための電位の揺らぎのパターンを十全に把握していらっしゃるのだろうな。意識に促されたヒトの行動と彼ら彼女らの相互接触により起こりえる事態ももちろん理解している。人間を取り巻く悲喜交々の()()が、どれほど混迷を極め、乱雑さを増していくのかを、すべて、理解している」


 お姉ちゃんは気圧されないように、一生懸命お父さんの視線と真っ向勝負している。


「そうしてそれを、運命などとラベリングされたパッケージに収納し、ありがたいギフトとして俺たち人間に配って回る。生におけるあらゆる問題の出題者は神であり、当然、解答もまたその御手みてに携えていらっしゃるからだ」


 お父さんの声のトーンは変わらない。ずっと鉄。 

 向かい合っているお姉ちゃんの瞳はずっと揺らいでいる。


「戯れの冗談で可能性という期待を抱かせ、どう醜態をさらしながら可能性を掴もうとするのかを、ほんの一場の見世物とばかりに眺めている。足跡は神に導かれ、自由意志など存在せず、よって行為の責任もまた生じない。くだらない人形劇の、糸で吊り下げられた出演者が、我々人間だよ」


 お父さんの肩には、ずっとカナデが乗っている。空気を読んでいるみたいで、さっきから一声も鳴いていない。


「だがこれらは神が存在すればの仮説だ」


 ふと、お父さんが視線をお姉ちゃんから外した。 


「そうして幸いなことに、神はいない」


 お父さんが見つめたのは、私……じゃなくて私の後ろの……お母さんを。でも一瞬だけ。お父さんの視線はすぐにお姉ちゃんへ向いた。


「足跡は自分の意志で作り、行いの責任もまた自らのものだ。神はおらず、その為に運命も存在しない。運命があるかどうか、などという世迷言は命題にすら至らない。空想の会話はこれで終わりだ、ミカナ。疑問はけっこうだが、可能なら現実に即したものにしろ。退屈な問答に時間を浪費するな」


 タブレットを手に取って、スリープを解除した。もう会話は終わりみたい。

 お姉ちゃんは無言……ううん、何も言えないでいる。

 言っちゃいけないことを口にしてしまった後悔と、お父さんから向けられた明確な幻滅のショックで……泣きそうだ。


「……すみませんでした。無意味な問いをしました」


 お姉ちゃんはお父さんへ謝ると、背を向けて、サロンから出ていった。出ていくときに、目元を拭っていた。きっとお姉ちゃんもこうなると分かっていたんだと思う。分かっていて、耐えようとして、耐え切れなかっただけで。

 ……ならどうして、お姉ちゃんはそんな質問をあえてしたんだろう。


「エンジュくんはもっと分かりやすくしゃべって」


 お姉ちゃんの行き先を目で追っていたお母さんが、立ち上がって、お父さんを窘めた。


「俺が会話していたのはミカナだ。そうしてミカナは俺の言葉を理解しているように見えた。それならじゅうぶんだろう」

「悩みを抱えているから人は遠回りな質問するんだよ。頭が良くて、遠慮気味な子は特に」


 ……お姉ちゃんのことなのかな。


「信頼している人から得た答えで、自分の悩みを少しでも和らげたいから」


 そう言い置いて、お母さんはお姉ちゃんの後を追ってサロンから出ていった。

 お父さんの視線はタブレットを向いている。取り残されるかたちとなった私は、気まずい沈黙の中にいる。カナデも静かだし。


「ミカナお姉ちゃんは、何か悩んでいるの?」


 ストレートに、私はお父さんに尋ねた。無言の中にいたくなかったというのもある。


「自分自身の存在を意味づけたかったのだろう」

「……うん」


 お父さんはもっと分かりやすくしゃべってほしい────────────────懐かしい夢を見ていた気がする。


 お日様の光が満ちた大きな部屋の、なんだかとても懐かしい光景だった。


「……?」


 足がくたびれている……というよりかは、全身に倦怠感がある。

 全身を撫でているのは生暖かい風。いやに身体が熱っぽい。ざわざわと、木の葉っぱや枝が擦れる音がする。ぎゃあぎゃあと、鳥か何かが鳴き叫ぶ、金切り声……のような…………ううん、今は何も聞こえない。きっと気のせいだ。寝起きだし。


  目の前には格子付きの窓があり、外は真っ暗闇だった。周囲も薄暗い。けどすぐに、暗闇に眼が慣れた。

 自分は小さなソファに座っており、開かれた窓から生暖かい風を受けていた。

 ()()()()()()()()

 なんだか立派なベッドがあり、見たことないような格子窓があり、机に、本棚、テーブルがあって、姿見が……ガラスの部分がぐしゃぐしゃに割れてすべて落ちてしまっている。どこかも分からない、知らない部屋だ。


「なんで……」

 

 どうして? ここはどこ? 確か……私はそう、確か、学校から帰宅して、もう寝る寸前ぐらいだったはず。明日、椿姫先輩に一緒に出掛ける約束について話さなきゃ……と思ってて……よしまさも、きっと……ううん、ずっとずっと疲れているだろうし。ここ最近、悲しいことばかり起こっていたからって思ってて……そこからの記憶がない。

 部屋の中を、もう一度見渡す。

 お屋敷のような光景。見知らぬ……はずの、場所。

 もしかしてここは……化ケ屋敷? まさか無意識のうちに歩いてきた? 腕を、足を、腹部を、見る……パジャマ姿……こんな服、持っていたっけ……?

 それとも知らぬ間に夢に落ちて、未だその最中なのかな。


 現実なのか、それとも……いや、夢の続きだと捉えた方が、まだ納得がいく。ついさっきまで見ていた懐かしい……光が差していた夢の、真っ暗闇の続きだ。 

 

 再三室内を眺めると、テーブルの上に鍵が置いてあった。

 タグがついている……206号室とあった。


 すると。

 ガチャ、と音がした。


「……?」


 この部屋のドアノブが、廊下の誰かに回されようとしている。こんな暗い部屋の、たぶん暗くて広い屋敷にいる誰かが、ドアを開けようと……。


「っ…………」


 唾を飲み込む。ドアが開かれていく。

 何かがのぞき込もうとしている。顔が覗いた…………どうして?


「────────ッ!!」

「────────ッ!!」


 金切り声。どっちのものかは分からない。

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