巌義麻梨と
「驚きました。延寿さんが色んな人に恨まれているのは知っていました。けれどもそれは延寿さんが正しさばかりを述べる頭でっかちだからと思っていましたが……その恨まれる理由の中にはなんと、延寿さん自身が行っているカツアゲも含まれているだなんて……!」
クラブハウスの前で巌義麻梨とばったり出くわし、延寿はそう誤解されていた。正確には誤解というよりもからかわれていた。
麻梨は延寿が持っているタバコと白い紙袋がどのような経緯のものなのかを知っている。それはそれは退屈な、ただ延寿が三年生の不良生徒から没収した代物でしかないことを知っている。そんなどうでも良いことはどうでも良く、延寿をからかう口実を見つけたからからかっているだけだった。巌義麻梨とはそういう少女だった。
「巌義。ずた袋女について聞いたことはないか?」
からかい甲斐のない男は何事かを考えている様子で、麻梨の言葉を綺麗に流してそんな質問を返してきた。
「知りません」
麻梨は答える。
その眼は延寿の瞳を真正面から見つめていた。
「ずた袋かぶっている女だなんて。そんな圧倒的不審者の目撃情報が、まさかこの月ヶ峰市内にあるんですか?」
麻梨の問いに、延寿は「先輩方が口にしていたよ」と視線を手元の紙袋に落とした。「その人物が、WWDWを配っている」
「とんでもない女ですね」
麻梨の率直な感想に、延寿は無言で頷いた。
「それで延寿さん。その女が目撃されているところは?」
「繁華街の路地裏。人気の絶えているところにいる」
「探しにいきます?」
「もちろんだ」
延寿は頷く。その為に今日の放課後、巌義麻梨と共にWWDWの出どころを捜索しようとしていたのだ。
「探して、どうするんですか?」
麻梨は問う。
「止める」
「売るのをですか?」
「ああ」
「止められるんですか?」
「……俺ではまず無理だろうとは考えている」
「じゃあどうやって止めるんです?」
「相手の素性を知り、警察に伝える」
「チクるんですね」
「クスリは違法行為だ。然るべきところによる是正を必要とする」
「そうですか。なら探してみましょうか──でも思うんです私、延寿さん」
麻梨は一歩踏み込み、延寿へ近づく。
内緒話をするように延寿の耳へ口を近づけ。
「きっと見つけられませんよ、」
そのように囁いた。
数瞬の間が生じた。延寿も麻梨も何も言わなかった。
妙な間だと延寿は感じた。麻梨は何か言葉を続けようとしたのだろうけれど、急にそれを止めた、そんな気がした。
麻梨はすぐに延寿から離れ。
「それでも、私たちは頑張るべきです」
見上げて笑みを浮かべた。いつも延寿が感じる、それは薄い笑みだった。
延寿と麻梨はその後、生徒指導担当の教諭へ没収したタバコと紙袋を渡し、経緯を説明した。生徒指導主事である寺戸昌夫は神妙な表情で頷き、没収物を預かった。これであの三年生三人組は警察とお近づきになることだろう。進学か就職かも分からないが、結果として彼らの進路には大きな陥没が生じた。自業自得であり、自らの歪みを直せなかった故の当然の帰結だ。
延寿の心の中には達成感も憐憫もなにも浮かんでこなかった。単に不正を是正し正に近づけただけだった。当然の行為を、当然のように行っただけの。
「それでは延寿さん。ひとまず今はさようなら」
その後は、延寿と麻梨は或吾高校の正門のところで別れることとなった。
とりあえずはお互いに帰宅し、私服へ着替えて繁華街付近にある古本屋のところで待ち合わせとなった。
「ブッチしないでくださいね。きちんと来てくださいね」
笑いながらそんなことを言う麻梨へ、
「しない」
延寿はしごく淡々と答え、麻梨に背を向け歩き始めた。
麻梨は去りゆく延寿の後姿をしばらく見、自身も家へと歩みを進めた。